三・八

 それから僕は栞を学校へ送り出した。彼女は様子のおかしい僕のことを心配して残りたがっていたが、後で色々と面倒くさくなりそうなので行かせることにした。僕の方はというと、彼女の勧めで仮病を使って休むことにした。


 さて、一度整理しよう。


 昨日、僕は雨宮との約束を断って軽音部の部室へ遊びに行った。そこで彼らの演奏を聴き、時には一緒に歌い、どんちゃん騒ぎをして楽しく過ごした。そして栞と二人で帰り、他愛もない談笑を楽しんだ……はずだ。いや、それで間違いない。これは昨日の僕の行動で、疑う余地のない確定した事実である。


 ならば、先程の記憶は一体何だったのだろう。昨日は一緒に帰ったのだから栞が一人でいたはずがないし、第一国道沿いの道は使わなかったのだからあそこで轢かれるわけがない。ましてや右手が光るなど馬鹿馬鹿しいにもほどがある。タチの悪い悪夢だったと捉えるのが自然と言えよう。


 だが、そう簡単には納得できなかった。記憶が鮮明すぎるのだ。これがもし本当に夢であったならば詳細な内容の大半は抜け落ちているはずだが、どうしたものかディティールまではっきりと思い出せる。非常に気味の悪い感覚だった。まるで他人の記憶がそっくりそのまま移植されたような感じ。あるいは、もう一人の僕がこの身に宿ったようだと表現してもいい。とにかく本当に不気味な心地だった。


 とはいえ、分からないことはいくら考えたって分からないのだから、僕はこの一件について思考することをやめることにした。これなら、大人しく自習でもしていた方がマシだろう。学校が終わったら栞が家に直行してくるそうだから、それまでは真面目に勉強していよう。僕はそう決めた。


 ——結論から言うと、栞は来なかった。


 また事故だった。

 国道の横断歩道で、信号無視の車にはねられたそうだ。

 病院に搬送された栞は、その後死亡した。

 僕はまた霊安室にいた。

 そこで意識を失った。

 右手は青く光っていた。

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