第3話 飛竜(ドラゴン)


 駅馬車で乗り合わせたヴェルナー・フォルツと名乗るハンターの指摘から自分にスキルがあることが分かったフィーネ。


 それまでスキルがない以上、家を追い出されたことも諦め、平民として生きようと決意していたのだが、少し複雑な気分になってしまった。今さら自分にはスキルがあったと家に帰る気はしないし、スキル自体どういったスキルなのかも不明である。


「お嬢さん、魔力を出し続けているが疲れないかい?」


「今のところは。それに、どうやれば魔力を抑えることができるか分からなくて」


「そうなのか。そのままだといずれ消耗してしまうから何とかしないといけないが、俺もどうやってその魔力を抑えることができるかはわからない。

 試しに自分の心の中で魔力が体の中に収まるよう念じてみたらどうだ?」


「やってみます。うーん」


 フィーネは目を瞑り、魔力が体の中に収まるよう念じ始めたのだが、フィーネの周りで渦巻く魔力は収まるどころかだんだん大きくなってきた。


「お嬢さん、だんだん魔力が強くなってきてる。大丈夫か?」


「まだ平気ですが、困りました」


「これほどの魔力を垂れ流して平気とは尋常じゃない魔力を持っているってことか。スキルがどうこう言う前にトンデモナイ魔力だ」


 それからしばらくフィーネは自分の魔力を抑え込もうとしたがほとんど効果はなかった。そのかわり、フィーネ自身も何も消耗した様子はない


「お嬢さん、魔力が見える者はそんなにいないし、特に消耗しないなら、そのままでもいいんじゃないか?」


「そうなんですか。まあ、今の自分ではどうしようもないし。目の周りがチカチカして気になりますが、それ以外不都合はないようなのでこのままにしておきます」


 フィーネたちがそういった話を車内でしていたら、駅馬車が急に止まり、繋がれた2頭の馬車馬がバタバタし始めた。


 駅馬車の御者が御者台からフィーネたちに向かって、


「お客さん、大変です。ドラゴンです。ドラゴンがこっちに向かって飛んできます」


 そういった御者は御者台から下りて、ドラゴンの迫ってくる反対側の馬車の陰に隠れた。


 それを聞いたヴェルナー・フォルツは馬車の中から飛び出し、屋根に網で括りつけられた大剣を抜き出して、横合いから駅馬車目指して高度を下げ始めたドラゴンに向かって走り出した。


「飛竜か。

 こんなところで出くわすとは珍しい。さあ、俺に向かって、かかってこい!」


 両手で大剣を上段に構えたフォルツが飛竜に向かって大声を出した。


 飛竜はフォルツを獲物と見定めたようで、長い首の先の比較的小さな頭についた大口を開けて地面すれすれを滑空するようにフォルツに迫っていった。


 飛竜の大口があわやフォルツを捕らえようとした瞬間、体を横に捻りながら飛び上がったフォルツは飛竜の首の付け根に大剣を振り下ろした。その時の大剣の剣身は白く輝いていた。


 大剣の一閃で飛竜の首は付け根から断ち切られ、頭部は長い首を後ろに着けたまま駅馬車近くまで地面を滑っていき、残った胴体も首元から盛大に血をまき散らせて地面の上を滑っていった。飛竜の頭部はしばらく口を動かしていたがそのうち動かなくなった。


 馬車の中から一分始終を見ていたフィーネは言葉もなく震えていた。


「飛竜を解体して素材を回収したいが、最寄りの冒険者ギルドというと、この先の宿場町か。ここで飛竜を放っておいても大丈夫だとは思うが心配ではあるな。やはりこういった突然のできごとに対して一人では限界がある。

 さて、どうするかな」


 フォルツは切り飛ばした飛竜の頭の近くに立って、しばらく悩んでいたところ、ようやく2頭の馬車馬が落ち着いたようで、御者がフォルツに駅馬車に戻るよう頼んだ。


「やむを得ん」


 そう言ってフォルツは馬車の屋根に大剣をしまって、馬車に乗り込んだ。その後すぐに駅馬車は次の宿場町を目指して出発した。


 馬車に乗り込んだフォルツがフィーネに向かって、


「お嬢さん、驚いたかい?」


「はい。生まれて初めてドラゴンを見ました。

 あのドラゴンは放っておくのですか?」


「人夫や荷馬車を用意しないと運べないんだよ。俺は次の宿場町で冒険者ギルドに立ち寄って、人を手配するつもりだ。しかし、街道を行き来する馬車などドラゴンが襲うことなどないのだが、珍しいこともあるものだ」



 それから20分ほど馬車が進んだところで、また駅馬車が止まり、繋がれた2頭の馬車馬が騒ぎ始めた。


 御者が、箱馬車の中に向かって、


「お客さん、またドラゴンです。こんどはさっきの反対側からドラゴンが向かってきます」


 そう言って御者は前回同様、御者台から下りて、ドラゴンの迫ってくる逆側の馬車の陰に身を潜めた。


 すぐにフォルツは馬車から飛び出して、屋根にしまっていた大剣を持って、先ほどと同じようにドラゴンに向かって走っていった。



 2匹目のドラゴンも最初のドラゴン同様、フォルツの大剣の一撃によって付け根から首を切り飛ばされてしまった。


 馬車に戻ったフォルツが、


「飛竜が2匹も続けざまにこの・・馬車を襲ってきた。おかしい」と、言いながら首を傾けた。


「変わったところといえば、……。

 言いづらいが、お嬢さんの魔力にドラゴンが引き寄せられている可能性がある」


「本当ですか?」


「本当かどうかはわからないが、それ以外の理由が思い当たらない」


「そんな」


「飛竜程度、何匹飛んでこようが恐れる必要はない。しかし、これが街中だと厄介なことになる」


 確かに、いくらフォルツが飛竜を簡単に斃せると言っても、街中で飛竜が襲ってくればそれなりの被害が周囲に出るのはフィーネでも理解できる。


「それに、いままではただの飛竜だが、これが本物の龍エンシャントドラゴンだった場合俺でも太刀打ちできない」


「そんな。それでは私はどうすれば?」


「何とかその魔力を抑え込んでもらうほかはない」


「とにかくやってみます」


 フィーネは必死になって自分の周りで渦巻く魔力を抑え込もうとするが、魔力を封じる方法が分からない今、いつまでたっても彼女の魔力は彼女の周りで渦巻いたままだった。



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