第23話 ひまわり

 パソコンを立ち上げると、ロック画面が一面のひまわり畑だった。夏だからだろうか。きっとプロのカメラマンが撮影したのであろうその写真は、夏の悪いところを全て排除した、いかにも夏らしい、良い写り方をしていた。


「どこの写真だ、それは」


 案の定、先程までエアコンをじっと観察していた幽霊さんが寄ってきた。彼の場合、写真よりもパソコンの起動音が気になって来たのかもしれないけど……今更あれこれ考えても詮なきことだ。

 にゅ、と肩口から顔を突き出す幽霊さんを避けつつ、私はどこだと思いますか、と問いかける。言われてすぐに答えを提示するのは、面白みに欠ける。

 む、と思案の姿勢を見せた幽霊さんは、ややあってから顔を上げた。


「わからん」

「諦めが早すぎませんか?」

「仕方ない。もともとそういう性質だ。でなければ腹など切らんよ」

「いちいち重いんだよなあ……」


 定期的に腹を切った話を持ち出すのはやめていただきたい。幕末では常識でも、現代じゃまず取り上げられない話題だよ。

 幽霊さんは何がおかしいのか、ふふふ、と密やかに笑ってから、私の前へと回り込む。無理矢理涅槃像の姿勢で目の前に来るのはやめていただきたい。


「冗談だ。腹を切ったのは己の意思だ。諦めが良かろうと悪かろうと、俺が俺である以上同じ選択をしただろうよ」

「冗談のレベル越えてますよ。そういうのは、本当に大事な人に語るべきです」

「お前は大事な話相手だぞ?」


 またそうやって話を逸らそうとする。そこで感極まる程、私は幽霊さんのこと慕ってないよ。

 じとりと白眼視すれば、幽霊さんはやれやれ、と言いたげに首を縮める。縮める程の長さがあるって羨ましい。私はハイネックと相容れない人間だ。


「で、もう答え出して良いですか」

「待て待て、そう急くな。俺も一応考えてみたんだぞ」


 ぐるん、と勢いよく回転して画面を見つつ、幽霊さんはそうだな、と切り出した。


「高い空、だだっ広い大地、そして一面のひまわり畑……。ここまで大きな敷地を持つとなれば、まず本州ではないだろうな。蝦夷になら、これだけのひまわりを植えられる場所があるかもしれないが……大体こういうのは海の向こうと決まっている。海外だろう」


 びしっ、とこちらを指差す幽霊さん。その人差し指は私の額を貫通した。もうだいぶ慣れたことではあるけれど、自分の体を第三者の手が通り抜けているのは普通に気持ち悪い。

 さて、そんな幽霊さんは写真の舞台を海外と推理した。果たしてその答えとは如何に。私はマウスを動かして、左上の『この写真に興味を持ちましたか?』の文面に触れる。


「──日本ですね」


 幽霊さんの推理は外れた。


「あと兵庫らしいです」


 そして、本州ではないという初っぱなの前提すら覆された。

 私はちらりと幽霊さんを見遣る。膝を抱えた状態のままでぐるんぐるんと回っていた。


「俺は幕末の人間だからな。外して当たり前だ」

「死後も現世の様子は見てきたでしょ」

「どうせ加工されているんだろう。その写真が現実の光景そのものとは限らない。大人は皆嘘つきだ」

「暴論が過ぎます。素直になりましょうよ」

「俺はいつも素直だ。食らえ、素直さマシマシの正拳突きだ」


 しゅっしゅっ、と自分で効果音を口にしながら軽いパンチを食らわせてくる幽霊さん。ふざけているようだが、その速度は結構なものだ。僅かながら残像が見える。

 だが、当然ながらその拳はすり抜けるばかりなので、私は痛くも痒くもない。というか、痛覚に作用する状態でいきなり殴ってくるのは危険人物──この場合危険幽霊?──でしかないと思う。害を与えてくる時点で悪霊決定だ。

 普通なら、良い大人が何をやっているんだ、と冷たい目で見るところだが──妙にアグレッシブな幽霊さんを見るのは大変珍しいことなので、私も興が乗った。それに、いくらすり抜けるとはいえ、やられてばかりでは悔しい。

 振り返り様に、私はえいやっとクロスカウンターを仕掛ける。格闘技も何もやったことのない、ずぶの素人の一撃だ。


「うわわ」


 しかし、幽霊さんは何ともすっとんきょうな声を上げたかと思うと、すすっと後ろにスライド移動する。両手で顔の辺りを触り、指の間から私を見る。


「えっ、もしかして痛かった……? 普通にすり抜けたのに……」

「痛くはない。──が、自分の頭部を、お前の腕がぶっすりと貫いてきた。視界が一瞬、お前の拳でいっぱいになって……驚いてしまった。やるな」

「感心するところですか、それ」

「ああ。この俺に一撃をお見舞いするとは……梵よ、お前、もしや手練れか? 名前からして強者の風格に満ち満ちていたが」

「名前は関係ないと思います」


 幽霊さんは、私の名前をなんだと思っているのだろう。名前が割れてからというもの、時折こうして強いだの何だのと言ってくる。字面のインパクトだけじゃん。

 怯えた様子は演技だったのか、幽霊さんはまた何事もなかったかのように寄ってくる。……が、やはり気持ち悪かったのだろう、顔を寄せてくることはなかった。


「俺は生前で経験したことはなかったが、目潰しとはこのような感じなのかもしれないな。ひとつ賢くなった」

「また血なまぐさい例えをする……」

「武士だからな。致し方ない」


 最早武士というよりも戦闘民族である。薩摩武士のえげつなさは知っていたけど、幽霊さんレベルなら割とどこにでもいたのだろうか。もしそうなら、何があっても幕末にはタイムスリップしたくない。戦争以前に、一般的な思考回路の問題が大きい。あと京都とか治安悪そう。


「ところで、俺はお前からの一撃で少々具合が悪くなった。これは精神的な負傷と言えよう」


 うーんと考え込んでいたら、幽霊さんが何か言ってきた。訳がわからない。今度はなんだ。


「そういう訳で、責任を取るのが最適解かと。腹を切れとは言わない。末永い話相手として、生涯をかけて俺に構ってくれれば問題ない」

「好き勝手言ってますけど、先に仕掛けてきたのは幽霊さんですからね。私はあくまでも反撃しただけです」

「そういえばそうだった」


 何とも中身のない話だった。幽霊さんは責任を取ってくれないのか。

 その後、ネットフリックスで映画を見たら幽霊さんはおとなしくなった。やはり映像作品には心惹かれるものがあるらしい。幽霊さんを黙らせられて、私も映画を楽しめる。ウィンウィンとはこのことだ。

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