第4話 Mission briefing

 会議室の空間一杯に、ホログラムが浮かび上がった。

 艦艇の艦橋に利用されている壁面ディスプレイと、ホロビューとを組み合わせた技術に依るもので、このパルティア星系を模している。

 中心に、F5型の恒星。

 四個の岩石惑星。パルティア星系の主植民地星であるパルティア3は、このうちの一つだ。

 三個のガス型惑星。パルティア5、パルティア6、パルティア7。

 今回の戦闘任務の目標、パルティア5-3は、5の周囲に浮かぶ八個の小惑星のなかで最も大きなものだ。

「作戦名はウッドペッカー」

 ルイ・デュバルが告げた。

 ―――キツツキウッドペッカー

 あれか。「敵の拠点をつつく」からか。

 我々からみれば「発注主」にあたる、<連邦>統合参謀本部が名づけ親だろうが。なんともはや、もうちょっと捻りを効かせた名前に出来なかったものかね。

「作戦任務を請け負う艦隊は、二つある。まず、ストロンバーグ商会の編成する“サンダー・バード”―――」

 自席から立ち上がったルイが、我らの頭上に浮かぶパルティア星系に腕をかざし、親指と人差し指とを、広げるような動きをした。

 パルティア3の軌道上に、一個艦隊が拡大表示される。色彩は青。

 表示符号は「JTF-WP-TB」。

 編成は、戦艦四、航空戦艦五、巡洋艦一〇、駆逐艦二二、戦闘補給艦一。

 流石、大手商会のひとつであるストロンバーグが請け負っただけのことはある。商会艦隊としては最大規模に近い。俗に「脳まで筋肉な奴ら」と呼ばれている連中である。

 ルイが、突き出した人差し指をさっと斜めに動かすと、“TB艦隊”の極縮小モデルがオレンジ色の航跡を描いて、パルティア3を進発した。

 彼らは推進効率など気にもしない「力任せで派手な動き」をやり、星系を直線的に突っ切るようにパルティア5周辺へと進出。敵駐留兵力の主力を誘引し、撃破する。

 推定敵戦力は、戦艦二、航空戦艦二、巡洋艦九、駆逐艦二〇。

 先に行われた会戦の生き残りたちで、戦力判定上はストロンバーグ商会艦隊が勝る。<同盟>側は数も劣っているうえに、まず間違いなく「脳筋」には及ばないだろうとされていた。

 赤く表示された<同盟>艦隊は、TB艦隊に吹き飛ばされる―――

 それにしても、眼前に広がる立体投影は便利なものだ。

 視覚的に、極めて分かりやすい。

 私の時代に無理矢理例えてみるならば、プラネタリウムと、ヘッドアップディスプレイと、タッチパネルを組み合わせたようなものである。似たようなことは艦橋でもやれたが、より規模と同時参加能力が優れていた。

「続けて私たち―――任務呼称“フラッシュ・バード”が出発する」

 ルイは再び、腕を翳した。

 パルティア3の周辺に、新たな一個艦隊「JTF-WP-FB」が浮かんだ。G&B商会のものだ。

 こちらは、少し「凝った動き」をする。パルティアから一見遠回りであるパルティア4の軌道に向かい、ここで所謂スイングバイを実施。パルティア5に到着する。

 この動きと、推進剤の投入具合によって、TBより遅い出発であるにも関わらず、ほぼ時間的には変わらない到着になる予定だ。

 おおよそ、光速の一パーセント程度の速度を出す。

 宇宙艦艇は、海上艦艇のように推力を働かせっぱなしで速度を維持するわけではないから、実際には幾らか推進剤投入航行をやったあと、慣性航行、目的地前で減速―――というような機関の働かせ方をする。

 パルティア5まで、約三日で着く計算だ。

 約八億八六〇〇万キロメートルの航路を、である。

 時速でいえば、約一〇七九万二五〇〇キロ。

 これは大変な速度のようでいて、私たちの感覚としては「ゆっくりしていってね」くらいのものだ。

 艦艇の実際性能で言えば、目一杯引き出してやると、二七世紀技術の核融合炉と推進剤を用いた星系内航行で、光速の一〇パーセント程度までは無理なく出せる。

 ただし、そこまでの速度を発揮することは滅多にない。その辺りが、相対性理論における時間の遅れ―――所謂ウラシマリップ・ヴァン・ウィンクル効果の影響を、最小限にとどめる限界だとされているからだ。

