第4話 港湾都市ターポートでの出発準備開始

 酒と夕食を存分に楽しんだ後、そのまま宿に帰還した。普段であればここでシャワーでも浴びたいところだが、残念ながら風呂はおろかそんなものは無い。お湯とタオルも希望できるが、それではスッキリしない。


 仕方ないので、光魔法の浄化で済ませることにする。風呂に入るのが面倒という人がいたりしたら、便利すぎて手放せなくなるだろう。とは言っても、自分達もスケジュールや場所の都合によっては大いに活躍するのは確実だ。風呂という贅沢品は時間にゆとりが出てから堪能するとしよう。






 現在地である南大陸の最南端の港湾都市ターポート。ここは大陸全土を統治するヘブリッジ帝国の一地方となる。


 昨日大まかに決めた方針に従い、この大陸を駆け抜けるには、ターポートを北上し、城塞都市オールシーに滞在。地脈の神殿への道はオールシーからしか出ていないので、両者間を往復して、オールシーに戻ってから再度北上し帝都へブリッジに入る。


 次いで東へ進路をとり、東大陸への外洋船が行き来している最東端の港湾都市ハンプールへと向かう。これが南大陸での大まかな旅程だ。




 目覚めてから、大して旨くもない朝食をとった後、部屋のソファーに腰掛けながら、話を切り出す。


「まずこの南大陸では、ここから北にある、地脈の神殿に最も近い城塞都市オールシーまで馬車で約500km。馬車の旅団だと護衛も伴うから徒歩とあまり変わらん。少なくとも余裕を見て18日近くかかるのは確定だ。徒歩で軽装だとアイテムボックスを人前で使う羽目になりかねないし、不審に見られて目立ちそうだ。と言う訳で、今日は馬車の定期便を使うか、チャーターするか、いっそ自前で馬車を用意するか決めるために、調査して回りたいと思う。」


「分かったよ。」


 二人はソファーから立ち上がり、宿から出発した。






 2日ほど回って次のことが分かり案としてまとめた。




 案1:定期便だと1日1便運航され、前金の完全予約制。運賃は片道一人18銀貨。予定日数は18日。幌馬車1台につき定員は8人程度。


 利点は乗り合いなので比較的安価であり、護衛も付くので安全性が高まる。


 欠点は最低運航人数が決まっており、下回ると欠便になること。多くの荷物を持ち込めないことだ。また、車内は狭く窮屈で野営も毛布だけのテント無しで強いられること、食事のグレードも最低限度なこと、途中立ち寄った村・町での宿泊、食事は自費となる。




 案2:チャーター便だと運賃は一気に跳ね上がり、箱馬車1台分で最低2金貨から。オプションによって価格が更に上がる。予定日数は18日。馬車の定員は最大4人。


 利点は車内スペースにやや余裕があり、窮屈な思いを強いられずプライバシーが守られやすいこと。食事のグレードがやや高くなること。荷物の制限がやや緩くなること。


 欠点は付随する荷馬車や護衛、御者等を雇う以上、人数割りの問題で割高になってしまうこと。途中の宿泊、食事は自費で野営もあることだ。但しテント、簡易な寝具は用意される。


 この運賃の高さを鑑みるに、自前の馬車を持たない下級貴族や裕福な商人、富裕層向けと思われる。




 案3:馬車購入。快適性を重視したいのでキャンピングカー型の箱馬車を見てみたが、完全オーダーメードで少なくとも40金貨以上はし、オーダー待ちによっては早くて1か月、下手すると数か月単位の納期がかかることだ。


 それに加えて馬も2頭以上必要になり、馬は1頭当たり3金貨。但し、町などで馬は売却可能で状態さえ悪くなければ、ほぼ半値以上の価格で買い取ってもらえる。


 また、自身で御者の訓練が必要なこと、馬の世話も自前で行うことが求められる。


 その分他人に気兼ねせず、野営でも体を伸ばして休むことができる。




 宏と俊充の結論としては、強いて言えば案3だが、結局全て却下となった。理由としては、全ての馬車を下見したが、中世ヨーロッパ中盤の技術なので、馬車自体壊れやすく、特に足回りトラブル対応に多大な労力を割かれそうなこと。サスペンションが無いに等しいので衝撃がもろに人を直撃し、快適性が皆無であることが我慢ならなかった。


 と言う訳で、新たに登場した案4:案3をベースに、自分たちの総知総力を結集しキャンピング馬車を自分たちで製造することに決めた。ここでユニークスキルが光ってくる。俊充が材料を調達し、宏が設計、製造を行うことにしたのだ。俊充のユニークスキルなら材料費はかからないし、俺の加工スキルでも費用は掛からない。代償は魔力位だ。こうすれば、馬代位の圧倒的な低コストで実現可能である。




