第33話.王女とごはん食べてる
その二日後のこと――。
(やっぱり解毒薬の作り方、さっぱりぽんだわ~~!)
諦めの境地に至ったセシリーは、シャルロッテの宮殿に呼ばれてランチタイムを過ごしていた。
シャルロッテから誘いの手紙を受け取ったセシリーは、わりとあっさりオーケーの返事を出した。
そう、考えても考えても答えが出ないとき……そんなときに必要なのは逃避、ではなく休息だと思ったのだ。
逃避、ではなく休息のために、セシリーはすべてをほっぽり出して王城へと向かった!
「いらっしゃい、セシリー。昼餐の準備ができていてよ」
そんな言葉に出迎えられて、セシリーはシャルロッテと共に昼食の時間を過ごすことになった。
場所はダイニングルームではなく、テラスのあるバルコニーでの、格式張っていない昼食だ。
子爵家の令嬢として、礼儀作法はやや及第点レベルで身につけているセシリーだが、これにはほっとした。シャルロッテ相手に粗相をしでかせば大事だからだ。
向き合う形で席についた二人は、さっそく食事を取る。屋根が張り出して日陰になっているので、暑いということはない。
王族にしては珍しく、肉や魚料理ではなく野菜料理が中心だ。
(シャルロッテ様は、菜食主義なのかしら?)
セシリーが不思議そうにしているからか、シャルロッテが教えてくれた。
「豚や魚には性別があるから」
「なるほど!」
それがすべての答えであった。
食事の時間は和やかに進むが、セシリーはいつもよりどうしても口数が少なかった。
北の山脈に居るだろうジークのことが気になっているのだ。
(ジーク、大丈夫なのかしら……いつ戻ってくるんだろう……)
遠征について詳しく聞きたかったのに、その前に気絶してしまったのが悔やまれる。
何日くらいで戻ってくるのか。知らされている魔獣の数は? 知りたいことはたくさんあったが、久しぶりに会うジークに興奮したり悲しくなったりしていたら、いつの間にか彼は姿を消してしまっていた。
「どうしたの? やっぱりセシリーは見かけ通りお肉が好きなの?」
やや危ういラインを駆け抜ける質問だが、気が塞いでいるセシリーは気がつかなかった。
前に会ったときよりややぽっちゃりしたセシリーは、物憂げな溜め息を吐く。
「いえ。ジークのことが心配で……シャルロッテ様は、聖空騎士団が心配じゃないんですか?」
シャルロッテは普段と変わらず美しく上品である。
自身の護衛を務める騎士団について、歯牙にもかけていないように見える。するとシャルロッテはふぅと物憂げな溜め息を吐いた。十二歳の子どもらしからぬ溜め息である。
「もちろん心配よ。でも、わたしが心配したってどうしようもないじゃない」
その通りだった。
だが、そうと分かっていても気持ちはついていかないものだ。
「だけど分かるわ。セシリーはそりゃあ婚約者の下半身に何かないか心配よね」
「私は下半身だけじゃなくて、ジークの上半身も心配ですけどね」
上半身も下半身も、同じくらい心配だ。
「ええ、そうよね……そうに決まってるわね」
給仕してくれた侍女たちとシャルロッテが顔を見合わせている。
なぜだかみんな頬が赤い。日が当たっていないのにどうしてだろうとセシリーは首を傾げるが。
「セシリーって、騎士団長の下半身に本当に愛されているのね」
「どうされたんです?」
「この前ね、彼とセシリーの話をしたのよ」
「え! 悪口ですか!」
生き馬の目を抜くような貴族社会で生きてきたセシリーにとって、自分が居ない場で繰り広げられる自分の話、それすなわち十一割は悪口である。
シャルロッテが首を横に振る。
「違うわよ。団長の下半身に惚気られただけ」
(シャルロッテ様、ジークと話したの?)
男嫌いのシャルロッテがジークと恋バナに励んだという、その点も驚きだったが――ぽぽっとセシリーは頬を染める。
「な、なんて言ってました?」
もちろんジークが、惚れ薬の効果のせいで、思ってもないことを口走っていると分かってはいるけれど。
それはそれ、これはこれ。好きな人が自分のことを話していたとなっては、その内容が気に掛かるのは乙女として当然のことである。
ぽぽぽするセシリーに、シャルロッテはくすりと微笑む。
悪戯っぽくて、艶めいている。それはまさに、魔性の微笑みだった。
「教えてあげなーい」
「えぇ!?」
ショックすぎてセシリーは声を裏返してしまう。
だが、シャルロッテは楽しげににやにやして、温野菜のサラダを食むばかり。
「こういうの、わたしが話していいことじゃないでしょ? 団長の下半身から直接聞いたらいいわ」
「んもう、シャルロッテ様! 意地悪言って! ボコボコにしますよ!」
拳を振り上げるセシリーから王女を庇う侍女たち。
「大丈夫よ、あなたたち。セシリーはわたしを殴ったりしないわ」
初めての友人にすっかり心を開いているシャルロッテだが、セシリーは場合によっては容赦なく女や子どもでも殴る令嬢である。
――そのとき、一陣の風が吹いた。
「きゃっ」
シャルロッテが片目をつぶり、長い髪をおさえる。
テーブルに並んでいた皿のいくつかが落ちて、がしゃんと耳障りな音を立てた。
セシリーははっとして上空を見上げる。
雲の影ではない。大きく特徴的なシルエットを、確かに捉えて。
「――飛竜!」
青空の中、ひときわ目立つ白い飛竜の姿が、太陽に重なって見えていた。
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