第8話 家出姫、王都で放浪の精霊を探す。②

「ホント、ブラックドラゴンの移動スピードは最高ね! ライラを回復させて、お風呂に入らせたあとで出発して、半日で到着できたんだものね!」

「え、ええ……私はもう心が折れそうなんですけどね……」

「もう、たったあれくらいのことで根を上げないでよね。ほら、元気出して」


 私は慰めの言葉を彼女にかけると、頬に軽くキスをしてあげる。

 ライラは鼻息を荒くして、「もう一回」とおねだりしてくるので、指をパチンとデコピンしてあげる。

 と、私の後ろを歩いていたライトブルーの髪をポニーテールにしたフリフリゴスロリファッションの美少女が、


「ライラお姉さま!」


 と、はにかみながら抱きつき、そのまま唇を奪い取る。

 咄嗟のことに対応できなかったライラは、美少女の「口撃」に屈してしまう。

 雑踏の目があるとはいえ、街はもう日が暮れていて、酒気を帯びている人々も多い。

 女同士で唇を交わしていても目立たない状態だったので、私はそれを黙認する。


「美味しかったですわ! ライラお姉さま♡」

「ウルティマ! あんた、吸いすぎだって!」

「だって、このウルティマ、ライラお姉さまのことが好きになってしまったのですから」


 イチャイチャしてるのを横目に、私は今日、泊まる宿を探す。

 ブラックドラゴンのウルティマも増えたので、できれば、もう少し大部屋がありがたいのだが……。

 私は若干大きめの宿屋「黒兎亭」のドアを開ける。どうやら、そこは1階が食堂兼飲み屋で、2階以上が宿屋というスタイルを採用している宿屋のようだった。


「はい、いらっしゃい!」


 気前よく、恰幅のいい女性店員が料理を運び終えて、こちらに向かってくる。

 私たち3人を見て、一瞬、目を点にしていたが、すぐに取り直して、


「食事かい? それとも宿泊かい?」


 と、問うてくる。

 あ、そっか。と私は納得してしまう。

 私はチラリと後ろの二人に視線を流す。私は貴族の冒険者風の格好をしているとはいえ、ちびっ子のままだ。しかも、ライラはロングだけのメイド服、そして、ウルティマに至っては、フリフリゴシックロリータファッションだ。何とも珍妙な団体が入ってきたとでも思ったのだろう。

