人里 二

 エルフたちの信仰を受けたことで、肌の色は黄色から白色へ。


 以前とは別人さながらとなったオバちゃんボディー。


 なんならポチャ気味の美魔女。


 おかげで我が身は大手を振って人里を歩くことができる。耳もしっかりと尖っていたりするから、少なくとも前の肉体を参考に出回っている手配書が原因で、憲兵に追われたりすることはないだろう。グリフォン由来の羽はローブの下に隠せばいい。


 そういった思惑の下、以前まで活動していた町に向かうことにした。


 ちなみに思い立ってから決意するまでには数日を要した。


 行こう行こうとは思っても、精霊殿の洞窟に入り浸って過ごす食っちゃ寝の生活が最高だった。彼女がエルフたちの恩恵にズブズブと甘えてしまった理由、今なら非常によく分かる。だからこそ、このままでは不味いと判断しての出発である。


 目的は美味しいお酒を得ること。


 しなしながら、精霊殿が常飲しているエルフたちのお酒こそ、それはもう美味しかった。毎日、夜が明けるまで呑んでしまったほど。そうした背景を考えると、彼女からの提案は容易に達成できるとも思えなかった。


 当面は酒造場の情報収集から挑むことになるのだろう。そんなふうに少しばかり気長に考えつつの来訪だ。町へ向かうのに当たっては、山でクマさんを狩ることも忘れてはならない。イケメン商人へのおみやげだ。


「どうするんだ? ホワイトベアなんか狩って」


「世話になった知人へのお土産です」


「ふぅん?」


 ちなみに精霊殿も一緒である。


 当初は一人で向かうつもりであった。だが、私も連れて行けと請われて、共に行く運びと相成った。彼女は勇者様に顔が割れているから、当初は断ったのだが、どうしても行くと言って聞かなかった。これだからアル中は。


「見えてきましたよ。あの町です」


 森を越えて、山を越えて、丘を越えて、延々と飛ぶことしばらく。


 草原の只中に町が見えてきた。


 背の高い城壁と、これに囲まれた建物の並びは、歴史の教科書で眺めた都市国家さながらの風景だ。同所で生活していた時分にも感じたのだが、まるで観光地でも訪れたような感慨を覚える。


「なんか普通だな」


「そうですか?」


「違うのか?」


「いえ、私もそう詳しい訳ではありませんので」


「なんていう名前の町なんだ?」


「たしかブナドットといいましたかね」


「ふぅん?」


 こちらの世界で町と名の付く場所は、これから向かう場所しか知らない。現代社会と比較して文明レベルが低いため、それなりに大きな町だと考えていた。地方の主要都市的な位置づけにあるのではないのかなと。仙台とか、盛岡とか。


 ただ、それは自身の一方的な思い思い込みであったのかも知れない。人外の彼女以上にモノを知らないという事実に不安を覚えた。森のなかで生活している分には困らないが、今後とも人里に出るのであれば、それなりに勉強するべきだろう。


 ところで、ふと気づいた。


 なんだか町の周りの様子は以前とは少し違う。


「あら、おかしいですね……」


「どうした?」


「外壁の周りに出ていた露天が一つも見当たりません」


 精霊殿にお伝えしたとおり、露天が見当たらない。


 そして、露天が見当たらないということは、山で狩ってきたクマを売り払うことができない。更にイケメン商人のザック氏と会うにも、他を回る必要が出てくる。色々と手間が増えて面倒な感じ。


「どうするんだ?」


「町に入ってから考えます」


 銀行に預け入れていた金銭は引き出している余裕もなくて、全てザック氏に譲ってしまった。しかし、懐には金貨が数枚ばかり、依然として財布の中に残っている。自分と精霊殿の入場料くらいにはなるだろう。


 そう考えて門番の立つ正門まで向かった。


 すると同所には多くの人々が集まっていた。


 まるで入場規制の掛かった駅のような有様である。


 パッと見た限りであっても、三桁では済まないのではなかろうか。


「頼む、入れてくれ!」「お願いっ、村を焼け出されてしまったの!」「壁の内側に入れてくれっ! お願いだ!」「仕事をくれっ! そうしたら金貨一枚くらい、すぐに稼いでみせる!」「俺は職人だ! 町に入れてくれたら活躍できるぜ!?」「金なら後で返すから入れてくれ! 隣町の銀行に知り合いがいるからよ!」


