第4話.お見合い始まってた

 


「――――だはっ!」



 セシリーは、はっと目を開けた。

 全身をいやな汗が流れている。荒く息を吐きながら、セシリーは引きつった笑みを浮かべた。


「い、いやだわ私ったら。なんだか悪い夢を見ていたみたい……」

「そりゃ大変だ。どんな夢だったんだいセシリー」


 横合いからスウェルの心配そうな声が聞こえる。


「ええ、お父様。それが私が政略結婚する、なんておかしな夢で……」


 セシリーはうふふと笑いながら顔をゆっくりと上げた。


 場所はランプス家邸宅の食堂である。

 数少ない使用人たちが給仕のため忙しなく動き回っている。長いテーブルの上には珍しく豪勢な食事が並んでいた。

 今日は何かの催し物があっただろうか。まさか昼食の席で寝てしまうなんて淑女にあるまじき振る舞いだ、とセシリーは恥じらいを覚えたのだが。


 そこでふと、気がつく。

 ――誰か、見慣れない人物が正面の席に座っていた。



(………………この人、誰?)



 グレタは行方をくらまして七年。セシリーにとって一緒に食事の席につく相手はスウェルだけだ。

 セシリーは唖然として、何度も目をしばたたかせるのだが、むっつりとした顔をしたその人の姿はいつまでも消えない。透けてはいないので、亡霊の類いではないようだが。


 しばし見つめ合う二人を微笑ましげに見やりつつ、スウェルが口を開く。


「セシリー、夢じゃないよ。こちらがセシリーの結婚相手の――」

「……ジーク・シュタインです」


 促された形になった青年が、ぎこちなく頭を下げる。


(!? い――居る!!)


 セシリーは目をむいた。


(もう、居るんですけど!!!)


 つい先ほど、意識を失う前に名前を聞いたばかりの青年が、なぜだか目の前に居る。

 セシリーは隣席のスウェルを睨みつけるが、スウェルは下手な口笛を吹いて誤魔化している。

 どうやらセシリーが気を失ったのをいいことにメイドに着替えさせて、飾り立てて、お見合いの場に強制参加させたらしい。なんて父親だろうか。人目がなければぶん殴っていたのに。


 セシリーからの殺気を感じ、全身にじっとりとした汗をかきつつスウェルは司会進行を務める。


「今日は挨拶を兼ねた昼食会ということで。ほ、ほら、セシリーも挨拶してね」

「……セシリー・ランプスです」


 怒りの形相を見られるわけにはいかないので、ふいと顔を逸らしながら名乗るのがやっとのセシリーである。

 そうしつつ、ちらっと片目を上げてセシリーは観察する。


 燃えるように赤い短髪に、ギラギラと鋭い切れ長の褐色の瞳。

 日焼けした肌。ここに居るのがいやでいやで仕方なさそうな、愛想のかけらもない仏頂面。


 そして彼がまとうのは本当に噂通り、手傷を負った凶犬のような雰囲気――。



(――いやどこが王子様!?)



 セシリーは仰天した。

 物語の中の王子というのは金髪碧眼に白い肌の美丈夫と相場が決まっている。

 が、王子と呼ぶにはジークの外見はあまりにワイルドすぎた。容姿こそ整ってはいても、セシリーの好みからは大幅にずれている。ふわふわのマシュマロが好きでも、鞘から抜いた研がれたナイフが好きな女子はあんまり居ない。


(背は高いみたいだけど!)


 そう、身長だけは合格だ。めちゃくちゃ高い。椅子に座っていても高身長なのが窺える。青く上品なデザインの騎士服も、よく似合っている。

 ただし騙されてはいけない。座高だけが長い短足青年かもしれない。テーブルクロスの下に潜って足の長さを調べようかセシリーは迷った。お年頃のセシリーは、どんなときもすれ違う男性の足の長さをチェックしている。


 そしてそんなことをしている間にスウェルが動いていた。


「さっ、セシリーも目覚めたことだし、さっそく食べようじゃないか」


 いつでも腹を空かせているスウェルがその場を仕切る。

 しまった、とセシリーは歯噛みした。ジークの足の長さを気にする間に逃げるチャンスを逸している。

 ぐぬぬとなるセシリーだが、はぁと表情乏しく頷くジークもまた、この顔合わせに乗り気ではなさそうだ。セシリーになど、まったく興味がなさそうというか、早く帰りたいと言わんばかりというか……。


(でもそれはそれで、なんかむかつくんだけど!)


 セシリーはけっこう我が儘な少女であった。



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