お客様サポート係のおっさんが出張で異世界に行かされた話

ロー

第1話

そこは青と黒を基調とした、まるで王が座するような石造りな荘厳の広間。

黒一色の石材と黒と銀で作られた灯り、そして広間中心には鮮やかな模様が描かれている


相対する蒼黒を基調にした衣装を纏った人物と6人の精強な冒険者風なもの達。


「フハハハハハハハ!!!ようこそ!!6英雄の皆様!この魔國城の褐見の間へ!大変、心よりお待ち申しておりました。今宵、prune(剪定)を担当させていただきます。皆様ご存知の八重櫻でございます!本当に・・・・ええ、本当にお待ち申しておりました!!!さあ!!!prune(選定)をいざ尋常に始めましょうぞ!!!!!」


広い褐見の間で豪奢な王の座に座っていた蒼黒をまとい紅色の髪をした人物「八重櫻」が立ち上がり大きく素振りをしながら6英雄へ声を高らかに話しかける、その表情は恍惚と喜びに染まって期待に溢れる表情で染まっていた。が、次の一言で急激に青い顔へと変化してしまう。


「あー・・・八重さんスマン・・・・今回のprune(選定)は今日じゃなくて日を改めてにして・・・欲しい・・・のよ・・・・ノリノリなのにごめんね・・・・・・ってか6英雄って何よ?」


「は?・・・・・ちょ・・・・ええ・・・・?嘘ですよね・・・・・今回リーダーはトシ様でしたよね・・・嘘でしょ・・・・・?」


6人が一堂に視線を合わせず、一人は上を一人は横を、一人は口笛と。全員が各々八重桜の顔を見ず誤魔化すように視線を漂わせる。


「いやいやいやいや・・・知ってますよね・・・・これ終わったら私休暇なんですってば!!!!やっとの長期休暇なんですよ!!!!やりましょうよ!!!!ねぇ! イリス様!トシ様!カイト様!曇空様!楓様!ディア様!後生ですからぁぁぁぁ・・・・」


「ほんますまん!!いやだって折角新規ダンジョンで実装でここ来て、prune終わらせたらまた開放じゃん?そしたら新規とかコンテンツ追いつけて無い人が困るじゃん・・・?あと周回して装備整えたいしさ・・・ってか毎回そんなすぐやらないってわかってるじゃん?まあ大人しく休暇はもうちょっと先にしてよ」


と口では謝る様ではあるが全く顔では謝る気がない様に戦士風のトシが悪びれもなく話す。


「じゃっ!うっし一回戻ってここまでのマッピングと道中のMOB、トラップ、予兆のwiki投稿や攻略サイトへ掲載。んでtreetter(ツリーッター)に編集して動画流しますかね〜。イリスさん動画の件任せていい?」


「はいよぉー。今日中は無理だから明日か明後日あげておくわね。」


「さて、じゃあ今日はここまでで、各員ホームに戻るとしましょうかねー。お疲れっしたー」


「「「「お疲れ様でした!」」」」


そうやり取りをし気まずいのか、呆然と立ち尽くす八重櫻へ一瞥もくれずに各自、リターンアイテムを使い還っていく。


「そんなあああああああああああああああああああ」


ただ残るは一人の男の慟哭の残響のみ・・・・




MMORPGゲーム「History of trees」、同時接続数は最大で億のユーザーを誇る世界最大級のMMORPG。


運営会社『ASAP』


それは世界最大のデジタル家電製品及びソフトウェア開発会社。スマートフォンからタブレット、PC、TVからコンシューマー、オーディオまで。自社で企画から販売まで手がける世界屈指の大企業。その『ASAP』の端末、全てで利用が可能なMMORPGそれが「History of trees」である。ゲームのシステムは社長「辰代公堯」の方針により、「擬似人生を歩め」を第一に掲げ、生産から店舗運営や会社運営、果ては株の運用も可能という、そのまま実社会と大差がない程の疑似世界が体験できる。RPGのゲームを基幹としており、ゲーム実装は原初から始まり古代、中世へと変遷があり、ユーザーが歴史を探求することが最大の目玉になっている。


prune、「剪定」の意味を持つコンテンツ更新の節目の際に行われるバトルがある。ゲーム初期から現在まで4度のpruneが行われてきた。そのアップデートでは、種族開放、職業開放、新マップ開放と大規模なアップデートが行われる。

