その2
「真琴(まこと)…。無事だったか…!ミレイがお前を守ってくれたんだな?」
声がする方を見た時、僕は、自分の目を疑った。ランプの隣にいたのは、翼を失った、ワタリガラスの姿をしたレイブンだった。しかも、鳥かごに閉じ込められている。
「レイブン!君を、ずっと探してたんだ!君、鳥の姿に変えられちゃったの?」
「私達から逃げ続けたレイブン様に対する、クレイブ様のお仕置きですよ。真琴(まこと)さんの友人、そして私の実兄であられるレイブン様は、500年以上の歴史を持つ名門、ワタリガラスの一族「バロウ=クレイブ家」の最後の子息なのです。」
「一族の子息だって…?君、そんなこと一言も言ってなかったじゃないか…。」
「黙ってて悪かったよ。俺はこの一族のしきたりが嫌いで、家出をしてたんだ。まだお前に出会うだいぶ前のことだけどな。だけど、それも長く続かなかった。「エスケープ・ワールド」が発売されてすぐ、俺を連れ戻そうとする奴らが現れて、俺は逃げ続けてきた。まさか、それが俺の一族だったなんてな。俺も馬鹿だったよ。」
「それじゃあ、君の翼を奪ったのも、君の一族ってこと?」
「そうらしい。お前、覚えてるか?最初にカメムシのティナさんが俺の翼の行方を知らないって言ってたの。ティナさんは、俺がクレイブの息子だとは、知らなかったんだ。」
僕たちの会話を聞いていたクレイブが、哀れんだ目でレイブンを見る。
「せがれよ、お前は愚かだったな…。私の跡取り息子だというのに、ここまで迷惑をかけおって、結局捕まって、何もできぬ仕舞いじゃとは。」
「父さん、あんたの一族のしきたりは間違ってる!人間と一緒の世界で暮らせないからって、こんな世界に招かれて住み着いてさ、ただ逃げてるだけじゃないか。」
「お前の爺さん婆さんが、人間にどんな仕打ちを受けたか、忘れたのか。人間など、我々の敵でしかないわ。」
「そんなことない!真琴(まこと)みたいな、いい奴だってたくさんいるよ!」
「ふむ、話は聞いておるぞ。お前の翼を探すのを手伝ってここまで来たと。だが、残念じゃったな。真琴(まこと)殿。翼は、私が預かっておる。もう、せがれは逃げられんのだよ。ここで私の跡を継いでもらう。」
「そんな、レイブンの意見を無視して、大事な翼を奪っちゃうなんてさ、本当に父親のすることなの?ねえ、レイブンは、どうしたいの…?」
「真琴(まこと)…。俺はさ、人間の世界(ぼくら せかい)が好きなんだ。お前と約束したように、人間の世界(ぼくら せかい)に戻りたい。お前たちと、仲良く暮らせる方法を、俺の一族に伝えたいんだ。」
「君が僕を助けてくれたみたいに、僕は君を助けたい。そのために、今は、連れ去られた生徒を救い出すのに、僕と一緒に来てほしい。」
だけど、この状況で、どうやってレイブンを救い出そう?一瞬のすきも見せないクレイブを、言葉で説得させられるとは思えない。こっそり、鳥かごの鍵を開けて、レイブンを逃がす方法、いや、逃がしてくれる誰かがいたら…。
僕は、「一番予想していなかったところに答えがある」という父さんの言葉を、思い出した。
もし、僕たちがステージをクリアする以外に、誰かを「人間の世界(ぼくら せかい)」から連れてくる方法があれば、可能性は広がる。僕は、ただ興味を持っているふりをして、クレイブに一つの質問を聞いた。
「レイブンを連れ戻そうとしたとき、どうやって追っ手を、人間の世界(ぼくら せかい)に送ったんですか?そんなことができるなんて、さすがクレイブさんだなと思いまして…。」
クレイブは、一瞬困惑した表情を見せたけど、僕の方を見て、ふん、と鼻を鳴らした。
「そんなの、簡単よ。「最初の三人(ファーストランダー)」の私、ティナ、モス夫人の三人は、子供達のゲーム画面を通じて、人間の世界(ぼくら せかい)の様子を監視することができる。そこに私の仲間がいりゃ、人間の世界(ぼくら せかい)の扉を開け、誘い込むことができるのだよ。」
そう言うと、クレイブは大きな水晶玉を、ミレイに持ってこさせた。水晶玉には、無数のゲーム画面が映り込んでいる。僕は、背筋がぞくっとした。こんなやり方で、僕たち小学生のゲーム画面は、全部監視されていたんだ!でも、だったら、人間の世界(ぼくら せかい)で待機している、僕の弟や、橘さんのゲーム画面にだって到達できるはずだ。ちょっとだけ、覗かせてもらおう。
