第1話 序章

 睡眠不足で頭は痛み 起きてるときは居眠りのやり通し

 浸水どどっとぶち込めば 腐りリベット抜け落ちる

 羅針儀はやたらめったらぐるぐる回り 尻尾にじゃれる猫のよう

 ―――ラドヤード・キップリング




 ―――戦闘配食は、サンドウィッチと決めている。

 食パンは、白く柔らかなやつがいい。

 具は、コンビーフ。刻んだ生のタマネギをたっぷりと混ぜ合わせ、マヨネーズを合えたもの。

 塩気の効いた肉の旨味。生タマネギの辛味。こってりとしたマヨネーズ。

 飲み物は、濃く淹れたコーヒー。

 副食は、まあ、小ぶりなピクルスが二本か三本あれば申し分ない。

「もっと良いメニューも用意できるけど・・・」

 と、いつも相棒のジギーは苦笑する。

 まったく原始人の考えることは分からない―――といった響きが、口吻にある。

「こいつが最高なんだ。目を見開くことになるからな」

 手早く平らげ、陶製のように見える一パイントの大きなカップでコーヒーを含む。

「そろそろか?」

「ええ」

 眼前一杯に広がる宇宙空間。

 正確にいえば、この艦橋ブリッジを全球形で包み込むような格好になっている、巨大な壁面ディスプレイに映し出された、外部映像だが。

 習慣的に「艦橋」と呼称されている宇宙艦艇の指揮中枢室は、船体の中にある。防禦磁場、外郭装甲といったものの更に奥深いところに位置していて、外部を直接視認などできない。

 まるで座席ごと宇宙空間に浮いているような錯覚を覚える。

 ちょうど正面の辺りに、センサー探知距離に入った大型艦がいた。

 紡錘形のシルエット。原型からは随分と手を加えたらしい、ごてごてとした武装やアンテナの類がある。

 着席している革張りの艦長席、手元近くにある複合コンソールに、ホロビューによる拡大投影が浮かび上がった。

「・・・デヴァステーション?」

 世の、ありとあらゆる宇宙艦艇が登録されたデータベースシステム「ジェーン」との照会情報を読み取り、艦名を読み上げた。

 たいそう値が張るであろう、最新のアイアン・デューク級。

 全長は一〇〇〇メートルを超える。

 大口径の荷電粒子砲が二〇基近く。

 艦載機も積めるようだ。

「残念。あちらの艦長は、貴方の時代で言うところのフランス系ね。デヴァスタシオンと読むのが正しいわ」

 ジギーが、低音の声で容赦なく訂正した。

 彼女の声は美しく、ときにうっとりするほどなのだが、こんなときはまるで厳しい教師のように響く。おまけに彼女は、ここのところ少しばかり機嫌が悪かった。

「・・・西暦で言えば二七世紀なのだろう? 言語の統一くらいやれているものと思っていたのだがな」

「生憎と現実は散文的でね。我が連邦フェデラルは、多様性を尊重するのよ」

 彼女は、くっくと笑った。

 ありがたいことで。

 お蔭で私も、普段通りの日本語を使えちゃいるが。

 ともかくも彼女の能力に全てを委ねることで、相手の後ろは取れたわけであるし。

 デヴァスタシオンは、推進部を斜め後ろにして、こちらに向けた格好になっていた。

 会敵前に発艦させた電子戦機が、セオリー通りに周辺一帯をスタンドオフ電波妨害していたから、こちらに気づいてもいなかった。

「撃ち方始め」

 私は命じた。

 射撃統制システムは、もうとっくの昔に起動させた状態にあったから、照準は最初から精密だった。

 船体の中心線に沿うかたちで艤装されている一二門の主砲群が、微かに指向できる射撃軸修正を瞬時に済ませ、発砲する―――

 バシュゥゥゥッといった盛大な発砲音が束になって艦橋内に響き、青白い閃光が迸った。ただしどちらも、真空中では聞こえもしなければ視認も困難な存在だから、艦内システムが疑似的に作り上げたものだ。

 西方星系ラインホター社製二八センチ荷電粒子砲は、砲そのものとしても優秀な性能を見せつけた。

 見事にデヴァスタシオンの艦尾区画を「貫いた」のだ。もっとも、演習用射撃だから出力はうんと絞ってある。実際被害はない。

「・・・先方から艦対艦通信を受信」

 ジギーが告げた。

「繋いでくれ」

 私は、手元に浮かび上がったホロビューを見つめた。

 渋い髭を生やした、細身の男が浮かび上がる。

 ずっと年上のようだが、アバター素体は容姿も性別も老若もどうとでも出来るから、本当にそうなのかは分からない。

「・・・驚いたよモン・デュー。見事なものだ―――」

 彼は苦笑しつつ、「敗北」を認めた。

 本当にフランス系らしい。

 ただ、彼の使う言語は、こちらの音響システムに流されるときにはもう、声音の調子はそのままに、日本語へと自動的に翻訳されていた。

「いったい、どうやったんだ? 小惑星の影に隠れていたところまでは、うちの相棒も解析してくれた」

「うん」

 私は頷いた。

 実際、そのような戦術行動を取ったからだ。

「だが、そのあとが分からない。羨ましくなるほどの、小気味良い動き。こう言ってはなんだが、旧式のアヴェローフ級でやれる機動や戦術システム処理速度ではないと、こちらの相棒は言っている」

