第17話 風神エルダの末裔(3)
「面白くなってきましたね」
声の弾んでいるアストルにエルシアとリオネスは顔を見合わせた。
仕方なさそうな顔をしてから、ふたりも楽しんでいる顔つきになった。
この辺り。
この3兄弟はとてもよく似ている。
「それじゃあ早速行ってみようか? 私もなんとなく早く逢いたくなってきたよ」
嬉しそうなエルシアにふたりの弟が同じ笑顔で頷いた。
厄介事大好き。
美形はもっと好き。
それが異性なら大歓迎。
困った特徴だらけの3兄弟は、こうしてリーン・フィールド公国の居城に向かって、その背の翼を広げ降りていった。
風神エルダの末裔である彼らは、その背に純白の翼を秘めている。
転移もできるが彼ら風を司る者たちは、好んで空を飛びたがった。
優雅に滑空していく姿はとても絵になり、部落の者が長の3兄弟を目の保養とばかりに眺めていた。
「亜樹ちゃーんっ!!」
泣きながら駆け寄ってきた杏樹を抱き締めて亜樹が笑顔になった。
亜樹が杏樹と逢えたのは、翔(かける)と再会し彼の双生児の弟、一樹を紹介された後だった。
あれから一段落してようやく杏樹が到着したという報せを聞いたのだ。
本当なら怪我をしていたので、亜樹が休んでいた部屋で逢うはずだったが、一樹のお陰で元気になっていたので、杏樹を出迎えに門まで移動していた。
門前に亜樹の姿を見付けた途端、杏樹が泣きながら駆けてきたのである。
苦笑して受け止める亜樹の背後で一樹が複雑な顔をしていた。
過酷な運命を背負って生まれ落ちた運命の子。
亜樹の影となるべく宿命付けられた存在。
亜樹を護るために犠牲になる人柱。
なにも知らないふたりが、どれほど兄妹として仲が良いか、突き付けられて胸が痛くなったのである。
亜樹と杏樹が双生児として産まれたことにも意味はある。
ピアスを持って生まれたのが亜樹だけだということは、これはまだ言えないことだが、本来なら生まれるのは亜樹ひとりのはずだったということ。
つまり杏樹は生まれなかったはずの子供なのだ。
それが生まれ落ちたのは亜樹の影となるため。
亜樹の人柱となるためだ。
つまり純粋な人ではない。
形代と呼ばれる存在。
亜樹を護るために彼の力の恩恵を受けて生まれた魂のない器。
それが杏樹だ。
彼女はいつか亜樹のために生命を落とすために産まれ生きている。
運命の子が背負った宿命はそれほど過酷で、しかも代償が大きすぎた。
その誕生からして禁忌である。
望んではいけない力の結晶。
夢見てはいけない黎明の未来。
滅びはすでに運命で人々は、それを素直に受け入れなくてはならないのに、願いはそれを凌駕した。
その結果、必要とされた存在。
それが亜樹。
蒼いピアスを持って生まれた運命の子。
亜樹の存在はそのまま黎明を意味し、また希望の象徴でもある。
だが、それだけに亜樹が果たすべき役目には、かなりの危険が付きまとい、また亜樹自身いつも危険と隣り合わせに存在している。
杏樹はそんな亜樹を護るために、その身を犠牲にするために生まれた形代。
決して人ではない。
亜樹のように特別な宿命と力を持って生まれた特別な存在ですらない。
亜樹の存在はある意味で必然であり、生まれるべくして生まれた生命だが杏樹は違う。
彼女はどこまでも亜樹の影でしかない。
できるならふたりにはしたくない説明だ。
やれば恨まれるだろうから。
形代に過ぎなくても、生命を持っていなくても、杏樹はそこに生きて笑っている。
亜樹を気遣って泣いている。
それはどこにでもいる仲の良い兄妹の姿。
いつか失われてしまうものだとしても、自分の口からそれを告げたくはない。
亜樹を傷付けるから。
