第23話.楽しいランチタイム

 


 二十人ほどの騎士団員がそれぞれ敷布の上に座る。

 セシリーの隣には当然ながらジークがどっかりとあぐらをかいて座り、しかも他の団員がセシリーに近づけないように睨みを利かしている。


(独占欲が強いジークも、ちゅき~!)


 独りよがりではない独占欲は、愛されているという実感を与えてくれるものなのだ。

 うきうきしながらバスケットの中身をセシリーが取り出すと、あちこちから歓声が上がった。


「うわぁ、うまそう!」


(ふふん。そうでしょ?)


 期待通りの反応に、セシリーは胸を張る。

 胡瓜やハム、卵やジャムを挟んだサンドイッチに、鶏の揚げ物、ハーブを入れたスープ。

 水筒に入れてきた薬草茶は味つけに蜂蜜を入れてあるので、苦くはなくほんのりと甘い。


 ナプキンに包んでいた取り皿やフォーク、人数分のカップを回し終えたところで、楽しい昼食の時間のスタートだ。


「わっ、おいしい。料理上手だね、セシリーちゃん」

「本当にうまいな。毎日食べたいくらいだ」

「んあぁ毎日ちゅくりゅ!……えへへ、ありがとう」


 アルフォンスはともかく、ジークの褒め言葉にきゅんきゅんが止まらないセシリーだ。


 毎日食べたい――それすなわち、求婚の意。

 公衆の面前でプロポーズされたセシリーの頬にぽぽぽと熱が灯っている。


(ジークったらもう、人前なのに!)


 頬を赤らめつつ、セシリーはフォークで揚げ物を刺す。

 そうしてそれを、にこにこしながらジークの顔の高さに掲げた。


「ジーク、はい。あーん……して」


 人前であることを気にしていないのはセシリーのほうであった。


 団員たちが顔を見合わせる。彼らが真に気にしたのは、ジークの対応である。

 今まで女っ気がまったくなくて、女子どもには泣かれ、悪魔のような凶暴男として名を馳せてきたジーク。

 だがその噂は何かと尾ひれがついている。団員たちにとっては、自他共に地獄のように厳しくて乱暴なだけの立派な団長なのだが……それにしても、ジークがこの「あーん」を受ける姿はまるで想像ができない。セシリーとはそれなりに仲が良さそうではあるが……。


 ――もしセシリーが泣くような事態になったら、なんとかして止めなくては!


 そうして、全員が身構える緊張状態の中。


「あーん」

「「「!!!????」」」


 団員たちの予想に反して、ジークが大きく口を開いてみせた。

 傾いた彼の口の中に、セシリーが程よく焦げた揚げ物を放り込む。


「……どう? おいしい?」

「ん。すげぇうまい」


 しかも朗らかな笑顔で頷いている!

 しかもしかも、さすがに恥ずかしかったのか、ほんのりと目元が赤らんでいる!?


「良かったぁ!」


 ジークの素直な反応がよっぽど嬉しかったのだろう、セシリーは満面の笑みを浮かべている。

 見守る団員たちも思わずどきりとしてしまうくらい、愛らしい笑顔だ。するとジークは強引に、セシリーの細い肩を抱き寄せて――、


「お前ごと、食べたくなる」

「「「!!!!!!」」」


 その声は囁き声ではあったが、この距離なので、しっかりと団員たちの耳に届いていた。



(聞いたか今の!?)

(お前ごと▽×○▲◎×△!?)

(聞き間違いだろ!! 団長があんな甘ったるいこと言うわけない!)



 目顔だけで会話を終えた彼らは0.3秒で「聞き間違い」という結論に達した。

 が、囁かれたセシリーの頬がみるみるうちに赤く染まっていく。恥じらうセシリーの額に、ジークは咎めるようにキスを落とした。


「そうやってすぐ、可愛い顔するな。他の誰にも見せたくないんだから」

「ひ、ひ、ひえぇ」


 がくがくがく! と激しく震えるセシリーの顔が見えないよう、抱きしめて覆い隠すジーク。


「「「ひ、ひ、ひえぇ」」」


 がくがくがく! と団員たちも恐怖と混乱のあまり震えている。


「ちょっと二人とも。仲が良いのはけっこうだけど、オレたちも居るんだからね?」


(副団長ううう!!!)