そしてこのpruneのボスバトルは運営の社員が操作を行い戦闘を行う。第一回目は社長「辰代」が自ら行った。



 辰代はそもそも経営者だけではなく、開発、運営において天才的な能力を発揮し1代で財を成した人物である。

見た目は細身であれど、人柄は豪放磊落で大言壮語も時には言う。社名『ASAP』は「As soon As Possible」「やるならさっさとやれ」を冠していることから、どういった人物か想像はかたくない。ただ完璧に見えるこの天才も苦手が一つあった。

それはゲームの操作が致命的に下手くそである。それゆえゲームは部下や友人のプレイを酒を飲みながら眺めている場合が多かったが、ある時一念発起しゲーム事業部を立ち上げ、操作が苦手な人やオンラインプレイが時間的にできない人へ向け、全てのプラットフォームでプレイ可能なスーパークロスプレイのゲームを作った。それはスマートフォン、コンシューマー、PC、VR、において自社で販売してる機器ならプレイ可能という脅威の守備範囲のゲームを作り上げた。


 もちろんプレイ環境によって内容の差異はある。スマホなら2D、コンシューマーなら3D、PCならTPS、VRならFPSと操作環境が変わる。しかしストーリー、戦闘、育成等さまざまなことが出来が端末によってできる事が変わる。PCまで行くと彫金や畑の間引き、錬成などの細部まで再現されておりプレイヤーが完全な疑似体験ができる様になりそれは、プレイヤーとしてもう一人の自分を完全に体験できる仕様になっている。ではスマホなどの場合はというと簡略化と最適化を優先されており、周回や採集といった事が出先でもできる。戦闘もできるがコマンド操作に限界がある為、やはり環境差はどうしてもあるようになってしまうが、それはユーザーの求めてるゲーム環境次第となっている。


 そして辰代はそこまでゲームを作り上げたが、やはりゲームは好きだけれどプレイが苦手である。ではどうするか?

答えとして辰代はゲーム自体に役割として入り、ゲームに参加して楽しむ事を目指した。1回目のPruneの際に実装された倒されるイベントボスとして立ち回り、下手くそであれどユーザー目線と同じ目線で楽しむ社長をユーザーは大いに受け入れ盛り上がった。その後イベントの進行や色々割愛したり、テンションが上がりすぎてグダグダになり、事業部署の担当から小言を言われ、更にはその光景が配信されていることもあり、ユーザーの親近感は更に良くなり結果としてゲームのプレイ人口増加に繋がったという。


都内某所

居酒屋「炎舞」


「いやぁ、笑った笑った! 鏑木よぉ!めちゃくちゃテンション上がってたのにあの肩透かしはやばかったわ!」


「うるさいよ!もっさん!久々の長期休暇取って海外ムフフ旅に行こうとしてたのに・・・チクショウ・・・」


もっさん「望月」頭髪がなく、まるで入道のような40代の人物が、やや細身の見るからに幸が薄そうな40代にも掛かりそうな人物「鏑木和毅」をからかうように酒を嗜みながら髪がない自分の頭を触りながら話しかける。


「いや、カブさん。毎回初回やらないってわかってたじゃん・・・急にどうしたのさ・・・」


落ち込む鏑木を少し呆れたような感じで諭す、人が良さそうな柔和な30代の男性「佐藤」


「ようやくゴタゴタが全部終わってさー・・・そろそろ人生エンジョイしようかと思って色々旅行雑誌見てたらついついテンションがアガちゃってさ・・」


「だからってあのテンションはダメだろう」

「気が早すぎるって・・・まあユーザーは面白がってたし、なんならゲーム内でORZが見れたって配信は沸いてたけどさ・・、開発の方から段取り言われてたはずなんだから忘れちゃダメでしょ・・」


