夜明けのマリオネット

蘇芳 

1章 天地反転

1 解放



 息遣い。

 顔全体を覆う麻袋を被せられ、その上から猿轡を噛まされている。天井から伸びる鎖は両手首の指先にまでがんじがらめにきつく巻き付き、両腕を吊るしている。床に膝をつき、両足首も鎖で床に固定されている。

 袖を肩までまくられ、むき出しになった腕の各所には細い管が多く刺さっている。そして首には太い五本の管が首を一周するように刺さっていた。

 腕の細い管からは透明な液体、樹液が注入されており、首の太い管には血が通っている。

 目を開けても閉じても闇。鼻孔を突くのは麻袋の匂いだった。


 彼――いつきは人間じゃない。養分として摂取した樹液を体内で毒物に変える特殊な生き物だ。その体質を利用して毎日腕から樹液を注入され、そこから生成した血液――毒を首の管から採取されていた。その毒物はどうやら暗殺に役立っているらしい。

 暗殺幇助者アサシニースト。それが現在、暗殺集団に囚われた斎の役目を表す名前だった。


 麻袋が動き、麻袋と連動するように顔も動く。

 ぐいっと上に引っ張られた直後、眩い光が視界にとびこんだ。

 麻袋が外された。

 顔をあげると、正面に深紅のマントの少女が立っていた。フードを被っている。

 少女の手にはさっきまで斎が被っていた麻袋を持っていた。

 斎はなんとなく右手を内側に引いてみる。がんじがらめに巻き付いた鎖はちょっとの衝撃ではほどけない。


(ここから出すつもりか……)


 斎の特異な体質を利用しようと連れ出しに来たのだろう。だが、残念ながら誰もここから斎を救い出せない。


(どうせ触れまい……)


 斎が体内で生成した毒は血液だけではない。体の分泌物にも含まれ、皮膚に染み出ている。だから斎の素肌に触れば毒で即死する。

 少女は音もなく斎に近付くと、斎のむき出しの腕をむんずとつかんで鎖の拘束を解いた。もう片方の手の鎖も同じようにして解く。

 斎は一瞬目を見開いたがすぐに閉じる。少女は淡々と斎の拘束を解き、気が付けば首と両腕に刺さっていた管は全て床に落とされ、足も自由になっていた。

 斎は首を触る。人間じゃない斎は傷の回復がすさまじく速い。首から管を抜いた瞬間、傷口が塞がった。今は何も刺さっていない首がある。

 斎はゆっくり立ち上がり、長く伸びた前髪をかきあげる。

 少女がフードを両手でとり、髪を後ろに流す。

 深い薔薇色オールドローズの目に透き通る白い肌、黒髪は腰辺りまで伸ばしており、その先端を白いリボンで括っている。


「ついてきて」


 そう言うと少女はマントを翻した。

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