強くなるために 2

 四季が目覚めたのは木製の家屋の中だった。崩れていた浴衣は軽く直されている。布団から起き上がり暗い部屋の中、木刀をもって襖のほうへ向かい開けると、そこにはさっきの女性が囲炉裏の前に座って茶を飲んでいた。

 女性は四季のことに気づき笑顔で言う。


「やっと起きたね。まさか夜まで寝ちゃうとは思わなかったよ。こっちに座りな」


 小さくうなずき座布団の上に座る。女性の雰囲気はいままで見たことのないもので、ぱっちりとした目、ショートパンツに腹部が見えるシャツを着ている。

 後頭部に少し痛みを感じ軽く押さえると女性は申し訳なさそうな表情をした。


「ごめんね、力入っちゃってさ。首叩いて気絶させるような器用な真似できないから強引に気絶させちゃった」

「いえ、私こそ助けてもらったのに襲いかかってしまってごめんなさい」

「あんなモンスターを目の前にしてギリギリまで戦おうとしてたんだから錯乱もするよ」

「モンスター?」

「こっちじゃ怪物って言うんだったかな」


 女性の名はビート。遠くの島から大陸を越えてこの東の島国までやってきたという。この家は借り物で家主が戻ってくるまで自由に使わせてもらっていた。


「君、家族は?」

「いません」

「怪物のせいかな」

「いえ、元々いないんですよ。私は捨て子であの村の小さな家で育ちました」

「そっか。大変だったね。なんで木刀を持ってたのかな」

「以前、二人のサムライが決闘をするのを見たんです。とても強く勇ましいサムライと美しく清らかなサムライ。そんな二人の姿に憧れて」

「師匠とかはいないの?」

「一人でやってきました。村にサムライはいなかったので」


 四季の右側には木刀が置かれていた。粗削りで薄汚れており、道場などで使われるものと比べると完成度は低い。だが、手元の部分は淡い赤色で滲んでいるのを見ると、四季の尋常ではない練習が見てとれる。


「あの、ビートさんはなぜこの国に?」

「単純に修行の旅ってのもあるけどさ。この国って私の師匠がいた国と似てるみたいでね。だから、実際に見てやろうかなって。それに、師匠が諦めたサムライという存在を見てみたくてね」

「お師匠さんも槍を」

「そうだよ。それ以外の武器は全然使えないけど槍の腕前なら世界一さ。まぁ、人間の領域においてだけどね」


 なにか含みのある言い方に違和感を覚え四季は再び問う。


「怪物とはやりあえないと?」

「怪物程度なら目を瞑ってでも倒せるさ。いまの師匠で単身で敵わないのは――神の類いさ」

「神……」

「私が住んでいた島からそう遠くない大陸の国で巨人が現れたらしい。そいつは別の巨人が倒したらしいんだけど体は残ったまま。その体を利用した王相手に師匠も少しは手こずってたね」

「どれだけ強くなってもさらに上がいるんですね……」

「いやいや、その巨人だけなら師匠は負けないさ。でも、周りには多くの仲間がいた。それに私も。周囲をすべて破壊するほどの力を出せば師匠は一人でも倒せたはずだよ」

 

 ビートの言う神の類いとは人間の想像を越える力を持った存在のこと。巨人が本来の力をもっていたのならば師匠でさえも勝つのは難しかったと語る。

 だが、それ以上に恐るべきものをその目で目撃していた。


「この世界にはまだ人間の知らないことがたくさんある。私はその一端を見た。伝説で語られる二本の槍。魔力を介さず独自のエネルギーをもった創造と破壊の槍は、仲間だったからこそ安心できたけど、あれが敵だったら勝てる気しないよ」


 ビートは二年前に参加した戦争について軽く語った。不殺を貫く姫が奪われた王国を取り戻し敵国を打倒したまるでおとぎ話のような物語を。

 その話を聞き四季は目を輝かせた。どん底に落とされながらも強くなることを決意した姫が、迷いつつも答えを探し求める。そんな風に自分もなりたいと。


「あの、助けてもらったのにこんなこと言うのはどうかと思うのですが。私をビートさんの弟子にしてください!」

「弟子ぃ? なんで私なんか」

「だって、強い師匠の下で修行をして戦争に参加し、いまもなお成長のために旅を続ける。そんな素敵な人中々いませんよ!」


 四季はビートへと接近し目を輝かせながら言った。


「ヤダ」

「えっー! ど、どうしてですか……」

「別に君を弟子にしたくないってわけじゃないんだよ。ただね、私は槍使いなんだ。君はサムライになるんだからサムライの師匠を見つけないと」


 断られてしまい四季はしょんぼりとした表情を浮かべつつ座布団に座り直す。だが、ビートの言っていることが正しいのも理解していた。


「四季ちゃんはこれからどうするの?」


 戻る場所はもうない。行く当てもない。

 十三歳の少女にとって過酷な現実ではあったが、四季は動き出そうとしていた。村で育ててくれた人たちがいなくなったのは悲しいことで、いまはまだ実感が沸かない。でも、ここで立ち止まり悲しみにくれるのは育ててくれた人たちやいままでの努力を無下にしてしまうことに繋がる。

 

「怪物が言っていました。もし私が達人レベルのサムライの下で修行をしていたなら怪物たちにとって障害になっていたと。村を破壊した怪物の言葉を信じるのは癪ですが、殺す間際に嘘をつくはずもない。あいつの言っていたこと実践して、誰にも負けないサムライになる」


 大切なものを奪われ強くなろうとする姿を見て、ビートは過去の自分と小国の姫と王子のことを思い出した。

 ビート自身も強力な力に抑圧された過去がありここまで成長した。それは決して一人では達成することのできなかったこと。そして、その二人の姫と王子もまた過酷な現実に襲われそれぞれの強さを手にし運命に抗った。

 四季がどれほどの才能があり強さをもつかビートは知らないが、強くなろうとする人間を放っておくことはでぎす、紙を取り出しペンを走らせるとそれを四季へ渡した。


「道場にこの手紙を渡して。以前、そこの師範を助けたことがあるの。借りはきっちり返す人だからなにか力になってくれると思う」

「竹中剣術道場……。私、村の外に出たことないので疎いんですけど、これってどこにあるんですか?」

東戸とうど。ジバングの首都さ」

 

 

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