「うぅぅ・・・同僚が優しくない・・・」


「「自業自得」」


「まあカブさんの気持ちは分かるかなぁ・・、カブさんは確か身体壊した後に社長に拾われたんだっけ?」


「そうそう。前も話したかもしれんけど、管理職しながら職人で働いてたけど他人事だと思ってたようなありふれた病気に掛かってさ。仕事を続けると悪化して死ぬかもしれないってなって学校卒業してからずっと直向きに仕事やってたことが全部できなくなって・・・正直もういっそこのまま悪化して死ぬのもありかって投げやりになりかけた時に、客できた社長に急に話しかけられてあれよあれよと・・・職場環境も良くなったしこうやって仕事終わった後に同僚と飯と酒ができる人生はフィクションだと思ってたよ・・・もっさんとサトーくんもそうだったよね?」


「そうだなぁ、俺も職人で結構良いところの頭張ってたんだけどな・・糖尿患ってその後に仕事の忙しさにかまけて、病院行かなかったら、仕事中に軽い怪我の筈が血が止まらなくなって、なんとかなるだろって思ってたら壊死仕掛けててさ・・・まさか片足無くすとは俺も思ってなかったわ・・・仕事を続けることはできたけど、その時はもう俺も一緒で頭放心してて、親になんて言っていいかとか考えてて目の前が暗くなってる時に社長が急に現れて救われたんだわ・・・」


そう感慨深い顔をしながら望月は義足の左足を触りながら語る。


「うんうん、僕もだよー。まあ僕の場合は病気じゃなくて上が無理難題を言うから人がどんどん辞めてって、代わりに僕がする羽目になってね・・・お前が辞めたら会社が頓挫するって言われて責任感で働いてたらいつの間にか、自分で意識ないまま橋の上から落ちそうになった時に腕掴んで止めてくれたのが社長だね。めちゃくちゃ真剣な顔で怒られて、また自分が何かやらかしたのかと思って謝ったら、『君が謝るのは私じゃなく君の家族にだ』って言ってくれて思わず号泣しちゃったんだよね・・・その後、両親と奥さんに泣かれて、抱きしめられて転職決心したら社長に名刺貰ったの思い出して、お礼のつもりで電話したらそのままうちの会社きちゃいなよ!って言われて僕もあれよあれよだったよ・・」


そういうと佐藤は恥ずかしそうにしながら酒を呷る。


「うちの会社の人ってさ、俺達みたいな人ばっかりじゃん?だから本当に仕事がしやすいよね・・・」


「「そうそう」」


「入ったばっかりの時にさ、多少はPCできたから少しでも追いつこうと思って自主的に残って準備や作業してたら先輩、今は課長か・・河津さんに『鏑木君の働く姿勢は見てればどれだけ真面目かはわかる、その上で業務内でトレーニングを積んで仕事を覚えて貰おうとしてスケジュールも組んでるから、そんなことはしなくていいんだよ? さあ帰った帰った!年齢で悩んでるかもしれないけど、うちはみんな「そう」なんだよ。だから気にしなくていい。いつか君の下が入ったら同じように帰してあげてね』って言われて定時に帰ることの嬉しさ以上に不安があったのはいい思い出よ・・・」


「あーわかるわー・・・俺の場合職人だから下手すると仕入れもあるから寝る時間以外は働いてたから、全然慣れなかったわ」


「そうだねぇ、僕も他人に仕事を押し付けられる事がなくなって自分の作業に集中できて、定時に上がれるとは思わなかったよ・・・」


3人はしみじみとそう話しながら店員が運んできた料理に箸をつける。会社と社長の感謝の話とそれぞれの近況の話をしながら夜は更けていった。


 そうASAP社長辰代は真面目だけど苦労している人間に遭遇することが多く、その度に拾い上げ自分の会社の社員として採用し、人が増えるなら事業増やそう、適材適所でできるような仕事をさっさと作ろうとした結果気がついたら会社が大きくなっていたという。この3人のように虐げられた結果、救われたのなら貢献しようとする人材が大きかったのが大きな要因である。


また大企業であるASAP社長辰代は役員報酬等の得られる金銭は必要最低限以外は全て孤児院や社会福祉が必要な人の為に寄付をしている。


辰代は会食がない日は公園でダメージジーンズとTシャツ姿で大手バーガーショップのバーガーを食べながら野良猫にパン屑をあげている。その姿からは誰も世界有数の企業の代表とはわからないだろう。彼自身が若かりし時に支えてくれた家族と親友を災害で無くしてしまい、ガムシャラに働くだけだった自分が生き残った意味を振り返った結果なのかそれ以外の意思が働いたのかは当人のみぞ知ることである

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