第5話 クズ同士のデート①


「というわけで、デートします」



 楓ちゃんに癒してもらった次の日の昼過ぎ。本来なら大学も休みで塾でのアルバイトも休みという完全にオフの日。いつもはだらけて過ごすのが定番だったのだが、突然俺のスマホに連絡が入る。そのアカウント名は寝るころにはすっかり存在を忘れていた『乃愛サマ』からで



『13時に駅前集合。遅れたらこのアカウント、ネカマの人たちに拡散しちゃうぞい♡』



 行きたくないのはやまやまだったが、よく知りもしないネットの性偽造者たちに拡散されるのもこの上なく嫌だったのでやむを得ず従うこととなった俺。うかつに連絡先を交換するべきじゃなかったと今更後悔。



「何だい? その『連絡先交換しなきゃよかったぜ』みたいな、まるでロリコン予備軍みたいな顔をしてさ?」


「酷すぎるわ! というか、俺だってお前の連絡先バラまこうと思えばバラまけるんだが?」


「やってみなよ? それ予備のスマホでやってるサブ垢用のアカウントだから」


「用意周到が過ぎる!?」



 そう言って二台のスマホを両手で持ちプラプラとアピールしてくる綾瀬。どうやらもともとスマホを二つ持っており用途で使い分けていたらしい。俺が連絡先を拡散しても、片方のスマホを初期化するだけですべてが解決すると。まあ、そのためのサブ垢なのかもしれないが。



「わかったかな? 冨樫くんは私に媚び諂ってもらうしかないんだよ~」


「それで、デートっていきなりどういうことだよ?」


「だって冨樫くん、私の彼氏になったんだからね。それならデートの一つにでも連れてってもらわないとじゃない?」


「了承してないんだが!」


「逆らえると、思ってるのカナカナ???」



 昨日のことを言ってくどくど要望ばかりしてくる綾瀬。本当に何が目的なんだか。俺はそう思い仕方なくデートプランを即興で作ろうとしたのだが……



「あ、初回は温情ということで私がデートプランを考えてきてあげたから。次回からよろしくね」


「彼氏だからデート連れてけとか言っておいて、俺の要望は全無視か」


「いや特に期待してなかったし、事前に言っていたところでロクなデートプランを考えれそうにもないしね、冨樫くんは」


「まあな」


「うわーあっさりと認めやがったぁ~」



 ニコニコしながら俺の発言を馬鹿にするように追及する綾瀬。否定するだけ無駄だというのは分かったので、もう今日は流されるがままにすることにした。そうしていれば間違いないし下手に意見を言おうものなら絶対に嫌味を返されることがこの短時間でハッキリとわかったからだ。


 だが……



「ねぇねぇそこの君、その服めっちゃ可愛いね?」


「よかったら、俺らとこれからメシでも行かない? 奢るからさ」



 二人組の男たちが俺たちの前に立ち塞がり、颯爽と現れると同時に綾瀬のことを口説き始めていた。金髪に真っ赤なTシャツと麦わら帽子という、どことなくファッションセンスが微妙な二人組だ。何かの勧誘途中だろうか? だがナンパであるのには違いない。

 大学内では綾瀬の性格や人格が広まってすっかり収まっているのだが、外ではまだこういうことが普通にあるんだな。そうして綾瀬は一度こちらをちらりと見た。まるで助けろと言わんばかりの目配せだ。

 だが実際は……



『さてさて、冨樫くんはどうするかな~』



 こんな感じで面白がって俺の出方を伺っているだけだったりする。一方の俺はというと……



(よし、その調子だ頑張れ! どこかファッションセンスに欠けた名も知らぬ男たち!)



 まるで年末のプロレスでも見ているかのように、どこか手に汗握った応援を心の中でしていた。この二人ならもしかしたらこの性悪女を打ち負かしてくれるかもしれない。そんなワクワクに心が傾いていた。友人たちが見ていれば『クズすぎる』と直球で罵られること間違いなしだが。



「ちょっと彼氏ぃ、なんか邪なこと考えてない?」



 そして案の定、綾瀬に俺の軽薄な考えはお見通しなようでギロリと目をぎらつかせてニヤニヤしてくる。なんか、今までで一番怖い。



「え、この人が彼氏ぃ?」


「なんていうか、釣り合ってなくね?」



 普通は男がいたのかよとか言って激高してくる場面なのだろうが、綾瀬の相手が俺だということもあり疑問という感情が真っ先に浮かんできたようだ。『え、なんでこんな男が彼氏?』と思っているに違いない。