 準備に関する大まかなスケジュールはこうだ。


 治安の問題もあるから昼間の大通り以外では常に二人で行動することになるが、基本毎日海や近辺の砂浜を巡り、俊充が資源の収集、広場の出店等で二束三文のがらくたを購入して資源の足しにする。


 一方で、宏が加工スキルの補助機能の一つである3次元CADを活用して設計を進めつつ、十分な資源量をストック出来たら直ぐに製造に取り掛かる手筈である。


 完成後二人で御者の訓練を受ける予定だ。二人の専門分野に関わることでもあり、趣味と実益も兼ねているので、モチベーションはかなり高まっていた。


 また、人前でアイテムボックスから車体を出すわけにはいかないので、完成時期を見計らって短期で港湾部の倉庫を借りる予定にした。倉庫の中で箱馬車を出し、出発までそこにしまっておくということになる。ここまでで約1~2か月程度を見込んでいる。




 また、金策も必要だ。日々の生活で当然目減りしていくし、焦眉の急と言えよう。


 こちらのプランは馬車と同様に集めた資源で高付加価値製品を製造し、目立たぬ程度に売りさばくというものだ。これは手すきの時間に行おう。




 翌日宿屋のカウンターに行き、延泊の予定を告げ、2カ月延長した。もちろん交渉も行い、長期割引を求めない代わり、宿泊予定を繰り上げることが出来たら短縮分だけ返金してもらえるようにした。




 それから中央広場の屋台に行って昼食の弁当となるものを調達し海辺へと向かう。


「宏も知っていると思うけど、海には大きな可能性が詰まっていて、貴金属からレアメタルまで、天然に存在するほぼすべての元素を収集することができるんだ。それもスキルの力があるから商業ベース以上の効率だよ。実際には自分の魔力で1日どの程度の量を収集できるかはやってみないと分からないけどね。とにかく頑張るよ。」


「じゃあ俺は、砂浜でぼーっとしている風を装って、設計作業に勤しんでおく。」


 作業は昼を過ぎ15時になった。


「そろそろ、がらくた市を見に行くか。」


「そうだね。」


 広場のがらくた露店で、穴の開いた鍋、折れた刃物、使えなくなった金属雑貨等を入手する。


「元素の存在量にもよるけど、やはり量が多いものから収集する程魔力の消耗が少ないね。ただ貴金属、レアメタル類は足りないからまだまだやるよ。このペースだと1月半位で当面の必要量を確保できるかな?」


「おっと、合間に金策も忘れられないな。」


 一仕事やり終えた二人は疲れながらも充実した顔で宿に戻って来るのだった。




 とある休日1日目


 週2日は休息日で自由行動としているが、やはり落ち着かないのか全然進まない金策のペースを上げるためのヒントを掴みに、商業ギルドへやってきた。


 モノの需要と供給の状態を聞き出し、売れ筋を確認することと、売りさばくルートの開拓である。場合によっては出店を出し、直接売ることも考えている。


 早速コンシェルジュがやってきた。


「ようこそ商業ギルドへ。今第3カウンターが開いておりますので、そちらへお越しください。」


 カウンターにつくと、クールで知的そうな女性がいた。失礼ながら美しい容姿だったので、つい一通り眺めてしまったが、均整の取れたスタイルだった。


「私、受付のチェルシーと申します。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「俺がヒロで、彼がトシミツだ。今日は商売の相談とギルドとのパイプが作れたらと思って伺わせてもらった。」


 質問したい事柄を一通り述べてゆく。


「その内容の回答の為には、まずギルドに加盟していただいてからとなります。小規模取引が主なので、標準会員で対応できます。加盟費用は、標準会員で1商会当たり年1金貨、全世界のギルドで有効となります。また、ギルドとの直接取引がご希望でしたら、税金はその国の法に応じた額を考慮して取引の都度天引きさせていただきます。帳簿を伴う年度末の納付は不要です。」


「分かりました。ちなみに、もし会員の有効期限が切れたら?」


「その場合は年会費1金貨に加えて延滞手数料を支払う形で、復活処理が可能です。なので、早めに更新していただくことをお勧めします。」


 1金貨支払い、契約書を作成、会員カードを取得した。これで一応一端の商人となったわけだ。その後先程の質問について回答を受ける。


「となると、付加価値が高くかつ、今特に不足しているのは富裕層向けのガラス製品、特に食器類か。どの類の物が不足しているんだ?」


「酒杯が主に不足していますね。この港湾都市を中心とした一帯では果樹栽培も盛んで、銘酒と呼ばれる高級ワインが生産されていることでも有名なのですよ。その影響もあります。ワイングラスは特に壊れやすく、南大陸ならどの主要都市でもある程度の利益は得られるでしょう。」


