For what purpose do people have to die?④

「なんで、そんなことを言われなきゃいけないのかしら。頭をおかしいの?」

「いや、おかしいのはアンタだよ。殺す順番が悪すぎる。何故、先にハルミを殺してしまったのか――それも雑に。それほど、怒ってたのか? 自殺に見せかければ、まだ助かったかもしれないのに」

 

 もしもハルミを自殺に見せかけて殺せば……

 彼女に罪を着せて終わっていたかもしれないのだ。

 なのに、それほどまで――


「それほどまで、僕を仲間にしたかったのか? 生かしておいて」

「フン」と彼女は笑う。

「私は、そんなことで殺すのを躊躇ったりはしない。ただね、アイツを殺しておけば、アンタを壊せるかなって思っただけよ」

 彼女の口から吐かれる毒は、真っ黒。

 嘘偽りのない闇。

 真っ黒な真実を語る。

「じゃあ、俺も情けを掛ける気はない」


 銃を取り出した――晶人の自殺の時に回収した銃。

 強力なホローポイント弾が、確認したらフルで充填されていた。それも後々回収する気だっただろうけど、僕が隠していたから分からなかったのだろう。

 震える彼女に投げかける侮蔑の言葉。


「死ね。オマエは言った――人の命を奪うのは『愛』だって。だから、僕はオマエを殺す。殺してやる。僕の愛する相手を殺したオマエを、僕は彼女への愛の誓いのために殺す」

 直後、僕は銃口を彼女に向ける。

「待って。ちょっと……」

「言っただろ。情けを掛ける気はないって――」

 僕は指をトリガーに掛ける。

「――愛してる」

 一撃で彼女の頭は吹き飛び、その後五発の銃弾を体に浴びせた。

 誰も何も言わなかった。



            ◇



「では、ちょっと行きましょうか」

 ミミの死体を放置して、僕は食堂を出て調理室に向かう。

 銃は再び内ポケットに仕舞って、僕は先陣を切った。

「一応、レオナルドも連れてきてください」

 そうやって普通に話を進めようとしたものの、どことなく空気を恐怖が覆っているみたいで、院宣家の人々の動きは悪い。まあ、躊躇いもなく銃を撃ったからだけど。

 でも、許せなかった。

 愛を踏みにじったミミを、許せなかった。

 だから、殺した。

『愛』ゆえに、人を殺した。

 全員を調理室に入れて、僕は切りだす。


「さて、明らかにおかしいですよね」

「何がですか?」と千尋はとぼける。

「理恵さん、あっちの遊戯室の方の廊下がどうなっているか、覚えていますか?」

 急に話を振られ、ビクリとはしたが彼女は答えた。


「あっちは、廊下がまっすぐ続いているだけでしたよ」

「だから、おかしいんです。調理室の橋から休憩室を含めた壁の長さは、食堂からエントランスを含めた距離と同じにならなきゃいけないんです。なのに、こっちの長さは短いんです」


 そう壁を指す。

 歩いて、確かめた。

「前回ここを訪れた時に、端から端まで歩いたんですが、どう歩数を数えても短い。そこに何らかのスペースが存在していると考えざるを得ないんです。武蔵さんも言っていましたよね。たぶん、そこがこの家の中枢。レオナルドの部屋でしょう、千尋さん」

 彼女は何も言わない。



 饒舌だったレオナルドさえも口を閉ざす。

「でも、安全性を考えれば、仮眠をとるスペースよりは冷蔵庫の中にドアを付けますよね。冷蔵庫なら、他の人間が入る可能性が低いでしょうし、それにもう一つドアがあるとは思わないでしょうからね」

 僕は冷蔵庫の横のスイッチを押し、明りを付ける。

 ドアを開けると、近くには肉の塊がぶら下がり、奥には死んで安置されている三人が眠っている。

 その横に思った通りドアがあった。

 さらに奥へと続く扉だ。

 

 全員を連れて、その部屋に入った。

 パソコンや機械で埋め尽くされた、レオナルドの部屋に。

 壁を埋め尽くすモニターと熱と唸りを揚げるコンピュータが難題も並んでいる。映し出されていたのは、屋敷内の風景で。晶人や僕にヒントをくれた人間たちが言葉を控えたように、全員が監視されていたようだった。