 集まった皆々は、正門を固めた兵に対して、口々に訴えを繰り返している。おかげで非常に騒々しい。まるでお祭り騒ぎのようだ。しかも誰もが一様に、町に入れてくれと訴えている辺り、ちょっと不穏な感じがする。


「めっちゃ賑やかだな」


「そうですね……」


 見ていても仕方がない。


 正門の正面、以前も出入りに利用していた通路に向かう。同所には鎧兜で武装した兵が待機しており、町に入場する人たちを一人ひとり、個別に確認していた。一連の流れは自身もまた見に覚えのあるやり取りである。


 ただ、そこでやり取りされる人頭税の額が変わっていた。


 何故か皆一律で、金貨を要求されている。


 更に出入り口を守る兵も、数を大きく増やしていた。


 なんとも物々しい雰囲気である。


 数分ばかりを待つと、我々の順番になった。人こそ大勢集まっているが、入場のための列に並んでいる者は僅かであった。周囲から聞こえてくる声によると、大半の人々は入場料が支払えずに、入口付近で集まっているようである。


「すみません、にんげ……エルフ一人と精霊一人です」


 遊園地の入場よろしく伝えてみせる。


 すると相手はこちらを振り返り、驚いてみせた。


「せ、精霊?」


 一つ前の入場者を町の内側に見送って直後、こちらを振り返った担当者は、精霊殿の姿を目の当たりにして表情を強張らせた。どうやら精霊とは、自分が考えていた以上にレアな存在のようである。


「なんだよ? 精霊は入っちゃ駄目なのか?」


「いや、そ、そういう訳ではないのだが……」


 憲兵の正面にプカプカと浮かんだ精霊殿。


 彼女は相手を威嚇するように、目くじらを立てて見せた。そういうことをすると町に入れなくなっちゃいそうだから止めて欲しい。ただでさえ周りの皆が殺気立っていて、喧嘩とか起こりそうな雰囲気なのに。


「人頭税は一人あたり金貨一枚だ。これは精霊だろうとエルフだろうと、銅貨一枚たりとも変わらない。そのようにせよと上からのお達しだ。支払えるのであれば町に入れてやるし、支払えないのであれば、他所を当たって欲しい」


「併せて金貨二枚ですね? 分かりました」


 懐から金貨を二枚取り出して、憲兵に渡す。


 すると彼は驚いた様子でこれを受け取った。


「え? あ、ああ……たしかに金貨のようだな……」


 彼は受け取った金貨を正面のカウンターに設けられた天秤に乗せて、その重さを測り始めた。どうやら本物かどうかチェックしているようだ。入場料が銅貨であった時分にはなかった作業だ。金額が大きいだけに、こういった手間が発生するのだろう。


「どうやら本物のようだな」


「ええ、本物ですとも」


 金貨の確認を終えた彼は、我々に木製の札を差し出した。


 前にも見たデザインである。


「これは町の入場札だ。なくすなよ? 町を出入りする時にはそれを見せろ。そうすれば次からは、本来の仕組みでこの町に出入りすることができる。ただし、万が一にも盗まれたりしたら、また金貨一枚だ」


「承知しました」


 過去の入場料が銅貨十枚であったので、千倍近い値上がりである。


 わずか数日でここまで変わっていると不安を覚える。ハイパーインフレとか起きちゃっていたりするのだろうか。いや、それだったらサービスの価値の方が上がっている筈だから、入場料が支払えないというのもおかしな話だ。


「その者たち、町に入ってよし!」


「ありがとうございます」


「なんだよ、偉そうなヤツだな」


 多大なる不安を胸に抱きつつ、我々は町に入った。


 入場の門を抜けるに当たっては、めっちゃ他の人から注目された。


 快感である。




◇ ◆ ◇




 町の正門近隣で目撃した騒動の原因が分かった。


 これといって誰かに訪ねた訳ではない。ただ、町に入って直後から、通りを行き交う人々の間で口々に交わされていたものだから、通りを歩いているだけでも否応なく、情報が耳に入ってきたのである。