 得られたものは大きかった。ガラス製品のこともそうだが、銘酒の高級ワインはとても楽しみだ。その為にはゆとりを持って金を稼がないと。


「ワイングラスについては入手の当てがありますので、用意出来次第こちらに持ち込んで買取してもらえるか?」


「もちろん、歓迎いたします。今後は私が担当となって対応させていただきます。」


 やり取りを終え、一仕事終えた気分で宿に戻るのだった。




 とある休日2日目


 宿の自室の中で。


「昨日の話は聞いたよな。ガラスの準備は頼めるか?」


「あれから空き時間を見つけて、すでに無鉛クリスタルガラスのインゴットは合成しているよ。それだけじゃなく、包装用の箱に使う生分解性プラスチックのインゴットと、人工絹のレーヨン糸も合成済みだから、宏のボックスに送るね。」


「仕事早いな!大量生産できるようにしたいから、今日中に、製造条件を確定して、小ロット生産しておくよ。箱はプラスチックで仕切り入り。グラスの保護として、底敷きのプラスチックフォームと個包装用としてレーヨン布か。箱は高級感ある黒箱にしたいからプラスチックの生分解性を阻害しない色素もよろしく。」


「オーケー。」


 気合も入っていたのか、赤ワイン用の大振りグラス2個、白ワイン用のやや小振りグラス2個のセットを布に包んで、箱に納め1セットとし、計10セットその日のうちに作り上げた。次回以降は材料の続く限り大量生産が簡単にできるが市場破壊を起こさないためにも小出しで行くことを決めたのだった。


 足がついて自分たちが供給元であることがばれ、延々とそればかりやらされるのも御免だからな。




 次の休日


 二人は商業ギルドにやってきた。


「すまないが、担当のチェルシー殿を呼んでもらえるか?」


「かしこまりました。お手持ちの荷物は如何いたしましょうか?」


「割れ物なので、丁寧に買取受付まで運んでほしい。」


「かしこまりました。」


 数分待っているとチェルシー嬢がやってきた。


「お待たせして申し訳ございません。本日のご用向きは前回の件ですか?」


「ああ、既に受付カウンターまで運んでもらっている。」


「内容を検めますので、個室までお越しください。」


 彼女に案内され、個室に招かれる。先ほどのコンシェルジュも荷物をもって入室する。


「言外にこちらの思惑を察してくれて助かったよ。」


「お客様の扱われる商品と、個人の情報を保護する義務も課せられていますからね。」


 彼女は箱の一つを取り、蓋を開け、包布をとり、テーブルに並べる。


「こ、これは…。何と透明で美しい、その上薄くて形も揃っている。これは本当に素晴らしい品ですよ!」


「売れそうかな?」


「もちろんです。これ程の物だと、買取価格1個1金貨にはなりますね。現在流通しているものだと形もやや歪で厚ぼったく、これよりも透明度が落ちますが、それでも50銀貨はしますよ。」


「全て売りたい。良いかな?」


「かしこまりました。それでは、全品検品させていただきますね。」


 それから別室で1時間ほど待たされている間に、出された紅茶を飲んで寛いでいる。うん。中々旨い。俊充のほうも気に入っているようだ。この紅茶も融通できるよう後で話をつけておこう。


「検品が終わりました。計40個、10セット問題ありません。包装も豪華でこれ自体も良い品なので、その分税金の一部はこちらで負担させていただきますね。


 1個の引き取り額が1金貨。帝国での商取引は税金2割、その内1割を負担させていただきますので、計36金貨お支払いいたします。」


「それで取引成立だな。」


「今回はありがとうございました。もしかしたらまたリクエストがあるかもしれません。その際は可能であればご対応いただけると幸いです。」


 彼女の締めの言葉を受け取り、ギルドを出て宿に向かう。


 部屋についてソファーで寛ぐ。


「今日一日で36金貨つまり、3600万円か、相当だな。」


「僕もそう思うね。でも、これで当座の活動資金は十分じゃないかな?」


「あまり同じところで売り払っても、足がつきそうだからな。これが潮時か。」


「ところで、折角儲けたんだから、ウイスキー開けない?」


「シラス12年なら良いぞ。他はまだ駄目だ。とりあえず、全ての準備が整ってからのお祝いだな。」


「それでも嬉しいよ。あ、でも部屋にはグラスが無い。」


「それも準備してある。ほら、クリスタルガラスのモルトグラスだ。」


「いつの間に作っていたんだい?流石だよ。」


 宏はアイテムボックスからシラス12年を取り出し封を切り、グラスに注ぐ。ケチ臭いかもしれないが1ショット30mlほどだ。今のところ再度の入手は不可能なのだから。


「「それじゃ、初の売り上げに乾杯!」」


 ほんの少しずつ口に含み舌で転がす。スモーキーながらも複雑な香味が口と鼻を駆け抜ける。森薫るとはよく言ったものだ。俊充のほうを見ると彼も満足げな表情を浮かべていた。


 十分に堪能してから、床に就いた。

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