つかの間の平穏

第28話 実りの季節は食欲の季節

 リリアの魔法石店。

 普段は安い魔法石アクセサリーを売っている。安いと言うことは、小さいと言う意味でもあり。小さいと言うことは、魔法石の魔力も比例して小さくなる。

 危険に巻き込まれる心配が無いかわりに、効果も少ししかないのは致し方ないところ。

 そして、アクセサリーではお腹は膨れないので、当然ながら、特別なことが無ければ購入に訪れる人も少ない。つまり、閑古鳥が鳴いている日も少なくないと言うことだ。


 実りの季節はそんな時期だ。

 美味しい物が一杯収穫できれば、採れたてを味わう方がいい。食欲に費やすお金が増える分、アクセサリーには手が出なくなる。


 お店的にはしんどい時期だが、ここのところ魔法石鑑定が立て込んでいたリリアとレギウスにとっては、丁度よい息抜きの時間でもあった。


「リリア、市場でこの時期限定の栗で作ったお菓子ミシュティが売り出されているらしいよ。しかも数量限定だから、並ばないと買えないらしい」

「食べたい! ね、一緒に並ぼう」

「いいけど、別に俺が並んで買ってきてやるよ」

「一緒がいい」

「それって、余分に買おうとか思ってる?」

「うふふ。バレたか。二人で買えば二個ずつ買えるでしょ。二つずつ食べられる」

「栗のお菓子ミシュティ、リリアやっぱり好きだよな」

「ふふん。そう言うレギウスの好きな葡萄酒ラヴァンも奮発して買っちゃおうよ」

「いいの? やった」


 店は早々に閉店の看板を出して、二人仲良く市場へと繰り出した。

 歩き進めれば、あちらこちらから美味しそうな香りが漂ってくる。採れたての良さを生かすために、この時期は特別なメニューが増えるのだ。


 お目当ての店、マルコ製菓店も、季節の恵みをふんだんに生かした菓子がたくさん並んでいた。砂糖はとても貴重なので、甘い菓子はみんなの憧れだった。  

 店頭には、栗以外にもカボチャ、葡萄を使ったお菓子も並んでいて、どれも鮮やかな色でキラキラと輝いている。

 リリアの目も輝いた。


「どうしよう。他のも食べたくなっちゃった」

「我慢しないで買えばいいよ」


 笑いながらレギウスが言う。


「でも、全部食べたら太っちゃうかも」

「別に、リリアはもう少し太ってもいいと思う」

「ほんと? じゃあ、奮発!」


 食欲の季節は、散財の季節でもあった。


「いらっしゃいませ。あれ? リリアさんとレギウスさん」


 順番が来て、いざ注文という時になって、初めてメリルに気づいた。

 レギウスの幼馴染、イーサンの恋人で、シンフリアン事件の時に知り合ったメリルは、このマルコ製菓店に勤めていたらしい。


「私、お菓子を食べるのも作るのも好きで。だから頼み込んで働かせてもらっているんです。ね、甘い物を食べると幸せな気持ちになりますよね」


 女同士で盛り上がって、結局リリアは予定よりもたくさんのお菓子を購入してご満悦だった。


 ついでに市場を一回りすれば、アッと言う間に両手いっぱいの荷物。


 夕食用に燻製ベーコンサンドブリンゲン葡萄酒ラヴァンを買って帰途に付いた。

 もうそのまま魔法石店は閉店のまま。さっさとくつろぎタイムに突入だ。


 二人で葡萄酒ラヴァンのグラスを合わせる。

 カチンと言う透明な音が響いて、いつもと違う演出が高揚感を呼ぶ。

 市場で買ってきた様々な食材を並べ、サンドブリンゲンを頬張り、最後に甘い栗のお菓子ミシュティに舌鼓を打つ頃には、既にほろ酔い気分。


 頬を赤らめて幸せそうに、一口ずつ大事そうにお菓子ミシュティの欠片を口に運ぶリリアを見て、レギウスも穏やかな笑みを浮かべている。


 互いの顔を見つめるだけで温かな気持ちが沸き上がる、そんな時間は、何ものにも代え難い至福の一時。


 ずっと続いて欲しいと願いながら、ずっと続くはずと言う謎の自信も持っている。

 だって、レギウスの隣にいられるだけで、私は幸せなんだからと。

 

 でも、お菓子ミシュティの最後の一口が近づいてくると、やっぱりリリアも寂しくなる。

 永遠なんて、あり得ないのだと突きつけられた気がしたから。


 だから人は、この一瞬を忘れたくないと強く願うのね……


 目に焼き付けて、心に仕舞いこんで。

 辛い日々にも取り出して思い出せるくらい。

 強く、強く。大切にしたい―――



 甘味と共に流し込んだ葡萄酒ラヴァンは、リリアの口を軽くした。


「レギウス、ねえ、レギウス。だぁーいすき」


 キラキラとした瞳でレギウスを見つめる。いつもの恥じらいはどこへやら。

「ねえ、キスして」そう言って顔を仰向けた。可愛らしい仕草に、レギウスは内心ドキマギしながらも、外見だけでは無くて中身も二十一歳のままだなと、心の中だけで呟く。


 軽いキスはやがて情熱的な愛撫へ……と思いきや、ちょっと唇が触れただけで、満足したように微笑んだリリア。コクンと首を折るとすうすうと寝息を立てて寝始めた。


「え!」


 一瞬固まったレギウス。

 それから呆れた様に笑いだす。


「やれやれ。お酒弱いくせに。しょうがないなぁ」


 そう言ってリリアの頬を突くと、そうっと抱き上げてベッドへと運ぶ。もう今日は片付けも放っておいて一緒に寝てしまおうと、共にベッドに入り込んで抱きしめた。

 

「ふぅん」

 と小さく甘い吐息を漏らしたリリアは、そのまましがみ付いてきた。


「本当に、しょうがないなぁ」


 レギウスはもう一度呟くと、そんなリリアの寝顔を穴が開くほど眺め続けるのだった。 


 幸せな夜は更けていく。



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