第2話 迫られる


「というわけで冨樫君、君には私と付き合ってもらいまーす( •̀ ω •́ )y」



 翌日のお昼時。宮子と学食に向かっている最中に宮子が友達に呼ばれ俺に「ちょっと待ってて」と言って離脱。だからその言葉の通りスマホを弄って待っていたのだが、その隙に腕を掴まれ人目のないところに連れていかれた。


 犯人は俺の目の前でセリフのわりに一切真剣さが伴っておらずニヤニヤと一人楽しそうに笑みを浮かべている綾瀬乃愛だ。



「付き合えって、どういうつもりだよ綾瀬」


「おや、冨樫くんごときが私に口答えしちゃっていいのかな~」


「……ほんっとう、性格変わったなお前」



 綾瀬乃愛。彼女はこの大学で昨年行われたミスコンを制しており、その美貌だけならおそらくこの大学でトップクラス。本来ならモテまくりで困るはずの奴なのだが、本人にその気がないということと、その自由奔放かつ性悪な性格が影響し彼女に男が寄って行かないのだ。


 噂だが、告白してきた男に対し結構酷いことを行っているらしい。告白の際の言動を無断でネットにアップし拡散したり、わざわざ人がいる前でダメな点をいくつもダメ出ししたり。とにかく自分が楽しむことに全力を尽くしているのだ。その結果相手を顧みないところがある。



「性格変わったって、なんか気色悪い言い方だね。えっ、もしかして私の事ストーキングしてたりするの?」


「いや、同じ高校出身やろがい」



 しかも、俺や宮子と同じクラスで二年間過ごしていた。


 その時のこいつは眼鏡をかけショートカットな地味子ちゃん。自分から誰かに話しに行くことはなく一人で静かに本を読んでおり、成績も上から数えた方が早いくらいの模範生だった。優等生と言えばわかりやすいだろうが、コミュニケーションなどの一点においては他より劣っている一面があった。誰かに話しかけられたときは慌ててもごもごしていたし、常に他人を恐れていた印象がある。


 だが今のこいつはそれとはまさに正反対。大学に入ってからは一気にオシャレになり、ずっと眼鏡だったのをコンタクトに代え髪を肩下まで伸ばし可愛い顔を露わに。まるで別人のような性格に併せ以前では考えられないコミュ力を発揮し幅広い交友関係を築き上げ色々な人材を掌握。

 昨年のミスコンでも他の学生に大きな差をつけて優勝をもぎ取った。サークルなどには入っていないが、様々なことに積極的。個人的にはイメチェンというレベルを遥かに超えた偉業だと思っている。



「私と冨樫くん、そんなに仲良くなかったと思うけどぉ?」


「そりゃそうだろ。お前誰とも話してなかったし」


「あは、ナマイキだゾ☆」



 そう言って俺の脇腹を小突いてくる綾瀬。まるであの当時のことを忘れろと言わんばかりの怖い笑顔だ。実際こいつにとっても黒歴史なのだろうか?



「とりあえず、冨樫くん今から私の彼氏ね」


「いや、マジで意味わかんないって!? お前の彼氏って、いや、えぇっ……」


「ちょっとぉ、なんでそんなに嫌そうな顔するの? 私のような美少女と付き合えることなんてもう残りの人生すべてを捨てて異世界転生してもあり得ないんだから、もはや迷うこともないと思うよ?」



 トクトクプランだよ? そんなことを言って俺に詰め寄ってくる綾瀬。

 あまりにもひどすぎる言いようだ。確かに昔は日陰の人間すぎて全くわからなかったが、大学に入学してからのこいつは当時と比較にならないくらい滅茶苦茶かわいくなった。というか……



「お前、俺の事好きだったとか……」


「ああうんそれはマジでない。冨樫くんのこと男として全く意識したこともないし、そういえばそんな名前の人いたなぁくらいの印象しかないよ♪」


「それはそれで酷くない?」



 高校の時ぶりに顔を合わせたかと思えば俺の精神をすり減らしてくる始末。というか好きでもないのに付き合おうって、いったい何考えてんだこいつ?


 困惑する俺を尻目に面白そうにニヤニヤ嫌な笑みを浮かべてくる綾瀬。まるでこちらの考えている事なんてお見通しと言わんばかりの自信に溢れた表情だ。なんか腹立つ。大学ではっちゃけてる奴らにとってはこういう派手な奴が好みなのかもしれないが、俺的にはまだ昔の大人しい性格の方が好みだった。



