9.VAL


「名前も決まったことだし、次は武器ね。みかり頼んだわ」

「まっかせてぃ!」


 葉の呼びかけに、みかりは敬礼すると走ってバックヤードに向かい、大きな箱を両手に抱えて戻ってきた。彼女がそれをカウンターに置くと大きな金属音が箱から鳴り響いた。僕は近づいて中を覗き込む。そこには棒状だったり、先端が鋭利になった鉄製の機械部品がいくつも入っていた。


「これからはっちゃんが使う<VAL(バール))>を用意するよ!」

「バール?」


 首をかしげる僕を気にせず、みかりはカウンターのバーンダー側へ回る。みかりが箱の中の部品群をいくつか取り出し並べている間、葉が代わりに説明してくれた。


「生きているインスマスの皮膚は弾力があるから、銃とか鈍器は効きにくい。だから金梃バールのような先端が尖った武器で刺殺するのが最も効果的なの」

「でも、ただのバールだと戦い方が限られるっしょ? ワンパターンだと敵にも攻撃を見切られやすくなるし」


 みかりは一通りの部品を並べ終えると僕たちにウインクする。


「だからバールみたいな武器にいろんな機能をつけたん! 自分好みにカスタマイズもできるんよ!」


 そういえば葉の持っていた武器も最初は長槍のような形だったのに、スイッチ一つで短く短縮されていた。あれなら持ち運びも便利そうだ。


「名付けて変式応用型殺傷武器。英語にすると『Variant Application Lethal weapon』。だから略称は<VAL(バール)>! バールとぴったし同じ英語だし良い感じっしょ?!」


 みかりは両手を広げてカウンターの上の武器となるパーツ群を誇らしげに強調した。


「……東堂さん、ひとつ良い?」

「みかりでいいよ、はっちゃん」

「……みかりさん、バールは英語で『bar』だよ。それに、さっき文の頭字語だと発音は『ヴァル』になると思うんだけど」

「……」


 天使が通過したかのような沈黙。その後みかりはカウンターに両手を叩きつけた。


「マ?! 知らなかった! みんな知ってたん?!」

「ええ、知ってたわ」

「中学生レベルの単語じゃぞ」

「知っていたが面白いから黙っていたよ、東堂君」

「わぁん! みんな酷いんよぉ!」


 みかりは恥ずかしそうに両手で顔を覆った。どうやら僕はこの集団での暗黙の了解による平和を乱してしまったらしい。僕は彼女に話の続きを促す。


「えっと……で、これはどう使えばいいの?」


 バラバラになった部品群を僕が見下ろすと、みかりは気恥ずかしさから回復して、部品のいくつかを手に取る。


「基本的には持ち手になる本体と、その両端を組み合わせるん。とりあえず初めてのはっちゃんには基本コンポーネントで慣れてもらおうかなー」


 彼女は手にした部品を繋ぎ合わせる。工具などは使わず、ワンタッチで組み立てられる仕様のようだ。


「はいっ、どーぞ」


 みかりに両手で差し出された完成品のVALを僕は受け取る。見た目は完全に塗装されていない、黒一色のバールそのもので、怪物に対抗できる代物には見えない。日曜大工に活躍するのが関の山だろう。


「試しに1番のボタンを押してみ?」


 みかりは僕の握ったVALを指さす。握り手となる本体にはボタンが3つほどついていて、番号が振られている。僕が恐る恐る1と刻まれたボタンを押すと、VALの先端が勢いよく伸びた。延伸したその形はまるで槍のようで、昨日葉が使用していた機能と同じもののようだ。


「他にも面白い機能があるん!」


 みかりは僕の手から優しくVALを取ると、ボタンを押して再度短い状態に戻す。それを魔法のステッキのように前に突き出し構え、2番のボタンを押しこむ。すると尖った先端が勢いよく飛び出し、数メートル先のダーツボードのうちの一つに刺さった。よく見ると飛び出した先端と本体はワイヤーで繋がっている。みかりが再び2番のボタンを押すと、突き刺さった先端は壁からダーツボードを引きはがし、本体側まで巻き戻ってきた。さながら持ち運びの出来る捕鯨砲だ。


「ワイヤーガン! 逃げるインスマスとかはこれで釣りあげて仕留められるんよ」

「すごい……こんな細い本体にいったいどうやって……」


 仕組みが気になってVALをしげしげと眺める僕を見て、みかりは満足そうに笑う。


「3番のボタンを押せば手錠にもなるし! パスコードも自分で設定できるん!」


 ダーツボードを先端から取り外し、みかりはボタンを押す。今度は本体が一部が折れ曲がり、本当に手錠型に変わった。もう何でもありだ。


「すごいっしょー全部うちの手作りなんだ!」


 僕は耳を疑った。こんな多機能な武器を目の前のギャルが作り上げたことがとても信じられない。しかしメンバーの誰もが異論を挟まないあたり、真実なのだろう。彼女はただの英語が苦手なギャルじゃない。英語が苦手で、アメリカ好きで、天才的な機械工作技術を持つギャルだった。


「他にもバッテリーを付けてスタンガン機能を付加したり、射撃用コンポーネントに換装してスコープを付ければ狙撃銃にもなるんよ! あとはね――」

「そこまででいいわ」


 ヒートアップするみかりに葉が右手を突き出し待ったをかけた。


「一度に説明しても彼が覚えられないわ。そもそもインスマスは生け捕りにしないのだから、手錠機能もいらないのだけど」

「えへへ、入れられそうな機能は全部入れたくてん」


 怒られたことを誤魔化すようにみかりは顔を背ける。


「まぁまぁ、いいじゃないか! これで新人ヒーローくんが素敵な武器が持てたことだし――」


 ラフトラックはきわみが映ったノートパソコンをボックス席に置き、大仰な手振りで僕らの注意を向ける。


「早速今夜のインスマス狩りと行こうじゃないか! 今夜はレプトのデビュー戦だ!」


 狩り。昨夜、葉が行っていたようにあの魚人と戦うことを意味しているのだろう。緊張で冷や汗が止まらない。果たして自分があんな怪物と戦って生き延びることができるのだろうか。


 怖い


 いくら敵の超能力が効かないからとはいえ、あの鋭い爪を避けられるような反射神経や、正面から敵を打ち倒せるような腕力が僕にあるわけはない。見下ろした手のひらが恐怖でぶるぶると震えている。それを見て弱音を吐きそうになったとき、冷たいものが僕の手に触れた。

 それは葉の手だった。体温の低い手のひらで僕の震えていた手を握っている。


「大丈夫」


 葉は僕に優しく微笑む。


「あなたならできる。私も全力でサポートする」


 彼女は僕に期待している。勇気を出せと臆病な自分を心の中で叱責した。


「……やってみるよ」

「流石男の子! そうでなくてはなぁ!」


 ラフトラックが嬉しそうに手を叩く。


「よし、じゃあ人間ども~目撃情報から今夜の地区の担当を決めるぞ~心して聞け~」


 きわみは緊張する僕や、いやに張り切るラフトラックとは対照的に、ルーチンワークをこなすように淡々と各々の向かう地区を説明し始める。


「みかりは駅東側。ラフトラックは北部、住宅街近くな。葉と侍は今日はバディで動け。勝手を教わりな~」


 僕は握られた手を強く握り返す。


「よろしく、麻霧さん」

「頑張りましょう、レプト」


 こうして僕の初めての、忘れられない一夜が始まった。

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