第6話 夏の恋

 翌朝。


 あまねはお手伝いの渡辺に気づかれないように玄関から出た。なぜ気づかれないように玄関から出たかというと、「渡辺が車で送迎する」と言ってくるからだ。あまねは拓馬と一緒に自転車で通学したいのだ。だから黙って家を出た。


 あまねはガレージにポツンと置いていた自転車に乗ると、ペダルを漕ぎだした。ペダルは鮮やかに回転しだした。それは油を指した歯車のようだった。


 あまねは拓馬の店を目指した。あまねは風で捲れ上がれそうなるスカートに気づかず、スイスイと自転車を漕いだ。夏の温かい風があまねの幼い頬を撫でる。


 遠くに拓馬の店が見えた。店の前には拓馬が自転車を並べているところだった。


 「たっくまっ!」


 あまねは甘く大きな声で言った。


 拓馬が爽やかな笑顔であまねを見る。


 「おはよう。どう?自転車調子良い?」


 拓馬の声はやや低く、しっとりとしていた。


 「おはよう!自転車調子良いよ!あたしの調子も良いよっ!」


 あまねはニコニコした。


 「店の自転車を並べ終わったら出発しよう。あと5分待ってや」


 拓馬はそう言うと、せっせと自転車を並べた。


 あまねは自転車から降りて、ふむふむと拓馬の動きを観察した。


 「うん。賢い自転車少年って感じかな」


 あまねの比喩はよくわからない。



 「なんじゃそら」


 拓馬は「ハハハ」と笑った。


 拓馬は自転車を並べ終えると、店の奥から自分の自転車を取り出した。


 あまねはそれを見て、かっこいい自転車だと思った。


 拓馬と自転車を並べ、どこまでも漕いでいきたいと思った。


 あまねは拓馬に恋していた。


 どこが好きなの?と聞かれれば、なんて答えればいいかわからない。


 確か有名なドラマで、「人を好きになるのに理由なんかない」というセリフがあったが、その通りだと思った。


 あまねの頬はいつの間にか紅くなっていた。


 拓馬が自転車に乗る。


 あまねも自転車に乗る。


 「なあ、あまね、」


 「なあに?」


 「今日、学校行かんとこっか?」


 「うん!」


 「自転車を乗り回そーぜ!」


 あまねの身体は熱くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る