十四節 立ち止まる勇気、歩き出す勇気
小鳥たちが霧消して、私が振り向いた時、彼女はそこにもう居ない。
(下かな…)
そんな足音は一切なかった。
雨の音が下に遠く、上に少ないからか、コーと風が下に流れていく。
暗闇を覗く、長い螺旋は下へ下へと続き、底は見えない。
「そ、そうだった、この国から出て行かないといけないんだったー。」
O型さんに釘を刺された事を思い出す、『気になるモノがあっても安易に近づかない』、今更だなと自分にツッコミを入れるが、同時に、下を覗いた一歩目、心臓のあたりに絞めるような冷たさを感じた事、無視できなかった。
窓の縁に指を残して降りようかとも思った。が、万が一外れた時に怖いので上った時と同じ様に屋根に指付きの糸を投げて降りる。
豪雨とまでとはいかずとも、普段通りの雨より幾何か強い。傘の無い私は既に濡れているが、宿には早く戻りたい。
(傘…一応病院に寄って行かなきゃ。)
倒れる前、教会から出るまで持っていたような、図書館に忘れて来たような…。
(いや、教会に入る時までは確実に持っていた。それは今思い出した、今なら丁度裏手のはず。確認だけなら出来るかも…)
「レニス?ここで何を?」
アルグドさんの声。
「あっえっと傘を探しに…」
「傘?」
なぜこの人が表の入り口にではなく、何もない裏手に来ているのだろうかという疑問が生まれる。
「たしかパルタリスが病院に届けるとさっき会った時に言っていたな。すれ違ったのだね、ははは!よくあるよくある。」
「そうでしたか…では…」
逃げたい気持ちが私を焦らせて。
「ちょっと待って欲しい。」
心臓、胸が痛む程大きく打ち鳴らす。
「はい…。」
(そういえば魔素を吸い上げた時に付いた地面の傷が…丁度アルグドさんの足の下…!)
「レニス、君が方向音痴なのは良いとして、昨日、ロベリーを包む為に魔素を吸い上げていたね、その傷が、ここにもあるんだけど、どういう事かな…」
靴と小石の擦れる音が水気を帯びて。
「義足が魔素切れで動かなくなってしまって…申し訳ないと思ったのですが…少し頂きました。」
「そうかい…うん、わかったじゃあ、足元に気をつけて!」
全部ここで説明したとして、さっきの鳥の人の事も証拠が無いし、信じてもらえるかも分からない、ここは退散させてもらう。
(嘘ついてごめんなさい!)
去る背中を見て、青年は呟く。
「これが嘘…なるほどな。」
レニスには聞こえていなかった、けれど、見る影聞く影その数20、周りの家の窓、全てに写った。
「おっと、落ち着いて下さい、神はまだ、私に手を下せとは言っていません、私も…やりたくないって…信じてもらえます?」
一つの影が動く。
アルグドの背にピタリとくっつくように、立つ背。
「初めまして。」
「はじめまして。」
二人は同時に死を、首筋に感じた。
「後ろから切りかかるような事はしないと言ったつもりです。」
「うふふ、さっそく覚えた嘘ですか?嘘つきを二度目から殺し続けたのが神だとでも?違います、貴方達が人間を消す権利があると勘違いしている所、私…達、大っ嫌いなんです。だから私達が丁寧に殺しました。」
「今、私は殺されるのかな?」
「いいえ?言ったでしょう、消す権利を持っている等と私達が導き出した事は一度もありません、魂の消滅より再誕を取っているに過ぎません。」
「では何を?」
「お願いですよ、嘘を知らない貴方で居て下さい、貴方はまだ、必用な駒です。」
「敵の駒が必要とは、私達は貴女達を一度たりとも必要としない、取る駒は殺します、それが私達のやり方です。」
「決めない方がいかに賢いか、分からない貴方では無いでしょう?」
「残念、こればっかりはハズレです。分かっていても揺らいでしまうのが人間、だから、決意する、決断する、都合の良い、正しい答えだけを求め続けられる程、結局人間は賢くない。」
「主語が大きいですね…貴方が私達の遥か想定の下であった事はよく分かりました。でも、他の人間の事まで貶め始めたら、本当に終わりですよ。それと、私達を利用しないとの事ですが、一機、鹵獲されているようで。」
声の変化が無くとも伝わる怒り。
影は去る。一つ残らず。
青年は思う。そこそこ上には立っているが、自分の部下たちの事ですら全て把握できている訳では無い。組織全体のミスを突かれては言い返したくとも責任転嫁以外に手はなく、結果的にそれは言い返さないよりも悪い結果を招く。
無知からした失敗が、最も得意な物で負けるより悔しかった。
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