 理論上は、光速の約二五パーセント程度までは日常生活に支障は出ないとされているが―――

 私たちは星系内航行を行うとき、ことで「面倒な話」にならないようにしているわけだ。

 それでも今回の作戦における、光速の一パーセント発揮航行の片道分でさえ、惑星地上の人々とは一〇秒ほど時間が「ズレる」。

 二五パーセント発揮だと、約三時間で目標に着ける代わりに―――えー、幾らだ。ジギーに怒られそうなくらい大雑把な計算だと、三〇〇秒以上は変わってしまうはずだ。そのはず。自信はないが、合っていると思う・・・

「TBとFBが、ほぼ同着? 敵主力を誘引できなかった場合はどうなるの?」

 巡洋艦<スタロスヴィツカ>のシェフチェンコ艦長が尋ねた。

 これは、ほぼ全員が思い浮かべていたであろう疑問だった。

「その場合は、TBも泊地に突っ込む。FBわれわれはそのあとだ」

 いずれにしても敵主力はTBが引き受ける、ということだ。

 私たちが狙うのは、泊地と、同地に残された輸送船団。先の会戦での<連邦>陣営勝利のあと、<同盟>が大わらわで5-3に運び込んでいる、諸物資や資材、損傷艦艇。多少の警戒隊は残されている前提になっていた。

 うーむ。

 慎重と評すべきか、あるいは腰の重いと言われる<連邦>統合参謀本部が組み立てたものにしては、ちかごろ稀に見る大胆な作戦だ。

 その点に懸念が無いでもなかったが、ルイもまた成し得る限りの手は打っていた。

 商会本部から任務の打診を受けたとき、「現地組み」で戦力を積み増すのではなく、他星系からワープ航法を使わせてまで、信頼の置ける商会所属艦を呼び寄せている。私へのスカウトは、その折衷案といったところか。

 例えば、彼の要請に従って到着した、ラリー・オブライエン艦長の戦艦<キアサージ>。

 この艦は、たいへん面白いモジュール構成をしていて、標準的な戦闘能力を有しつつ、工作艦区画を持っているそうだ。作戦参加艦艇の生存率を上げる効果を期待できた。

 オブライエン艦長自身の渾名は、「不沈のラリー」。

 ルイとの個人的な付き合いとしても、互いに信頼を寄せあっている仲らしい。

 他の艦長たちにしても戦闘参加経験の深い者が多く、<スタロスヴィツカ>のシェフチェンコ艦長など「シュシカ」と呼ばれていた。たいへん勇敢なことで知られる、彼女の民族的先祖が使った騎兵用刀剣に因むそうだ。

「皆。もしよければPAIたちに、作戦要素の検討をやらせたいのだが・・・」

 ルイが告げる。

 各艦のPAIを使って、それぞれの性能や艦長の性格、過去実績といった要素をぶち込んだ、並列計算をやりたいらしい。

 求めたい結果は、「作戦成功率〇〇パーセント」などという大括りなものではない。最終的にはそちらも算出されるが、要はPAIたちを用いた「図上演習」をやりたい、ということだ。

 仮想敵側は、既知の情報を抱えたルイのところのマルトと、オブライエン艦長のPAIであるハルが担当する―――

 私は、ちらりと真後ろの席に座るジギーを振り返った。仮想の星明かりのなかでも美しい彼女は、いつでも構わない、という風に頷く。

 各艦長も同意して、作業が始まった。

 PAIたちは、それぞれの席で静かに座ったままだ。一見、何の変化もない。しかし実際には、目には見えない通信で同時接続し、連繋しあって、膨大な量の演算をやっている。そのほうが落ち着くのだろう、何名かはシートをリクライニングさせ、瞳を閉じている者もいた。

 情報漏洩の心配は、二重の意味で存在しなかった。

 暗号化された専用回線を使っているうえに、PAIたちはそれぞれの主が困るような情報までは開示しないからだ。

 私の性的嗜好まで共有されたら、その、うん。大変だ。

 もちろん、各々のPAIの外見から、ある程度は推測できるが。

 例えば、何名かの艦長は同性のPAIを連れていた。私の趣味には合わないが、理解はできるし、何とも思わない。そんな愛のかたちがあっても、当人たちが幸せなら一向に構わないじゃないか。