「凄い便利な機能なんですね。あの、レイブンがここに残るのは分かったので、僕もう帰りますから、最後に、僕の友達の顔を見させてくれないですか?」
「おいっ、真琴(まこと)、頭がおかしくなったのか?」
レイブンが小声で僕に話しかけてくる。
「大丈夫。これも作戦のうちだから。」
と、僕も小声で返す。
「お前、さっきから変なことを…。ふん、まあいいだろう。せがれをここまで連れてきてくれた礼だ。少しの間だけ、許してやろう。」
「ありがとうございます! 僕の友達はどこかな…。」
僕はそう言いながら、必死に水晶玉の中から弟とルークの姿を探した。僕は目を皿にして探したけど、なかなか見つからない…ダメだ、あまりに沢山の生徒がいすぎて…。めまいを感じたその時、僕は不思議な光景を目にした。一つのゲーム画面の目の前で、何か小さな生き物が、画面いっぱいに飛び跳ねている。サングラスに白い体…。ルークだ!と、その後ろで画面に張り付いている橘さんの眼鏡が光ってる。ルークを見た瞬間、僕の頭に作戦がひらめいた。
「あ!見つけました!この男の子の画面と、つなげてください。」
「言っておくが、言葉は通じないぞ。」
「問題ないです。顔だけ見れればいいんです。」
クレイブは約束通り、そのゲーム画面とこっちの世界をつなげた。確かに、言葉も聞こえてこないし、こっちの音も聞こえている様子がない。だけど、仲間を送り込めるくらいなんだから、確実に扉は開いてる。僕は、ズボンの左ポケットにそっと手を滑りこませた。
僕の指に、ボロボロとしたものが触れた。ルークが大好きなチョコチップのかけらが、まだ僕のポケットに入っていて、僕は、それをゆっくりと取り出す。甘い香りが、一瞬部屋に漂った。僕はそっと水晶玉に近づき、ルークたちがいる画面に、クッキーを持ったまま、腕をそっと入れてみた。
「おいこら!何をしている!お前がそっちの世界と通信するなど許されんぞ!」
クレイブが怪しい動きをする僕に向かって怒鳴った。分かってる。でもあともう少しなんだ。これにルークが気づけば…。ルークがこっちを見て、匂いを嗅ぐ。僕の指をかじったり首をひねったりした後に、ルークが驚いた表情で、
「な、なんと、これは私の大好物、チョコチップクッキー!?もしや、この手は、ご主人様?」
と大慌てして、橘さんは、「キャッ!」と悲鳴を上げて、椅子ごと後ろに倒れそうになった。僕は、指でグーサインを作って見せた。
(ルーク、大正解だ!僕だよ!)
僕はなんとかルークが理解してくれることを願って、ルークの体をさっと持ち上げて、腕を引っ張り出した。なんとか、クレイブには見られていないはず。僕は、ルークをそっと袖にしまい込む。
「ルーク、聞こえる?」
袖の中を移動して、首の近くまで来たルークに小さな声で話しかける。
「いきなり、ご主人様の腕が現れたものですから、私気が動転してしまいました…。はて…私は今ゲームの世界にいるんですね。」
「その通り。ルーク、君の力を貸してほしいんだ。そこで捕まってる、レイブンを救出したい。あのかごを開けられる?君が開けたら左目で合図をするから、君とレイブンで、かごから抜け出して!」
ルークは、初めてかごの中のルークの姿を見ると、「なんと、大変なこと!」と言いながらも、僕の作戦に賛成した。素早く僕の足もとを降りたルークが、あっという間にかごに到着して、扉に手をかけた。
「わっ、お前ルークか!?なんでこんなところにいるんだ?」
「シーッ。あなたを救出しに来たんです。」
ルークは、得意の器用な手先であっという間に扉の鍵を外して開けた。
「ど、どうやって出るっていうんだよ、こっから?」
「ご主人様の合図で、飛び出すんです!」
僕は、レイブンのかごの鍵が開いてることを確認すると、クレイブの注意を引いた。
「それじゃ、僕失礼します。ルーク、元気でね!」
次の瞬間、僕はルークに左目で一回ウィンクした。
「行きますよ!」
ルークの言葉で、レイブンとルークが勢いよくかごから飛び出した。一瞬で気づいたクレイブが、急いで鳥かごを閉めようとする。
「お前たち!おい、レイブン、貴様、逃がさんぞ!」
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