第6話 港湾都市ターポートでの出発準備完了~城塞都市オールシー

 旅程1日目 出発日当日


 宿を引き払い、港湾倉庫へと向かう。倉庫の賃貸契約も今日が最終日だ。倉庫内にキャンピング馬車を出し、その脇に折り畳み椅子とテーブルを出してくつろぎながら、12時となったので、屋台で購入したサンドイッチを食べ、以前商業ギルドを通して購入した紅茶を飲みながら馬が到着するのを待つ。


 13時頃馬が到着し、早速馬車の馬具を馬に装着させる。とりあえずテーブル類は馬車の中に入れるふりをしつつボックス内に収納してから、御者台に乗り試運転を開始する。運転結果は非常に良好で、快適そのものだった。やや心配していた馬連動ステアリングシステムは、事前に動きだけは試していたとは言え、きちんと機能してスムーズに旋回できるし、それに加えて現代レベルの足回りと、車台、車体間のマウントもちゃんと機能しているようだ。これなら長距離移動での心身の消耗も極力抑えることができるだろう。


 忘れ物が無いか確認し、倉庫の鍵を閉め、港湾地区から出発する。都市部を走行しているので多少気を使うが、ヒヤリとする局面もなく、商業ギルド前に着く。中に入りチェルシー嬢を探すと、現在接客中とのことだったので、言伝をし、倉庫のカギを返却する。挨拶は昨日十分行ったので、そのままギルドを後にし、中央広場に出て北通りを北上、2カ月前にやってきた北入り口を再び通過するのであった。その際衛兵から、


「気を付けて、良い旅を。」


 と見送りを受けたので、それに返答し、馬車を街道へと進めた。




「それじゃあまず俺が御者やるから、俊充は周辺警戒を頼む。」


「分かった。」


 俊充は無属性魔法の気配探知と敵意探知を同時に発動させる。自身を中心として凡そ半径2000mの球状のレーダーのようなものを張り巡らせることができる。気配探知に引っかかる数があまりに多いので、猪等ある程度の大きさを持った動物に絞り込むとその数は激減した。


「これなら警戒で頭がパンクしないで済みそうだよ。敵意のほうは…無いね。防御魔法も今のところ必要なさそうだ。」


 宏は頷くとそのまま馬車を進めた。




 およそ2時間後


「そろそろ17時、薄暗くなり始めてきたな。俊充、御者を頼む。」


「それじゃ、魔法による警戒とスキルでのナビ任せたよ。」


 手綱を受け取り、俊充が御者をする。ついでに光魔法を発動させ光源を前方50m、高さ10mほどに設置して馬車と追従させ、ヘッドランプの替わりとした。


「明るいのはいいのだけど、指向性が無いのはいただけないかな?かといって、ランプ等じゃ光量も足りないしね。いや、目視での周辺警戒も考慮するとこれでいいのかな?」


 一方で宏はマップを開き、野営に適した場所が無いかどうかを捜索する。およそ1時間位で到着する位置に小さく開けている場所が見つかった。休憩場所の一つだろう。


「あと1時間だ。小さな休憩場所がある。今夜はそこで野営しよう。」




 1時間後


 通常の馬車のみで走行した場合の1割増し以上は速度が出ていたので、思ったよりも早く到着した。自作馬車の性能差が顕著に表れているのだろう。


 小さな広場には誰もいなかったので、好き勝手にやらせてもらうことにした。辺りはほぼ真っ暗なので、光魔法の光源を使い馬車の頭上を照らすようにした。


 馬車は休憩所の端に停められ、車台のタープが展開されその下にイスとテーブルが置かれ二人は寛いでいる。本来ならばここでも周辺警戒を行わなければならないが、俊充の結界魔法で馬車の周囲を覆っている。敵意ある者と物理的な直接並びに投射攻撃を防ぐものだ。その強度と展開時間は使用者の魔力が許す限り任意で展開できる。明朝8時まで設定済みだ。


 宏は馬の世話を終えたばかりで、少しほっとした顔をしている。


「晩飯にするけど、晩飯は早速弁当だな。」


「今日は出発日当日だし、色々用事もあって出発も遅かったからね。仕方ないよね。明日からひたすら街道を北上する事になるから、自炊は明日以降にしようよ。」


 そう言ってから、俊充はアイテムボックスから弁当を2つ取り出す。中身は鱸のフィレの香草焼きと温野菜、そしてフライドポテトだ。時間停止機能有りのアイテムボックスだから出来立てだ。