「うちの相棒は、申し分なくてね」

 韜晦半ば、本気半ばで応える。

「・・・企業秘密って奴か」

 相手は軽く肩を竦めた。

 ただし、表情は悪くない。

「まあいい。テストは合格だ。貴艦を歓迎しよう―――」

 彼はちらりと目線を逸らした。

 手元のホロビューを確認しているようだ。

 発音に迷っているのだろう。我ながら、妙な艦名を着けてしまったから。私も他者様のことを言えた義理ではない、というわけだ。

「宇宙巡洋艦ウネビ。そしてアサヒナ艦長」



 ―――世間は驚きに満ちている。

 ジギーが支度金の振り込みを確認したあとで、コーヒーの御代わりを淹れてくれた。

 それまで私の左側にある副長席についていた彼女は、

「雅人―――」

 機嫌を直している様子だった。

 私は、彼女ジギーの表情を眺めた。

 金髪のウルフヘア。凛々しい眉。通った鼻梁。くっきりとしたグレイの瞳。

 長躯であるところが良かった。

 逞しさと豊かさを兼ね添えたスタイルは、高身長でなければたちまちのうちにバランスを崩して見えただろう。

 濃紺色をしたアイクジャケット風の肩章付きジャケット、トラウザーズという上下、ネクタイ、白いシャツの制服がよく似合っていた。

 腰を絞っているのがいい。

 完璧に私の好みと合致した。

 夢を具現化したような女。

 当然だ。

 彼女ジギー―――ジークリンデは、遺伝子レベルから私の嗜好に沿って作り上げられたアンドロイドなのだ。

 正確にはPAI―――パーソナル・アンドロイド・インモータリィという。「個人用抗加齢遺伝子処理済アンドロイド」とでもいった意味になる。その割には文法的に妙な感じもするが、そこはこの手の略称の常。AIの部分はアーティフィシャル・インテリジェンスだともされているから、語呂の良さで作られた言葉なのだろう。

 ジギーはそのPAIのうち、女性型だからFタイプと呼ばれている。

 PAIをどのような容姿、初期年齢、性格、能力、性別といった要素で作り上げるかは、この宇宙を舞台に繰り広げられている壮大な「ゲーム」の参加者次第だ。

 そこはかなり自由であり、ほぼ完全に委ねられていると言っていい。

 男性型もいれば、という場合もある。人間の姿である必要もなく、まるで古き良きSFドラマ時代のロボットそのものといったPAIや、動物型、ファンタジー世界の住民のような相棒を連れている者も珍しくない。

 例外はなく言えることは、彼女たちが、砲雷、船務、航海、機関、補給、衛生、飛行といった、宇宙艦船を運用するためのサポート用プログラムを仕込まれているということだ。

「・・・ごめんなさい。入港予定は、八時間後になってしまったわ」

「混んでいるのか?」

「ご名答」 

 このパルティア星系の、主星軌道上に浮かぶ宇宙港への入港予定時刻について言っている。

 特殊な炭素素材を使って、多層多重の桁材を組み上げたようなものだ。

 パルティアは、テラフォーミングも完全には済んでいないような砂漠の星だが、貴重な鉱物資源が採れる。港湾施設の容量には不足はない筈だから、

「・・・曳船屋が予約で埋まっているってところかな」

「そう。よく分かったわね?」

「君は、いつも最大限努力してくれるからね」

 彼女のミスであるわけがなかった。

 ジギーも、私が彼女を責めているわけではないと分かってくれているようだった。

 接岸作業は気を使う繊細なものだから、港湾施設では星系港湾管理局の曳船を使う。小さな船体に比し、パワーのある彼らが二隻から四隻ほど寄ってきて、艦船を誘導するわけだ。

 発展途上のパルティアには、その曳船が不足している。

 それでも普段の出入港量なら問題はないのだが、つい先ごろ、大規模な会戦があったばかりだ。

 星系内は商船に加えて、戦艦、巡洋艦、駆逐艦といった戦闘艦艇でひしめいていた。

 私のところは、戦闘もやれば貨物輸送もやる、学術調査も引き受ける「何でも屋」に近いが、そのような「賞金目当てで集まってきたロクデナシども」の一隻であることに間違いはなかったから、文句を言えた義理でもない。

「自力で入港すると伝える?」

 ジギーが悪戯っぽく片眉を上げた。

 艦には、姿勢制御や細かな機動のためのスラスターが上下左右についている。こいつを使えば、入港を自力でやることも可能なのだ。

 私はこの艦―――宇宙巡洋艦「畝傍」の、全長八〇〇メートルを超える船体が、港湾管理局施設の眼前でくるりと見事に旋回するところを想像した。

 ぽってりとした紡錘形。葉巻型に近いといってもいい。平常航行時の高視認性モード時は純白の船体に、赤い斜めのストリームラインが施してある。船体上部に、主要な各種通信及び探知機能のつまった平面塔型マスト。

 一二門の二八センチ荷電粒子砲パーティクル・カノン、一六基の光子フォントン魚雷・トーピード発射管、一〇・五センチのレールガン舷側副砲と、三・七センチ近接防禦システム。最大で四機積める艦載機。

 ジギーなら、この旧式とはいえ、どうにか戦艦級とも渡り合える艦を、ひとりでも見事に入港させてしまうだろう。

 しかし、

「・・・やめておこう」

 私は首を振った。

 テラフォーミング関連機器の輸送を無事終え、行きがけの駄賃に二隻の商船を喰い、そいつが中堅どころとはいえ評判の良い艦隊の目に留まってスカウトもされた。

 任務報酬と私掠賞金に、支度金もたっぷり。

 一つの航海としては、多くのものを得た。

 これ以上望むのは、分不相応というものだ。

「物事は何でも九〇パーセントがいい。特に、欲と名のつくやつは。それが長続きの秘訣だよ。うちは、のんびりやるのがモットーだ」

「・・・貴方の、そういうがっつかないところ。嫌いじゃないわ」

「そりゃあ、どうも。済まないが、碇泊の手筈が整ったら知らせてくれ―――」

 私は告げた。

「いったん、ログアウトする」


 


(続)

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