杏樹のことは気の毒だと思うし、そのことを気遣ってもいるが、結局、一樹はどこまでいっても亜樹のガーターなのだ。
彼のためだけに存在し、彼のためだけに生まれた存在。
魂の片羽。
気にするのは失ったときの亜樹の受ける衝撃。
事実を知ったときに彼が見せる傷ついた表情。
そして受け入れるには過酷すぎる現実を拒否する姿。
我ながら傲慢だなと思いつつも、それが自分なんだと噛みしめる。
目の前で亜樹はリーンの姉、イブを紹介されていた。
一樹とは顔見知りなのだが相変わらず美女だ。
リーンがシスコンになるのも無理はない。
それに彼女はすごく優しい。
ひねくれた態度を取る一樹にも、いつも優しく接してくれた。
亜樹が目を丸くして挨拶し、リーンに「美人じゃん」などと言っている。
リーンは咳払いなどしていたが。
どうやら照れているらしい。
そこまできてからようやく場が落ち着いて、イブはそこに1年前に別れたきりの一樹の姿があることに気付いた。
「まさか……カズキ?」
「久しぶりだな、ロザリア。結局、帰ってきちまった」
頭を掻きながらそう言うと、杏樹も初めて気付いたと言いたげにこっちを見た。
隣にいる翔が何故か息を飲む。
そういえば地球でも草薙の家の前に立ったとき、どこか思い詰めた顔をしていたっけ。
なにか杏樹に逢いにくい理由でもあるのだろうか?
「もうっ。突然いなくなるのだもの。故郷に戻るにしても一言くらい別れを言ってからにしてちょうだいっ!! どんなに心配したとっ」
肩を震わせるイヴに困ったなあと頭を掻く。
この女性は意外と泣き虫なのだ。
このままでは泣かれてしまう。
「亜樹。おまえが慰めてくれよ」
「なんでオレが」
「だっておまえ、妹がいるから女の子を慰めるのはお手の物だろ? おれはこういうのが苦手なんだ」
言われた亜樹は仏頂面をしていて、徐にリーンを振り向いた。
「なに?」
鈍いリーンがわざわざ訊き返している。
今の話の流れでわかりそうなものなのに。
「リーンの姉貴だろ? 自分で面倒みろよ」
「アキっ!! それは責任転嫁じゃないかっ!? わたしが泣かせたわけじゃないっ!!」
「でも、この場面で彼女を無理なく落ち着かせられるのはリーンだけだ。オレや一樹が慰めるためとはいえ、抱き締めたり頭を撫でたりしたら問題だろ? 相手は姫君なんだし。この国の」
亜樹は別に構わなかったが、確かに一樹が姉を抱き締めるというのは遠慮したかった。
不器用な一樹が慰めるとしたら、絶対に一番手っ取り早い方法、つまり泣き止むまで抱き締めているに決まっている。
抱いていればいいだけだから楽だと決め込んで。
それはいやだった。
亜樹に上手く丸め込まれた気はするが。
「姉上。そう派手に泣かないでください。カズキも困りますよ。彼にしてみれば故郷に帰還したおかげで双生児の兄にも逢えて、アキたちにも出逢えたのですから。住む世界が違うんですから、仕方のないことですよ」
リーンが慣れた態度で抱き締めるのを見て、亜樹は感心してしまった。
さっきはああ言ったが、亜樹は杏樹を慰めるときに抱いたことはなかった。
大抵髪を撫でてやれば落ち着いたし、杏樹は酷く落ち込むような少女でもなかったので。
だから、年上のイヴ・ロザリアをどう慰めればいいのかわからなかったから、実の弟のリーンに話を振ったのである。
しかしああ言ったからといって、本当に抱き締めて慰めるなんて、映画みたいな真似をするとは思わなかった。
やっぱりここは異世界だ。
周りを見渡しても兵士たちも、だれひとり不思議だとか、行き過ぎているなんて感じていないようだし。
こっそり一樹に訊いてみた。
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