「良い香りだ。さて、今日は飯時に何を飲むかな?魚がメインだから白ワインだ。芋があるからエールも捨てがたいが、やはり魚と合わせたい。」


「僕も同じく白ワインにするよ。商業ギルドの伝手で仕入れたものさ。“赤ひげ酒場”のワインとは別の蔵元だけどね。実は味見してないんだ。これが。」


「おいおい、と言いたい所だが、商業ギルド推薦の品だからな。大丈夫だとは思うが外れでないことを祈るよ。」


 ワイングラスを取り出した矢先、ワイングラス内に突然ワインが満ちる。


「おい、何だ今のは?」


 俊充がアイテムボックスから直接ワインをグラス内に転送したので少し驚いたのだ。


「購入単位が樽だからね。直接樽から注ぐことが出来ないからからこうしたんだ。瓶入りだったら楽だったのにね。でも、これでもかなりの高級ワインだよ。」


「味如何によっては瓶を作って移し替えて、瓶熟させるのもありだな。」


 適温まで冷却させてから口に含む。ミネラルを多く感じるスッキリとした飲み口だ。これなら魚介と合うだろう。よし。材料を用意してもらい瓶詰めしておくか。いちいちアイテムボックスからの直接転送も雰囲気出ないし、飲み過ぎることはしないが、酒量も判りづらいしな。一部は瓶を作ってアイテムボックスの時間加速領域に保管して瓶熟を促進させよう。


「では一口。うん。いける。」


「いつもスーパーのお勤め品で買う養殖鱸の刺身や塩焼きとは一味違うね。」


「そりゃそうさ。とは言っても養殖物は安くて味もそこそこいけるからな。気軽に安く食べられるのは有難いことだ。それから、付け合わせの芋を見て思い出したが、体にはあまりよくないが、マヨネーズかタルタルソースがあればなあ。」


「鳥の卵の衛生状態も確保できていないであろうこの世界で、マヨネーズを望むのは酷ってものだよ。せめてトマトがあればねえ。ケチャップもしくは近いものが作れるのだろうけれど。」


「まあ、もう少し味にバリエーションを付けたいと言うちょっとした欲求だよ。


 つくづく俺たち現代日本人は食に関しては恵まれた環境にいるんだなあと実感するよ。」


「じゃあ、食の伝道師にでもなってみる?」


「それこそ、まさかだ。そもそも料理に関する技術も知識もあまり無いし、精々たまに作る男料理がいいところさ。それにそんな面倒なことはしたくない。」


 とりとめのない話が続き、弁当が空になり、適度に酔いが回ってきた。


「今21時過ぎか、ここに来てからはもう寝ている時間と来ているが、現代人としてはむしろこれからが本番だよな。でも娯楽もほとんど無いから寝るしかないか。」


「忘れてないよね?出発祝いのウイスキー。」


「あ、忘れてた。後片付けしてから1杯飲むか。」


 タープを収納し、テーブル、イスをアイテムボックスに戻して片付けが完了する。


「ゴミはどうする?」


「僕に預けてよ。ユニークスキルの分解で、元素に戻してストックの足しにしておくからさ」


 宏は肩をすくめながら、馬車の中へと入る。


 光源を馬車の天井に移し、光量を落とすと同時に俊充が入ってくる。


「さあ、今夜最後のお楽しみの時間だね。」


 宏が2つ並べられたモルトグラスに、キョウ21年を1ショットずつ注ぐ。


「「旅の始まりを祝して乾杯!」」


 口に含むと口内から立ちこめてくる香りの圧が、12年以前の物とは比べ物にならない程強い。風味がはじけると言ってもいい位だ。


 十分酒を堪能し、満足感に浸った後、跳ね上げ畳んでいたベッドを展開して横になる。


「テ〇ピュールモドキにしてよかったね。寝心地が全然違うよ。頑張ってこだわった甲斐があったよ。」


「お前は寝具にはこだわるほうだったからな。確かに気分いいが値段を見ると手が伸びない。」


「酒や車とかにはお金を惜しまないのにね。」


「とは言っても、何に優先的に金をかけるかは人それぞれだ。もう眠くなってきた。お休み。」


 こうして直ぐに寝息が聞こえ、夜が更けていくのであった。




 旅程2日目


 6時に目が覚めると、朝食の支度をする。自作のバーベキューコンロで炭火を熾し、それを熱源にフライパンで調理したベーコンエッグがおかずで、主食は予め購入しておいた丸い白パンだ。デザートにはオレンジ、飲み物は濾過加熱処理済みの井戸水だ。