 曰く、近隣に領地を構えた侯爵が攻めてきた。


 こちらの町からほど近い場所には、なんとかという侯爵が領地を持っているらしい。その人物は以前から、自身の国に不満を持っていたらしく、それが遂に爆発。いよいよ独立を宣言するにまで発展してしまったらしい。


 当然、国や近隣に住まう貴族の領地からは、鎮圧に向けて兵が出る。侯爵もこれに対抗することとなり、侯爵領と近しいこちらの町は、蜂の巣をつついたような大騒ぎである。戦場にこそなっていないものの、非常に物々しい雰囲気である。


 町の出入り口付近で目撃した人たちは、侯爵の兵によって住まいを追われた難民なのだという。決して少なくない村々が焼かれたのだろう、とは町の人たちが深刻そうに話していた。おかげで入場料が臨時で金貨一枚まで引き上げられたのだという。


 外壁の外で営業していた露天が軒並み撤収していたのも納得である。


「もしかしたら、ここも戦場になるのかもしれませんね」


「え、それじゃあ私のお酒はどうなるんだよ?」


「仮に他所の町へ向かうにせよ、酒蔵の情報くらいは手に入れておく必要があります。最悪、争いになっても飛行魔法で逃げ出すことは可能ですから、今日と明日くらいは、こちらの町で飲み屋を巡ってみるとしましょう」


「おっ! もしかして飲みに行くのかっ!?」


「違います。酒蔵の情報を手に入れるためです」


「でも、飲むんだろ?」


「結果的に飲まざるを得ないとは思いますが……」


「なら一緒じゃん!」


「……そうですね」


 そろそろ日も暮れようかという頃合い、飲み屋に入るには丁度いい。


 だが、その前に後ろ浮かべたクマさんをどうにかしたい。


 山で狩ってきた一匹だ。


 飛行魔法で浮かべて、今も我々に続くよう搬送している。


「飲みに行くのは結構ですが、その前に人を探したいと思います」


「人?」


「この町にいる私の知り合いです。行きがけに狩ったクマを売り払って、当座の活動資金に変える予定です。エルフの集落ではタダ酒にありついていたかも知れませんが、人の町ではお酒を飲むのにもお金が必要なのです」


「ふぅん? それならさっさと行くぞっ!」


 精霊殿はお酒飲みたいという意志を全身で主張するよう、進行方向に向ってヒラヒラと舞ってみせる。その淡く輝いて思われる薄透明の羽は、夕暮れ時の薄暗がりの下でキラキラと綺麗に映る。


 おかげで道中では、彼女の姿を目の当たりにして、チラリチラリと通行人から視線が向けられること度々。これがなかなか悪くない気分だった。見ず知らずの他人から好奇的に注目されているという感覚が心地よい。


 なかなか役に立つアル中ではなかろうか。


 今後とも定期的に人里を連れ回したくなってきた。


 お酒で釣れば一発なところも、コスパに優れて大変よろしい。


「まずは銀行に行きます」


「銀行?」


 外壁前の露店が撤去してしまったおかげで、イケメン商人ザックの所在は不明だ。そこで同行の副店長からお話を伺おうという算段である。前に話をしたときは、ずいぶんと親しげにしていた。きっと勤め先くらいは把握していることだろう。




◇ ◆ ◇




 銀行に向い歩いている最中の出来事であった。


 通りを行く子供とぶつかった。


 精霊殿と話をしていたせいで、前をちゃんと見ていなかった為だ。曲がり角の先から出てきた相手とぶつかってしまった。都内の工事現場で白いセパレータがギリギリ一杯まで設けられている時、その向こう側から急に現れたような感じだった。


 思えばこの町の建物は建蔽率が高い気がする。町の周囲が外壁で囲まれている都合上、限りある土地をギリギリ一杯まで使おうという魂胆だろう。結果的に建物は通りに接するよう建てられており、曲がり角の向こう側は視認性が悪い。


