四・二

 すっかり食事も終わって再び車内に戻ると、すぐにアレッシアが怪訝な視線を向けてきた。


「それで、ようやく本題に入れるってわけだね?」

「ああ。長々とうんちくを傾けて悪かったよ」

「まったくだ。話が進まないっての」

 冗談めかして文句を言いながら彼女はキーを回す。古臭い車体が軋むような音を立てた。

「でも君はちゃんと付いてきてくれたじゃないか」

「まあ、つまらない話ではなかったからね」

「それはよかったよ」

 僕はわざとらしく肩をすくめてみせた。


「さてと、僕の能力の話だな。この力は——力だなんて言えるほどかっこいいものでもないと思うけど——は、無数に存在する僕の事態を感じ取り、その中の一つを事実として確定させるもの。僕はそう解釈している」

「事態に事実、さっきの話にも出てきたやつだね。確か事態が可能性で、事実が成立した事態のこと……だったっけ?」

「それで合ってる」

「じゃあこの場合は、アンタはアンタ自身の無数の可能性の中から、一つを選んで成立させることができるっていうことかい?」

「そうなるな」

「それはまあ、何というか、眉唾とかそういう次元じゃなくなってきたというか……」

「信じられない?」

「端的に言えば」

「無理もないさ。というかこんな話信じられるわけがない。それに僕としても信じてもらう必要はないしな。君はただ、面白おかしいフィクションだと思って聞いてくれればいいんだ。どのみちこの世界で起こった話じゃないんだから」

「ならそうさせてもらおう。それより、もう少し詳しい解説を頼むよ」

「分かった」


「僕の右手が光る時、僕は無限の僕を感じている。例えば私立高校に通ってる僕。公立高校に通ってる僕。会社に勤めている僕。軍人の僕。小学生の僕。魔法使いの僕やスーパーヒーローの僕なんて変わり種もたまにいたりするが、とにかく色々だ。色々すぎて全てを知覚することなんて到底できない。だから最初の頃はほとんどランダムだったんだけど、慣れてきてからはある程度希望の僕を選べるようにはなったかな。とにかく、僕が無数の事態の中から一つを選ぶと、それは事実として確定される」

「そこが分からないんだ。事実として確定するってのは具体的にどういうことなんだ?」

「そこは僕にも厳密なことは言えないかな。多分コペンハーゲン解釈か多世界解釈かのどっちかだとは思うんだけど」

「何だいそりゃ」

「ああ、量子力学の解釈のことだ。すごく大雑把に言うなら、重なり合った量子が観測されると、波動関数が収束して一つの状態に確定すると考えるのがコペンハーゲン解釈。無数の平行世界が量子の世界で干渉しあっていて、観測されることで干渉性を失い一つに決定されると考えるのが多世界解釈だ」

「頼むから未知の言語で話すのはやめておくれよ」

「悪かったよ。じゃ引くほど大雑把に言おう。世界は一つだがその中に無限の可能性があると考えるのがコペンハーゲン解釈で、逆に無限の平行世界があると考えるのが多世界解釈だ。オーケー?」

「一応オーケー」


「よし。んで問題なのは、結局この二つの解釈のどちらが正しいのかが現状は分からないから、正確なことは言えないってことだ。だから多分これは語りえないことで、沈黙しなきゃいけないんだろうな。でもあえて言うなら、コペンハーゲン解釈に従った場合、僕が一つの事態を事実として確定させると自動的に僕の主観世界は書き換わる。例えば『僕がアメリカに住んでいる』という事態を成立させた時、この世界は『僕がアメリカに住んでいる』世界に書き直される。一方多世界解釈の場合だと既存の世界の僕から、成立させた事実を内包する別の世界の僕に確定し直される。さっきの例だと、『僕がアメリカに住んでいる』世界の僕が決定されることで『僕がアメリカに住んでいない』今までの世界の僕は消える、といった具合だ」

「なるほどね。事態を成立させるとどうなる?」

「まず既存の世界の僕は気を失う。というか意識が消える。こう、急に電源が切れたみたいに、ぷつっとね。そして確定した新しい世界の僕に記憶が引き継がれる。だから毎回他人に乗り移られたような感覚がするんだ」

「つまり魂が新たな世界に引き継がれるってこと?」

「いや、引き継がれるのはあくまで記憶だけだ。魂だと人格もひっくるめた表現だがそれは違う。僕の意思は連続しない。今までの僕の人格は世界と共に消えるのさ。どうだ、分かってもらえたか?」

「何となく、だけどね。で、結局アンタはこの力で何をしようとしたんだ?」

「……栞を救おうとした」

「なら単純に、『その子が生きている』という事態を成立させればいいだけのことじゃないかい?」

「それはできないんだ。僕が選択できるのは僕自身に関する事態だけだ。世界や他人の事態を選択することはできないし、感じ取ることもできない。仮に新たな世界で周りの誰かが変わっていても、それはあくまで副次的なものであって、狙って選べるわけじゃないんだ」

「なるほど。それで、アンタはその力で、どんな風に世界を変えてきたんだ?」

「それはもう、色々だよ」


 流れていく景色に目を移して、それから僕は自身の旅路を語りだした。

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