第36話


 ベリーの香りがする紅茶を飲みながら、繊細な味わいに癒されていく。リリ奈の付き人である杏は紅茶を入れるのがとても上手で、伊乃も彼女から教わったと聞かされていた。


 久しぶりに訪れた友人宅は、相変わらずシャンデリアがキラキラと煌めいている。

 部屋の内装は全てリリ奈の母親の趣味らしく、フリルやレースがふんだんにあしらわれたカーテンはとても可愛らしかった。


 マドレーヌをゴクンと飲み込んでから、向かい側に座っているリリ奈と会話を交わす。


 「へえ、本当に付き合ったんだ」

 「私から告白した」

 「蘭子から!?意外と男気あるのね」


 苦笑いを浮かべながら、再び温かい紅茶に口をつける。


 経緯としては色々あったが、そのおかげで蘭子は律に自分の想いを告げられたのだ。


 もしまた律が一位だったら、蘭子は強がって素直に自分の思いを吐露できなかったかもしれない。


 1位だったから付き合ってあげるのだと、可愛げがないまま彼女との交際をスタートしていたかもしれないのだ。


 だからこそあの形がベストだったのだと、そう思い始めている自分がいた。


 「それで相談って何なの?」

 「付き合うって普通……こう…イチャイチャするものじゃないの?」


 予想外の質問だったのか、リリ奈が驚いたように紅茶を吹き出している。

 すぐ側で見守っていた杏は、主人を落ち着かせようと優しく背中をさすってあげていた。


 レースのついたハンカチで口元を押さえながら、リリ奈は苦しげにむせてしまっている。


 「リリ奈様、大丈夫ですか?」

 「げほっ…平気っ……」


 何度か深呼吸をして、呼吸を整えてから噛みつかれる。唐突だったと反省しているため、返す言葉がなく素直に謝罪の言葉を口にしていた。


 「そういうこといきなり言わないで!びっくりするでしょう」

 「ご、ごめん……」

 「まさかあの蘭子がそんなこと言い出すなんてね…」


 これまで一度も浮ついた話のなかった友人の変化に、感慨深い様子で頷いている。


 初等部から知っているからこそ、蘭子の成長をより強く感じているのだ。


 「蘭子は筒井さんとイチャイチャしたいの?」


 直接的な表現に、自然と頬に熱が溜まっていく。室内なため誰に聞かれる心配もないというのに、あたりをキョロキョロと見渡してから恐る恐る頷いていた。


 好きな相手を前にすれば、当然くっつきたいと思うしキスだって沢山したい。


 イチャイチャしたくて堪らない蘭子とは対照的に、律は付き合う前と態度があまり変わらないのだ。

 別れ際にキスをしてくるぐらいで、スキンシップも殆どない。


 「……だって好きだもん」


 もしかしたら蘭子に魅力がないから、律もそういった気分にならないのだろうか。すっかりと自信を消失して落ち込んでいれば、強い力で髪を撫でられる。

 間違いなく髪の毛はボサボサになっていて、咄嗟に抗議の声を上げた。


 「ちょっ…なにするの!」

 「蘭子はかわいいね」

 「冷やかさないで!」


 唇を尖らせても、リリ奈はちっとも反省している気配がない。揶揄われているのが分かっているからこそ、拗ねたように顔を背けていた。


 蘭子だっていきなり階段を何段もすっ飛ばしたいとは思っていない。


 ただ、せっかく付き合ったのだからもう少し恋人らしい雰囲気を醸し出したい。


 もう少し律に踏み込み込んで、恋人だからこそ見られる表情を知りたいだけなのだ。

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