「すみません」


 ぶつかった直後、咄嗟に謝罪の言葉を口にする。


 しかし、返事はない。


「…………」


「……あの」


 相手はそのまま地面に倒れて、ピクリとも動かなくなった。


 まるで死んでしまったようだ。


 通りを行き交う人たちからは、このエルフ、町のニンゲンに何をしたの? みたいな視線が向けられる。すぐ近くを飛び回っている精霊殿のおかげで、胡散臭さも倍増しているものと思われる。おかげで焦る。


「なんだこれ?」


「精霊殿、回復魔法とか使えませんか?」


 パッと見た感じ、小中学生ほどと思しき年齢の女の子。


 印象的なのはやせ細った手足だ。こちらのオバちゃんが先日からダイエットを開始したのとは対象的に、倒れた彼女はガリガリに痩せている。道端に倒れた姿と相まって、否応なく危機感を抱かせる状況。


 っていうか、この子、前にも町でぶつかった子だよ。


 スローライフに片足を突っ込んでいた自身が、神様からの依頼を前向きに考え始めるきっかけとなったホームレスである。当時も小汚い格好をしていたけれど、本日は更に磨きがかかっている。


「使えるぞ? 水の精霊を舐めるなよな!」


「すみませんが一発、この子に景気よくお願いします」


「え? あ、別にいいけどさ……」


 このアル中って水の精霊だったのか。


 エルフやミノルたちから、森の精霊って言われているから、森の精霊だとばかり考えていた。っていうか、水の精霊と森の精霊、絶妙に単語のコンテキストが違っている点に気持ちの悪さを感じる。そもそも同じように扱って構わない単語なのだろうか。


「えい!」


 可愛らしい掛け声と共に、魔法陣が浮かび上がった。そこから立ち上がった淡い輝きが、路上に倒れた子供の身体を包み込んでゆく。建物の影に隠れるようにして倒れた肉体が、白い光に照らされてぼんやりと浮かび上がる。


 元来は綺麗だっただろうブロンドの長髪も、くすんで土埃に汚れている。肌も垢が積もっており、そこかしこが色づいているから、ぶつかった箇所が汚れていないか、ちょっと不安になるレベルだ。


 身につけている衣服はシャツ、ズボン共にヨレヨレのボロボロ。所々が裂けており、べろんと垂れた生地の下から肩や膝の肌が見えている。近くに立っていると、そこはかとなく悪臭が漂ってくるのも前と変わらず。


 こういう娘さんを奴隷としてハーレムに迎え入れて、一方的にチヤホヤされるのが現代日本のトレンドだ。ちょっとしたお恵みでサクッと懐きそうな気配が素敵である。なんて卑しい文化だろう。


「っ……」


 妖精殿の魔法陣が輝いていたのは、時間にして十数秒ほど。


 その煌めきが消えてから少し待つと、相手に反応があった。


 目を覚ますや否や、ハッとした様子となり大慌てで立ち上がる。


 間髪を入れずに先方とは視線が合った。


「大丈夫ですか? 人の子よ」


「エ、エルフ……」


 そうです、エルフです。ニンゲンとは違うんです。


 真っ白いお肌、とても素敵でしょう。


 おかげさまで彼女は、目の前のオバちゃんが、以前にも一度ぶつかった相手だと気づかない。これなら町の人たちも問題なく騙せることだろう。町中での活動も当面は問題なさそうである。


「痛むところはありませんか?」


「え? あっ……」


 こちらから問い掛けると、彼女は何やら気づいたように声を上げた。


 意識が向かった先は自らの腹部である。両手の平で服の上から、臍のあたりを撫でてみせる。服の上からでは分からないが、どうやら怪我でも負っていたようだ。こちらとしては転倒に際してぶつけた頭部が気になるのだけれど。


「お腹が痛いの、治ってます……」


「それはよかった」


「治したのは私だけどなっ!」


 腰に手を当てて、ドヤ顔で語ってみせる精霊殿。


 めっちゃ偉そうだ。


「えっ、な、なんですか……小さい、人?」


「人じゃない! 精霊っ! 精霊っ!」


「精霊?」


「そう、水の精霊!」


 彼女が滝の近くに居を設けていたのって、もしかしたら水の精霊なる肩書と関係しているのかも知れない。そう考えると少しだけ、精霊殿が語ってみせた言葉に信憑性のようなものを感じる。