 その場に居る全員の心情がひとつに重なる。

 副団長ありがとう、言ってくれてありがとう――と。


「あっ、そうだわ。見られてるとますます興奮しちゃって……ごめんなさい」

「全員、セシリーを一秒以上見つめたら首を斬るからな」


 ジークとセシリーも、我に返ってくれたらしい。咳払いを挟んで、再び昼食を再開することになった。


 若い男性だらけなのもあり、かなり騒がしいが、和気藹々とした和やかな雰囲気で昼食が進む。

 それにしても、と面々を見回してセシリーは不思議に思った。


「王子たちはよく男ばかりの騎士団に、大事なシャルロッテ様の護衛を任せたわね」

「中途半端な護衛に任せるより安心、という理由かららしいぞ」


 独り言のつもりだったが、ジークが返事をしてくれた。


(ああー、なるほど)


 納得の理由である。


 数年前、王城では女性騎士団も立ち上げられて、今も訓練に励んでいるというが……どうしても彼女たちは腕力では男に劣る。

 それでも、サロンや茶会など、男子禁制の場でも主に付き添えるというのは大きな利点なのだが、国王たちは万が一に備えて、シャルロッテに聖空騎士団をつけたのだろう。断腸の思いでの決断だったに違いない。


(二十人も男性が護衛してくるって、シャルロッテ様にとってはただの恐怖の気がするけど……)


 今日もせっかく昼食に誘ったのに彼女は逃げてしまったのだ。


「ジーク、私特製の薬草茶も飲む?」

「飲む」


 即答したジークが、木のカップをセシリーの手から受け取る。

 お茶の温度は少し温めだ。ここに到着するまでにそれくらいの温度になるよう調整したのだった。


(ジークは疲れてるだろうから、リラックス効果のある薬草を入れてみたわ!)


 さて、彼は気に入ってくれるだろうかと見守っていると。

 口にしたジークの目蓋が、重そうに下がりかけている。


 あれ? 早すぎでは? とセシリーが首を傾げたときだ。


「少し、眠……」


 こてん、と傾いたジークの頭が、そのままセシリーの左肩へと落ちてきた。


(…………寝!!)


 ほぼ気絶レベルである。

 まさかこんな速度で寝てしまうとは思わなかった。セシリーは慌てながらジークの上半身をどうにか動かして、自分の太ももにおさまるように導く。そうしないとバランスが悪すぎたのだ。セシリーでは支えきれない。


 膝枕で小さな寝息をこぼすジークは、完全に眠ってしまったようだ。

 一部始終をぽかんとして見つめていたアルフォンスが、小声で呟く。


「すごい。ジークが人前で寝ることなんてないのに、安心しきった顔で寝てるよ」

「!!!」


 アルフォンスがもたらした最高の情報により、セシリーの心臓が喉元までせり上がってくる。


「しかも毎日激務続きで、疲れてるから……よっぽどセシリーちゃんの薬草茶が効いたんだろうね」


(チャラ男~~!)


 的確な情報ばかり投げてくるアルフォンスにセシリーはサムズアップした。

 ヒロインの前だけでは、幼い寝顔を見せてしまう男――これにときめかずにいられないセシリーである。


「これじゃオレたち、いよいよ邪魔だね。じゃ、ごゆっくり~」


 アルフォンスが手を振り、他の団員たちも食事を終えて、そそくさと去って行く。


 草原にはぽつんと、ジークとセシリーだけが残された。

 セシリーはきょろきょろと周囲を見回して、髪を耳にかけると、眠るジークにそっと囁いた。


「ジーク…………好き」


(なんて、聞こえてないのにね)


 きゃあっとひとり顔を赤らめるセシリーなのだった。



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