 PAIたちは驚くほどの短時間で、敵脅威度の強弱に応じた幾つかのパターンを基本に、最適な艦隊陣形や、突入角度等を加味した演算を終えた。

 経過予想は、私たちの眼前に立体表示された。

 どのパターンでも、作戦成功率は概ね八〇パーセント代後半。もちろんこれは目安にしかならない数値だが、安心材料にはなる。

 かなり高額な<連邦>任務報酬額の掲示も済んだあと、

「・・・どうだ、皆。もちろん、任務を受諾するかどうかの最終判断権は各自にある」

 ルイは、その点を強調することを忘れなかった。

 私たちは、軍人じゃない。

 それほど真面目な存在ではなかった。

 危険に飛び込むのも自由なら、避ける権利もある。

 例えば私の場合、このパルティアで鉱物資源やその精製物を積み込んで、交易に出てもいい。

 この場で知り得た内容を周囲へと漏らさない、情報機密保持の契約書にサインは済ませてあったが、ウッドペッカー作戦なる戦闘任務を受けるかどうかの判断権は、各自にある。

「受ける」

「参加させてもらおう」

「同じく」

 結局のところ、私を含めた全員が契約に同意した。

 PAIたちが受諾記録をやり、これで堅苦しい打ち合わせも終了というわけだ。

 ルイは安堵している様子だった。

 この作戦は、内容から言って二個艦隊の受諾が無ければ成立しないからだ。<同盟>側の増援への懸念や、各星の公転周期との関係もあるから、あまりのんびりもしていられない。

 最初の最適航路が迫るのは、四日後―――



「ともかくも食事にしよう」

 仮想の宇宙空間が消え、照明が回復する。ルイの合図で、自律するテーブルワゴンといった見かけの給仕ロボットが、料理と飲み物を乗せてやってきた。

 ―――おやおや。

 なんと、なんと。

 ホロビューではなく、贅沢にも印刷した紙を用いたメニュー表とワインリストを眺めて、強烈に腹が減ってきた。宇宙港内にある、フランス料理店に手配したのだという。

 前菜に、魚介のテリーヌ。生ハムシャンボン・クリュ。鴨のパテ。ウズラの卵。黒オリーブ。

 タマネギとジャガイモのポタージュ。

 アワビの焦がしバターソテー。フライガーリックをあしらったもの。

 たっぷりとした牛フィレ肉、ボルドー風。

 食前酒のスパーリングワインは、ルイの御勧めで、地球のシャンパーニュ地方が吹き飛んでからというもの、銀河最良とされているもの。

 メニュー表によれば、チーズは八種のなかからお望みの四種をどうぞと来る。

 デザートは、生クリームたっぷりのフロマージュ・ブラン、チョコレートトリュフ、パイのメレンゲ添え、ソルベに、シロップ漬けの果物から、選択式―――

まずは、好調な出だしサ・コマンス・じゃないかビアン、エ?」

 ルイが満足気に呟く。

 全く同意する。好調も、好調だ。

 この宇宙港に、これほど素晴らしい料理を出す店があるなんて。

 また彼は、各艦何か要りようのものがあれば、出撃予定日までに<オベロン>のスタンリー艦長に伝えるといい、とも告げた。スタンリー艦長は皆に軽くグラスを掲げ、

「御用の節はいつでもどうぞ」

 と言った。

 なるほど、ジェームズ・スタンリー艦長は、プレイヤー間で俗に「調達屋」と呼ばれている存在なのだ、と理解する。

 兵器にしても部品にしても、あちこちに築きあげたパイプを使い割安で仕入れ、商会内に卸す役割。

 ありがたいことだ。

 そしてルイは、

「今日は、マサトの歓迎会を兼ねている」

 微笑んでみせた。

 彼の言葉に、私は驚き、同時に得心も得た。アワビやカニが使われているのは、なるほど、日本をイメージしてのことだったのだ。

「マサト、何か一言あるかい?」

 弱ったことを言う。

 私は、どうにか気の利いた挨拶らしきものを捻り出した。

「ありがとう。これほど素晴らしい料理を前には、百万の感謝も色あせてしまうけれど―――」

 各艦長から、好意的にして同意的失笑。

全ての艦に、良きグッド・スターズ・星回りをブレス・ユー乾杯サンテ

 まあ、無難な挨拶といったところだ。

 互いの政治観や宗教観といったものを持ち込まないようにされているこの世界で、プレイヤー間の祝辞に使われている言葉だ。

 二一世紀でいえば、「ゴッド・スピード」や「ボンボヤージュ」、「シャラーム」などの意味合いに近い。より宗教色を消したいとき、肩肘を張らない表現にしたいときは「グッド・スターズ」と略す。

「良き星回りを」

「良き星回りを」

「良き星回りを」

 各艦長たちが、杯を捧げてくれた。

 ―――うん、良い艦隊だ。

 少なくとも、これほど美味い食事を供に出来る連中は、悪い奴らではあるまい。


  

(続)

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