「オマエは何のニンゲンだ?」


 深い意味はないのだろうけれど、どことなく哲学的な響きの問いかけ。


 ふと自分まで考えてしまう。


 果たしては自分はどういった人間なのだろうかと。


 仕事から逃げて、人付き合いから逃げて、貯金が尽きるのを待つばかりの身の上にあったニートには、いささか胸に痛い問答だ。何かに一生懸命になっている人たちは、きっとスッと答えられるのだろうな、なんて。


「わ、私は炎の人間ですっ!」


 何に一生懸命になったら、火炎属性を手に入れられるのだろう。


 やっぱり常日頃から熱血している必要があるのかな。


「炎のニンゲンか!? それなら私の得意な属性だっ!」


「え? と、得意って、それはあの、ど、どういった……」


 たしかに水と炎だと、水の方が優勢なイメージある。


 主にゲームとかで。


「炎の人間さん、すみませんが我々は先を急ぎますので……」


 さっさと話を切り上げて銀行に向かうとしよう。


 精霊殿はこれでなかなか、他人との会話が好きなタイプのようだが、こちらのエルフはそうでもない。一方的に話を聞いてもらって、チヤホヤして頂けるのであれば吝かでもないが、今回のケースはどちらかというと逆っぽい雰囲気がある。


 それはマイナス五百円だ。


「ちょっと待てよ、炎のニンゲンだぞ?」


 だから、炎のニンゲンってなんだよ。


 意味が分からない。


「炎のニンゲンってなんですか?」


「そんなの私が知るわけないだろ?」


「では、どうして引き止めたのですか?」


「知らないから気になるだろ?」


「……なるほど」


 てっきりお酒が抜けていないのかと思ったよ。


 その探究心は分からないでもない。


「貴方の主張は理解できました。ですが、我々には目的があります」


「だったらコイツも連れてくぞ!」


「…………」


 こういうところが、エルフたちに嫌われる原因になったのだろうと、今ならすんなりと理解できる。典型的な王様タイプのアル中だ。昨日の呑みは朝方に終えて、お互いに半日ほど眠った後だから、既に酔いは覚めている筈なのだけれど。


「そういうのは相手の都合もあるでしょう」


「いいよな!? ニンゲンっ!」


「え? あ、いえ、あの……しょ、食事をくれるのでしたらっ!」


 少女は咄嗟に声も大きくお返事。


 たいへんよくできました。


 おかげで連れていくことが決定しそうだ。


「これからお酒飲みに行くから、一緒にご飯も食べれるぞっ!」


「それなら、い、行きます! 私もご一緒させてください!」


「…………」


 こんな簡単に付いてきちゃって大丈夫なのだろうか。


 お菓子をあげるから、オジサンのお家に来ない? みたいなシーンでオジサン大勝利の瞬間を目の当たりにした気分だ。最低限の分別はつく年頃だと思うのだけれど、そこんところどうなのだろう。


 いや、もしかしたら今日の食事にも困っているのかも知れない。どうせくたばるなら、最後はお腹いっぱい食べてからくたばろう、みたいな思いが彼女の内側に芽生えたのではなかろうか。見た感じガリガリだし、ボロボロだし。


「貴方が面倒を見るというのであれば、私は構いません」


「見るっ! ちゃんと面倒見るぞ!?」


「なら行きましょう。夜になっては銀行が閉まってしまいます」


「おい、ニンゲン! 一緒でいいってさ!」


「っ……」


 二人を先行するように、オバちゃんエルフは歩み出す。


 これに続いて、ひらりと宙を舞った精霊殿が、ガリガリでボロボロの少女に声をかける。彼女は得体の知れない小さな生き物に促されて、それでも躊躇なく一歩を踏み出すと、笑顔で我々の後を追いかけてきた。


「あ、ありがとうございますっ!」


 まあ、一日くらいなら付き合ってもいいだろう。


 この場で下手に対応を渋り、精霊殿の心象を悪くしては、その信仰から遠ざかってしまう。ここは一つ、若返りを迎えるための施策の一つとして、こちらのホームレスを食事の席に招待するとしよう。

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