第6話 3週目

 今週はグレープ味のゼリーを持っていった。

 3階に上がり角を曲がると、彼女の病室の前に人影があった。

「あいつ」だ。広崎叶汰ひろさきかなただ。

 いつもはこの時間には来ないはずだが。

「今真結は検査中だ」

 仁王立ちで腕を組むこいつの目はとても鋭い。

「そうか」

 俺は待合スペースに戻ろうと、叶汰に背を向けた。

 すると、ゼリーの袋をがしっと掴まれた。

「お前か。いつも大量のゼリーを持ってくるのは」

「それがなんだよ」

「迷惑なんだよ」

 俺は叫びそうになった。だが、流石に病院で大声を出すわけにはいかないので、ぐっと飲み込んだ。

「迷惑ってなんだよ」

「塩分含有量。このゼリーは100gあたり0.15gを超えてんだろ」

「それがなんだよ」

 叶汰は眉間にしわを寄せた。

「お前まさか、真結の病気のこと知らねーのかよ」

「聞かされてねーから何も知らねーよ」

 叶汰はやれやれと言わんばかりにうつ向いてからら俺に手招きをした。 

「じゃあこっち来い」

 そうして俺らは待合スペースに入った。


「真結は、塩アレルギーなんだ」

 俺は目を開いた。聞いたことのない病名が、俺の頭を走ったからだ。

「塩を食べたり触ったりするとアレルギー症状が出る。食べ物は100gあたり0.15gまでしか食べられない。人の汗や涙でも症状が出るから、温度も湿度も調整された部屋にいる」

 目をパチクリさせる俺を見ぬふりして、叶汰はさらに説明を続けた。

「少しずつなら大丈夫だから、点滴で食事で摂れない分の塩分を摂って、何とか命を繋いでいるんだ。それでも体調を崩すこともあるし、手術したことだってある」

 叶汰は淡々と話していたが、どこか感情的であった。 

「そう…なんだな、、」

「とりあえず今日はもう帰れ。真結も検査中だし」

 俺は言われるがまま、待合スペースを出て帰路に立った。

 差し入れに持っていったエネルギーゼリーを食べると、心なしかいつもよりしょっぱく思えた。

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