「ほら、さっさと行くよ冨樫くん。念のためか知らないけどスマホで録画しているのはバレてるし、こんなところで萎えたくないの。ほら、キビキビついて来やがれぃ!」


「ってぐおっ!?」



 手や腕を掴んで引っ張ってくるならわかるが、なぜか俺の首根っこをがっちりホールドして引っ張ってくる綾瀬。その容赦ない絵面をみてさすがの男たちも引いていた。それどころか俺にどこか同情していた節もある。



「ていうか、あんなセンスのない服選びしかできないいかにも汗と童貞臭い男たちに、この私の貴重で優雅な時間を邪魔されたくないの。ほら、散った散ったファッションセンスの欠片もない顔も心も生存価値もありとあらゆるものが三流な塵芥ども~☆」


「「ぐおっ!?!?」」



 そして今度は先ほどの男たちが心に傷を負わされていた。相手にされないどころか、男としての尊厳を傷つけられたもはや塵扱い。さすがうちの大学きっての性悪女である。ほんと、なんでミスコン優勝できたんだこいつ? 確か去年は女王様のコスプレをした綾瀬がいきなりミスコンに飛び入り参加で乱入し、そのまま優勝を奪取したとかなんとか……



「あ、さっきの動画私に送信したうえで消して。肖像権を主張させてもらうから」


「い、いいけど、お前に共有したそれを何に使うんだ?」


「え、注意喚起でSNSに投稿するだけだけど?」


「性悪を通り越してもはや鬼畜じゃないか」


「さすがに冗談だよ冗談。けど、誰に対してでも脅しのネタを持っておくことに最近愉悦感を覚えてさ」


「クズだな」



 お前が言うなと言われそうだが俺は心の底から綾瀬に対してそう言った。クズ同士お似合いと言われそうかもしれないが、さすがの俺もこの女は嫌だわ。選ぶなら楓ちゃんくらい優しくて見ているだけで癒しをもたらしてくれる子の方がいい。帰ったらプロポーズでもしてみようか?



「というか、なんでさっき助ける素振りすらなかったのかなぁ? もしかして冨樫くん、困っている女の子を見て興奮する変態?」


「お前、ああいう男を返り討ちにするの大好きだろ」


「まぁね。よくわかってんじゃん。え、もしかして共感系彼氏狙ってる?」


「何だよそれ」



 そう言って俺のことを変態扱いする不機嫌な顔からから一気にご機嫌になりバシバシ肩を叩いてくる綾瀬。ああいうの、絶対自分で返り討ちにして愉悦に浸るタイプだとは思っていたのだ。

 それに俺があの場に介入しようものならあの男たちとセットでボロクソ言われていただろうし、俺にとってはあの場で何もしないことが最適解だったのだ。まぁ、暴力沙汰になってしまったとき用に動画は回していたが。



「ほら、時間をロスしたくないしとっとと行くよ」


「だから、どこに行くんだよ?」


「フフフ、お楽しみ」




 頑なに目的地を言おうとしない綾瀬。ならこちらも少し反撃をしてやろう。



「そういえばお前、一応俺の彼女なんだよな?」


「え? まぁそうだね。それがどうしたの?」


「なら、手くらい繋いだりしないのか? もし俺の彼女だと言い張って迫るのなら、それくらいのサービスはしてくれてもいいんじゃない?」


「……」



 目を見開き、真顔で驚いている綾瀬。まさか俺がこんなことを言うとは思っていなかったのだろう。そして綾瀬にとっても盲点だったのだろうか、少し呆気に取られている顔をしている。



「うーん、生意気なのは違いないけど、そう言われるとちょっと迷うなぁ」



 ムッとした顔でどうしてやろうか迷っている綾瀬。検討してくれているあたり、俺に彼氏の役でいてもらわなければ綾瀬としても困るのだろう。本当、なんでこんなことをしているのだか。



「じゃ、こうしよう」


「はっ!?」



 そして息をつかせぬ一瞬で綾瀬は俺の隣に立ち、俺の服の袖を掴んできた。まるで母親と一緒に歩く子供だ。というか手を繋ぐのはさすがに嫌なのかよ。



「ま、服の端切れくらいの信頼は稼げてるってことだよ」


「そんなことを言われても、俺は困るんだが?」



 どうやら俺の存在は服の端切れよりも下らしい。手は繋げなかったが、綾瀬の困惑した顔が見れただけでも良しとしよう。こんなのは大学内ではまず見られない。

 そんなことを考えていると、綾瀬がまるで犬を連れまわすかのように駆け出す。



「ほら、キビキビ歩いて!」


「ちょ、服が伸びるって!」



 そうして俺たちのデート(?)が始まった。

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