「君のことが好きってわけじゃないんだけどね~。でもとにかく、これ決定事項ね」


「理由くらい教えろよ。好きでもないのに一方的に付き合えとか、意味不明すぎて不信感しかない」


「およよ、冨樫くんのくせに私に教えろ? ふふふ、自分で考えてみたらー?」



 そう言ってニヤニヤしながら曖昧なことを言って誤魔化す綾瀬。どうやら俺の質問に答える気はないらしい。なら、少し突っ込んだことを聞いてみることにした。



「付き合うって、具体的にどうするんだ?」


「そりゃ、彼氏として常に私に尽くして媚び諂い、ご機嫌を伺ってもらう」


「ロクでもないなお前」


 

 俺が言うのも何だが、ありていに言ってクズである。

 だが、今の質問でとある可能性が頭の中に浮かんだ。すなわち親しい友人間でのという可能性。

 こいつが何か勝負に負け、その罰ゲームとして俺と付き合えと迫られた。その結果仕方なく俺と付き合うことになり、その様子を影で笑いながらカメラを向けるこいつの友人たち。動画サイトでよく見る広告にそんな感じのものがあった気がする。



(チッ、ちょっと傷つくな)



 まさか自分が陽キャ達のおもちゃの対象になるとは思っていなかったので少しショックを受ける。そして何より、この愛も何もない告白で少しドキリとしてしまった自分に腹が立つ。


 とりあえず、好き勝手にされるのはごめんだし言い返さなければ。



「おい、もしかし……」


「言っておくけどこれ罰ゲームとかじゃないからね? すべて私一人の気まぐれと行動によって成り立っているのです。」



 言うまでもなく即座に俺の考えを否定された。確かによく考えてみれば、こういう性格のせいでこいつは友達と呼べる友達が少ない印象がある。浅い関係は多いが深い関係を構築した人は少ないって感じだ。

 それはそうとこいつ、もしかして俺の心を読んでいるのか? なんか俺が言い出すタイミングを見計らって反論をぶつけてきた気がする。



「ねぇねぇ、もしかして『なんでこいつ俺の考えていることが!?』とか、思ってたりするのかなぁー。ねぇねぇ、その辺どうなの? ねぇったら~www」



 どうやら俺の考えを完全にお見通しのようだ。そういえば宮子に俺は感情や隠し事があると顔に出やすいと言われたことがあるし、もしかしたら今も顔が真っ赤になっているのかもしれない。ポーカーフェイスの練習でもしておけばよかったと後悔する。そして同時に、相変わらず腹立つ!



「じゃそういうことだから。あっ、スマホ貸して」


「スマホ?」


「うんスマホ」



 そうしてひったくるように俺のスマホを奪い何やら操作を始める。十数秒ほど器用に両手の指を動かしていたかと思えば、投げるようにスマホを返されたので慌ててキャッチ。そして画面を見てしばし硬直。



「これって……」


「私の連絡先。よかったよ、冨樫くんがチャットすらやらないド陰キャじゃなくて」



 俺のチャットアプリの連絡先に新たな連絡先が追加されていた。そのアカウントの名前は『乃愛サマ』で、見たこともない妙な可愛らしいげっ歯類のキャラクターがアイコンになっている。



「というか冨樫くん友達少なすぎない? 十人も連絡先ないでしょ?」


「人付き合いを選んでいるだけだ。お前みたいな奴と関わらないように」


「あは、いじゃうぞ?」


「何を!?」



 そう言って踵を返すように俺の横を通り過ぎていく綾瀬。言いたいことを伝えこれ以上話すことはないと言わんばかりの態度だ。そうして綾瀬は一度振り向き



「一応、まだ周りには付き合ってることは内緒ね。主に私が困るから」


「ならなんでこんなことを……」


「フフフ」



 困惑する俺を尻目に楽しむ綾瀬。やはり素直にすべてを教える気はないようだ。本来ならこいつの気まぐれに付き合う道理はないのだが、どこか不気味な綾瀬の雰囲気は俺の行動を縛ってしまう。



「それじゃ今日からよろしく、彼氏くん……バイバイッ!」



 そう言って本当に立ち去って行った綾瀬。心なしか逃げるように立ち去ったようにも見えるが、俺にとっては嵐が通り過ぎていった感覚でいまだに緊張感が胸を締め付けてくる。一体綾瀬は何がしたいんだ?



「クッソ、考えがまとまんねー……って、結構時間経ってる!?」



 普段接点がない奴と話していたせいで時間の感覚を忘れてしまっていたらしい。気が付けば十分以上の時間が過ぎており、宮子のことを待っていたのだと思い出す。おそらく今は立場が逆転し待たせてしまっているだろう。それとも既に学食に向かっただろうか?



「とりあえず考えてても仕方ないし、宮子のところに行こ」



 一瞬今のことを相談しようかという考えが頭をよぎったが、他の誰ならいざ知らず宮子に相談するわけにはいかない。今の気まずい雰囲気をさらに悪化させるだけだ。とりあえず考えることは先送りにし、俺は先ほど宮子を待っていた場所に走って戻るのだった。



 そう、ここから俺の大学生活は狂っていった。

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