 俺はパンを半分に切って、具を挟みかぶりつく。俊充はパンとおかずを別々に上品に食べていた。


「腹ごしらえが済んで寛いだら、周辺警戒しつつ出発だ。」


 8時頃になってから早速馬車を出発させ、街道を北上する。


 今日の御者は俊充にやってもらい、宏は周辺警戒と、マップでペース配分を行う。今後はこの体制がメインになりそうだ。


 主要街道だけあって、他の馬車の影が見えてきた。貨物馬車を中心とした商隊らしい。こちらとは速度差がかなりあるので、追い越すことに決めた。すぐさま彼らの横を通り過ぎる。視線を幾つか感じたが、殆どが驚きの視線だった。多分その速さについてだと思うが、護衛を連れていない無防備さについての物なのかもしれない。更に定期便馬車の一団の姿も見えたが同じように追い越してゆく。彼らも商隊と似たような反応を示していた。


「マップを見る限り、後1時間程走れば結構広めの休憩場所があるぞ。そこで一旦休憩し、昼食をとることにしよう。」


「うん。馬たちの世話もしてあげたいし。」


 そうこうしているうちに、休憩場所に到着した。既に2グループほどの馬車団が休憩をしていた。誰も停めていない反対側の隅に駐車する。休憩場所を眺めると中央部に井戸が掘られていた。ここは本格的な休憩場所なのだろう。まだ数グループを受け入れる余裕はありそうだ。道を挟んだ向かい側にも広場があるしな。


 俊充は馬車の影に隠れ、桶に入れた馬用の飲料水(専用に調合した必須栄養素を補った経口補水液のようなもの)と飼葉を与えていた。嬉しそうに飲み食いしている。


 俺はこちらに近づいてくる人間がいないかある程度見極めてからカモフラージュのために馬車の中に入り、アイテムボックスから木製の折り畳み椅子とテーブルを取り出し外に出て、馬車の横に並べた。昼食の準備をする。目立ちたくないこともあって、昼飯はかなり質素なものにした。これも馬車からバスケットに入れて持ってきた、丸白パン、着色されていないチェダーチーズと思しきもの、固すぎない様工夫された良質の干し肉(あまり日持ちしない、おつまみ向けのもの)、それに水だ。これでも周りと比べると豪華かもしれない。


 周りの食事は簡素なスープに固い焼き締めパンや、これまた固そうな干し肉と言った保存性の高いものが定番だったからだ。


 まわりの人々からは興味深そうな視線を幾つか感じたが無視して昼食に集中することにした。その態度が功を奏したのか話しかけてくる人はいなかった。


 実の所、俺も俊充もあまり積極的に人付き合いをしたいほうでは無いタイプの人間だ。もちろんコミュ障と言う訳でも無い。必要なら社交的に付き合うこともできるのだ。


 さっさと昼食を終え、後片付けをし、馬車を走らせた。


「何だか少々居心地が悪かったね。」


「全くだ。なまじ休憩場所が広く、井戸もある。人が集まるのも当然だ。今後は人があまり立ち寄らないであろう井戸の無い、小規模な休憩場所で休むことにしよう。」


「そのほうが未然にトラブルを防げそうだしね。」


「後、自炊は早朝と夜にしたほうがいいな。昼にやって、通過する連中に見られたら、あからさまに目立ってしまいそうだからな。」


「それと、馬の様子はどうだ?」


「元気いっぱいで問題無いよ。馬車も普通の馬車より重くないから負担も少ない分ペースも上げられるよ。」


「まあ、無理しないようにな。普通に走らせても早いんだから。」


 こうして、日が落ち暗くなってからも走行を続け、無人の小さな休憩場所へと入っていく。時間は18時半だ。主菜となるものをさっと調理する。


「今日の晩飯は、内臓を取ってぶつ切りにした鰆の香草焼き、チーズ、丸白パン、苺の盛り合わせだ。」


「この世界の一般旅行者が道中やろうとしても出来ない食事だね。どうしても保存食を食べるしかないからね。羽振りのいい中級以上の貴族なら魔道具のマジックバッグがあるから近いことが出来るだろうね。とは言え時間停止のバッグなんて国宝級と聞いたし、時間遅延のバッグでも目の玉が飛び出るほど高かったよ。旅行中に新鮮な食材を使えるのは王様か僕たちだけの特権だ。狩りで獲ったジビエは別だけど。」


「まあ、話はそれくらいにしておいて、早速食べて、早めに寝て、明日に備えようぜ。」


 こうして2日目の夜が更けてゆく。




 旅程3日目~10日目


 ターポートで仕入れた情報通り、盗賊、モンスターとの遭遇も無く、順調に進むことが出来ている。途中村もあったが、基本素通りだ。何より十分に蓄えた物資のおかげで立ち寄る必要が無いからだ。その分旅程を出来る限り短縮したい。


 また、道中追い越しざまに他の旅行者から奇異な目で見られつつもトラブルは起きていない。そうこうしている内に、城塞都市オールシーが見え始めてきた。

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