第46話


 およそ1ヶ月半の長期休み明けとなれば、多くの生徒はどんよりとした表情を浮かべてしまっている。思い思いの時間を過ごして、自由な生活との暫しの別れを惜しんでいるのだろう。


 長かった夏休みもようやく終わりを告げて、かつての日常を取り戻しつつあった。

 もちろん名残惜しさはあるけれど、蘭子としては律と一緒にいられることに変わりはないため、そこまで未練はない。


 休み時間に彼女と一緒に作ったフルーツティーを飲んでいれば、恋人の手がこちらに伸びてくる。


 「フルーツティ私も一口ちょうだい」

 「いいよ」


 クリアボトルには輪切りになったレモンやベリーなどが浮かべられていて、夏らしい爽やかさを演出していた。


 昨夜一緒に作り置きして、一晩寝かせたフルーツティー。お気に入りのダージリンの茶葉から抽出しているため、爽やかな風味と満足のいく味わいだ。


 いつも通りひなを含めた3人で一つの机を囲んでいれば、蘭子たちの左腕に煌めいている存在に彼女は気づいたようだ。


 「あれ、二人ともそれお揃い?」


 そう言いながら彼女が指差したのは、律がプレゼントしてくれたブレスレット。あまり派手なデザインではないため、学校でも付けて生活しているのだ。


 「めちゃくちゃ可愛い!どっちが選んだの?」

 「律がプレゼントしてくれて……」

 「センスいいね!いいな〜、羨ましい」


 ニコニコと嬉しそうな顔のひなは可愛らしく、小動物のように愛でたくなる魅力を持っていた。


 彼女ほど素直で人当たりも良ければ、きっとたくさんの人にモテるのだろう。


 「ひなは夏休み何してたの?」

 「彼女とたくさんデートした!」

 「へえ、彼女と…まって、ひなって彼女いたの!?」


 突然過ぎる新事実に驚いていれば、2人とも蘭子が知っているとばかり思っていたようだ。

 顔を見合わせながら、不思議そうな表情を浮かべてしまっている。


 「言ってなかったっけ…?」

 「知らないし…!律は知ってたの?」


 コクリと頷いている様子から、恐らくかなり前から聞かされていたのだろう。

 省かれたようで寂しさを覚えていれば、すぐに真実を教えてくれる。


 「出会ったばかりの頃、いっつも二人で恋バナしてたから…そっか、蘭子ちゃんに言うのすっかり忘れてた」

 「私たちが仲良くなったのも恋バナがきっかけだし……」


 つまりあえて教えなかったのではなくて、隠す気がさらさらなかったからこそ、打ち明けるのを忘れていたのだ。


 急速なスピードで仲良くなった2人だったが、まさか共通の話題が恋バナだったなんて思いもしなかった。


 「どんな人なの?」

 「一個年上なんだけどね、すごく優しい人で……」


 そう言いながら頬を緩める姿は、今までで一番幸せそうだった。好きな相手を思い浮かべて、キュンと胸を弾ませているのか頬は桃色に染まっている。


 その姿を微笑ましく見つめながら、なるほどとどこか腑に落ちていた。


 やけに律と蘭子への物分かりが良かったのも、自分自身が当事者だったから。そうとも知らずに、出会った当初ひなに嫉妬してしまっていたのだから笑ってしまう。





 気づけばすっかりと慣れ親しんだスナック菓子の味に、抹茶味のチョコレート。授業が終わるのと同時にひなと共にコンビニへと向かって、彼女の部屋で頬張っていた。


 律は日直なため、一足先にお菓子パーティーを始める。

 

 「けど驚いた。ひなの恋人かあ…」

 「ごめんね、別に内緒にしてたとかじゃないの」


 申し訳なさそうに謝る姿から、それが彼女の本心であることは十分に伝わってくる。純粋で真っ直ぐな彼女が、悪意を持って隠し事をするはずがないのだ。


 優しく頭を撫でてやってから、ふと気になったことを彼女にぶつける。


 「あのさ、ひな」

 「なに?」

 「その……答えられる範囲で全然構わないんだけど」


 明らかに緊張した様子の蘭子に対して、不思議そうに首を傾げている。誰に聞かれる心配もないというのに、精一杯に声のボリュームを落としていた。


 「……その恋人と、もうエッチなことってした?」

 「えぇ!?」


 一気に頬を赤らめて、恥ずかしそうに俯いてしまう。その反応から踏み込みすぎただろうかと罪悪感を抱いていれば、恐る恐ると言ったようにひなは首を縦に振って見せた。


 「もう付き合って1年経つし…」

 「……私もね、この前律とシたんだけど…」

 「そうなの!?」


 意外な反応をされて、今度は蘭子の方が羞恥心に襲われる。

 恥を忍んで自らの事を打ち明けているのは、モヤモヤと抱えている物を解消したいからだ。


 「それで……その時は私がネコやったんだけど…私も律のことか、可愛がりたくて…」


 お互いが顔を真っ赤に染め上げて、気づけば目を合わせることが出来ずにいた。

 フローリングに敷かれたカーペットを眺めながら、必死に言葉を続ける。


 「……けどいつも律のペースになっちゃって…どうしたら良いかなって…」


 後半は恥ずかしさのあまり、殆ど声になっていない。

 ひなも余程恥ずかしいのか、リモコンを操作してクーラーの温度をピッと下げていた。


 「わ、私もネコが殆どだから参考になるか分からないんだけど……可愛がってもらった後って相手も興奮してるじゃない?だから、勇気出して触らせてってお願いする」

 「やっぱりタチの人って触られるの嫌だったりするのかな」

 「それは人によるよ。私の恋人はたまになら良いよって感じだし…」


 やはり人それぞれ違うのだろう。カップルの数だけ正解があって、そこに明確な答えは存在しないのだ。

 

 「……けど律ちゃんだったら、蘭子ちゃんのお願いなら何だって聞いちゃいそうだけどね」


 自信のある回答に、抱えていたものが僅かに軽くなる。好きな相手を可愛がって、甘えた声を聞きたいと願うのはそこまで我儘ではないだろう。


 たくさん可愛がってもらった分、きちんとお返しをしてあげたいのだ。


 「……今度お願いしてみる」

 「私も応援してるね」


 心強い友人の言葉に、励まされている自分がいた。


 蘭子だって可愛がられることは大好きだけど、同じように可愛がりたい。


 好きだからこそ、いろんな表情を、声色を聞きたいと思ってしまったのだ。

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