 しかし、そこはあらゆる冒険者を見てきた女性店員のおばちゃんのメンタルの方がごり押しで何とか勝てたというわけだ。

 さすがの商売魂といったところだ。


「宿泊を希望しているのですが、まずは夕食をいただいても結構ですか?」

「ああ、構わないよ! 私はユウリって言うんだ、あんたは?」

「私はエリサと言います。後ろの二人はライラとウルティマと言います。3人で使えるお部屋はありますか?」

「ああ、あるとも! さっそく、部屋に案内するよ。荷物は置いてきてから食事の方がいいからね」


 私たちは言われるがまま、部屋に案内され、装備品などを部屋に置くと、強盗に備えて施錠結界を張ってから、1階の食堂まで降りる。

 少しずつこの格好にも慣れてきて、階段を降りるのも素早くなってきて、ライラの助けを借りることもなくなってきた。とはいえ、早く戻りたい。


「エリサ様、可愛いですね♡」


 ウルティマが余計なことを言ってくる。あとで、「お仕置き」をしてあげよう、飼い主として。

 私は無言で振り返り、笑顔で不穏なオーラをウルティマに放つ。

 ウルティマは「ひっ!?」と呻き、冷や汗をダクダクと流す。どうやら飼い主の愛が伝わったようだ。うんうん。可愛いぞ! 我がペット。


「さあ、今日は何にする?」


 店員のおばちゃんはメニューをもって来るが、この地域では何が美味しいのか正直分からない。


「私たち、さっきこの町に到着したばかりで、何が特産品かもあまりわかっていないんです。この店のおすすめでご用意いただけますか? あと、葡萄酒を3人分も追加で」

「え? あんたも飲むのかい?」


 どうやら私の顔を覗き込んでいることから、私が葡萄酒を飲むことに疑念を抱いているようだ。

 まあ、この姿なら仕方がない。


「私は訳あって、このような成りをしていますが、本来は『大人』な体型をしているんです」

「そうだったのかい! そりゃ悪かったね! じゃあ、葡萄酒も3つだね」


 おばちゃん店員は愛想よくそういうと、キッチンの方へと消えていった。

 私は目立たないように周囲に視線を向ける。

 冒険者風の男たちに亜人族の傭兵、魔導士も数名いる。奥の方は明かりが暗くてあまりよく見えない。

 一応、警戒レベルだけは引き上げておいたままの方がいいみたいだ。

 ちらりとライラの方に目を向けると、ライラも同じ考えのようで、私とアイコンタクトで意思の共有を図った。


「はい、お待ち! 葡萄酒とウチのおすすめ3品さね!」


 テーブルに広げられたのは、鴨ロース肉のたたき、地域の野菜をふんだんに使ったホワイトシチュー、そして豚肉の塩漬け(ベーコン)とキノコを使ったパスタだった。

 私たちは乾ジョッキをして、葡萄酒を楽しむ。

 その飲みっぷりに私の周りにいる客も驚くほどだ。


「おおっ! 姉ちゃんたち、いい飲みっぷりだね!」

「お仕事の後の一ジョッキは美味しいですからね」


 私はそう応じると、周囲の傭兵らもこちらに向かって、ジョッキ《さかずき》を高く上げてくれる。

 乾ジョッキの意味か。私たちも返応して、ジョッキを上げる。

 食事も美味しく、空腹だったおなかも幸せで満たされていった。

 その時だった――――――。

 店のドアが開き、不穏な雰囲気を醸し出した傭兵が3名入ってくる。

 そして、声を掛けに行った店員の横を素通りして、私たちの席の前で立ち止まる。


「ほほぅ。女3人か」

「………………」


 私は視線だけを傭兵に向ける。

 ライラはスプーンで丁寧にホワイトシチューを食べていて、ウルティマは葡萄酒を堪能している。

 どこにだってよくある女子会そのものじゃないか!


「お客さん、喧嘩は困りますよ!」

「あ? まだ、自己紹介もしてねぇから喧嘩でも何でもねぇよ。引っ込んでやがれ」

「……………………」


 威勢のいいおばちゃん店員も強面な傭兵たちにすごんでしまう。

 私は口の中のものを飲み込むと、ナプキンで口元を拭き、


「どうかしましたの?」

「お前みたいなクソガキには用はない」


 く、クソガキ………。いやぁ、まあ、確かに今の姿はそうなんだけどさぁ……。

 でも、十分、あんた達よりは強いという自負の念はあるんだけどなぁ……。


「まあ、でもエリサ様が私たちのリーダーなのは間違ってないですよね」

「うんうん! あんな成りだけどね!」


 ライラが私がこの集団のリーダーであることを男に伝えてくれる。ウルティマはあとで絞める!


「ほう! じゃあ、お前に話を通せばいいんだな?」

「何なの?」

「その可愛らしい姉ちゃんたちの面倒を見てやるってお話だよ」

「うーん。止めといたほうが良いわよ」

「は? 渡したくないからそういうこと言うんだな?」

「いえ、私は本気であなた達の心配をして言ってあげてるの。悪いことは言わないから、この二人にやましい気持ち目的で近づかないほうが良いと思うわ……」

「そこまで分かってくれてるならいいじゃねぇか……」


 そう言って、傭兵の団長がウルティマの方に近づく。

 いや、本当に寝癖が悪いのだから、是が非でもお勧めしたくないのだけれど……。

 ウルティマはまだ葡萄酒をクピクピと喉に流し込んでいる。

 この娘の胃袋はどうなっているんだ!? 宇宙の神秘とか言うんじゃないでしょうね!?

 男はそっとその華奢な腕を掴もうとする、が――――。

 ウルティマは椅子の背もたれにもたれ掛かるようにして、背伸びをして捕らえようとしていた手を交わす。と、同時に残っていた葡萄酒がバシャァッと零れて、傭兵の男の顔面が葡萄酒まみれになってしまう。


「あー、ごめんごめん! お兄さんも飲みたかったの?」

「このアマ!」

「あはははは~~~、キレないキレない。冷静さを失ったらお終いだよぉ~」


 そう言うと、ジョッキを机にドンッと大きめの音を立てて、置く。


「お酒がマズくなっちゃうでしょ?」

「てめぇ!!」


 私とライラは気づいていた、この数秒後に起こることを―――。

 そして、それが周囲にとっては、偶然にしか見えないであろうことも―――。

 プスッ!!!!

 と、間抜けな音とともに傭兵の男は、その音のしたほうに手をやる。

 頭の上に、食事用のフォークが脳天を貫くように刺さっていたのである。


「い、痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?」

「あ、ごめんごめん! 勢いでフォークが飛んじゃったんだね! 頭大丈夫?」

「俺の頭は狂ってなんかいねぇ~~~~~~~~~~~~!!!」

「あ、いや、そういう意味で言ったんじゃないよ~」

「バカにしやがって! てめぇら! 明日の決闘試合出るんだろ? そこで勝負してやる! 俺の名はハンクス! 覚えてやがれ!」


 傭兵の男・ハンクスは、敗戦した夜盗の定番文句を吐いたうえで店から立ち去った。

 残された店の中は大爆笑で包まれた。

 そりゃそうだろう。ゴスロリファッション美少女が質の悪い傭兵集団を跳ねのけたのだから。

 しかも、台パンで飛ばしたフォークを脳天に突き刺すことによって………。

 私とライラは知っている。このゴスロリファッション美少女・ウルティマはそれをきちんと計算したうえで行ったということを……。


「……何て恐ろしい娘……」


 私がそう呟くと、ライラは鴨ロースのたたきをモグモグしながら、無言で深くうなずいた。

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