十七日目:「その名前」『疎ましい人』

 遠くから来た人と出会ったことがある。

 その人は、自らを「異星人」と称した。

 私はその人が嫌いだった。

 

 精神を病んだその人は、事実上の左遷の形で地球に派遣されてきたらしい。

 片道200年。冷凍睡眠で来たという。

 地球の知的生命体の文化を調査せよ、という名目で、第二次調査団として。

 

 その人は、私が下校する時刻にいつも公園のベンチにいた。

 生きていることの意味とは何か、とか、ヒトはなぜ神を信じるのか、どうして信じる人と信じない人に分かれているのかとか、毎回何かよくわからないことを話しかけてくる。

 面倒臭いなと思いながら、頑張って考えて答えていた。

 しかしそれらの質問は別に調査とは関係なく、彼自身が知りたいから問いかけていたことらしい。

 別にそれだって文化調査の範疇には入ると思う。


 彼は、どんな調査をしているのか、そもそも調査をする気があるのかどうかが疑わしいぐらい生気がなかった。

 よくある「死んだ魚の目」というやつ。

 そんな感じの外見だった。

 彼の口癖は「左遷の身ですから」と「僕は病んでいますから」だった。

 正直その言葉を聞くと逆にこちらが落ち込んでしまう。

 特に共感性が高い自覚はなかったけれど、毎日暗い言葉を聞いていると気が滅入るというのはまあ一般的じゃないかと思う。

 当人にその自覚はなかったみたいだけど。

 

 私が卒業してこの道を通らなくなったらどうするのだろう、と思っていた。

 疑問の答えは卒業式の日にわかった。

 いつもの公園の前に行くと、ベンチに人影はなく。

 代わりに白い封筒が置いてあった。

 封筒には手紙が入っていて、「今までありがとうございました」と書いてあった。

 日本語だった。

 

 それからその人と会ったことはない。

 なかった、のだが。

 

 仕事から帰って机の上を見ると、白い封筒が置いてあった。

 中には手紙が入っていた。

『お元気ですか。僕は母星に帰ることになりました。貴方に付き合ってもらって調査を進めたのがよかったみたいです。明日の晩、あの公園から発ちます。よければ顔が見たいです』

 私はその手紙を丸めて捨てた。

 

 次の日。

 帰宅は深夜になった。

 あれから私は東京の大学に入学し、就職先も東京だった。

 田舎の小さな公園なんて、今更足を延ばせる距離でもない。

 ぼんやりと空を眺めていると、空に昇る白い光を見た気がした。

 次の日のネットニュースにはUFOの目撃証言が乗っていた。

 私はその記事に低評価ボタンを押し、何もなかったことにした。

 

 最後まで名を名乗ることも名乗られることもなく本心を話すこともなく、これからもたぶんない。

 出会わなければよかったのにな。

 満員電車に揺られながら、私は目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る