「やっぱり監視していたのか。皆は知っていたみたいだった。そして、僕には言わずに置いた僕は例外だから。二日目の朝だって僕は薬でも飲まされたに違いないんだろうな」

 僕は、独り言のように呟いた。

「私たち以外には、今まで誰も入ったことのない部屋なんですよ、ここは。だって、そもそも誰もが疑問を持つはずもないんですからね」

 千尋は語る。この計画についての話をする。

「自殺志願者を集めて、この島で静かに死ねる場所を提供する。警察すら捜査に介入するのを怠りそうな孤島で、安全に自殺させることが目的でした。安全性と美味しい料理を提供するために、ある一定の担保を受け取らねばならない。それがルールでした」

「『涙』も、その1つ?」と聞く。

「ええ、この担保はある意味相続税の対策や、遺族に金を残したくないという希望もあって、高額なお金を落としてくれる人もいます。まあ、それで金庫には金が貯まる一方なんですが」

「1つ、聞くけど。深雪のことは怪しまなかったのか?」

 彼女の顔には「?」が浮かんでいた。

「でも、最近は若い人の自殺者も多くて、珍しいことではないのですが。何かあったんですか」

「いや、僕が言いたいのは……」と続けようと思った。

 だが、それよりも先にレオナルドが先に言った。言葉を遮って、喋りはじめた。

『彼女の参加が自分の意思ではないということを言いたいんだろう? それは事実だから、どうも否定が出来ないのだけど』

 千尋の顔が青ざめて、口を押える。

 彼女もそれを知らなかったらしい。

『彼女はいじめにあって、友人に無理やり参加を命じられた。友人は「遊びのつもり」という感じで申し込んだが、彼女は本当に殺されちゃったよ。まあ、その友人にしてみれば、どうでも良かったんだろうけどね。

 ああ、私が知っていたのかって話だったね。もちろん、知っていたよ。参加を申し込んだパソコンと、彼女の家にあるパソコンが違うことくらい分かるさ。それに、その友人という人は、なかなかの面白い人でね。遊びのためにお金まで出してさ。深雪の家もお金持ちみたいだったけど、まあ、お嬢様学校の学友だったのかもね』

 僕はその言葉を聞く気を失くし、銃を取り出し残っていた弾丸でタブレットを打ち抜いた。

 怒りしか、持ち得なかった。

 心の中に、彼への怒りしかない。

 千尋の手の中にあったのもお構いなしに撃った弾丸で、タブレットは吹き飛んで、床に散らばる。砕け散った部品を粉々になるまで踏みつけ、彼にトドメを指す。

 設置されたコンピュータにも出来る限りの銃弾を浴びせ、破壊する。


「千尋さん、アナタも知らなかったみたいだから許すけど、さすがにそれを聞いて破壊せずにはいられなかったんです。申し訳ありません」

 と僕は、自分の行いにへたり込んでしまった千尋へ謝った。

 これで終わりだ。

 島での生活も、僕の人生も。

「とりあえず、島から出よう。ミミの部屋を探せば、衛星電話も見つかるだろうから」



            ◇



 ミミの部屋を漁って、自分のとは違う衛星電話をもう1つ見つけ、入り江のロックを外すリモコンも見つけた。すぐに家に救助の連絡をして、警察に連絡しないようにとの念も押しておいた。来る時もかなりの時間ほど時間が掛かったのを考えると、それらが着くのを気長に待つしかなかった。

 そう言えば……とハルミからもらった手紙を思い出す。

 彼女が死に際に残す考えとは何だろうか。

 と思って、手紙を広げようと思った。


 突然の悲鳴で、僕は手紙を仕舞う。声のする方に駆け出すと、リビングで静かに理恵が事切れていた。口からは泡と血を吐き、毒で死んだらしい。


「彼女もまた自殺志願者です。この家でそんな気持ちを持っていないのは、今や私と探偵さんだけですよ。たぶん彼女は、外に出たくなかったんですよ。この島から生きて出たくなかったんです」

 僕は、人の命の軽さに途方に暮れる。

 こんな島で、眼を離した一瞬で何故簡単に命を捨てられる。

「探偵さん、すぐにこの島から出るんです。もう少し待ってください」

 と彼女はどこかに行ってしまう。

 きっと片づけに向かったのだろう。

 自分の荷物も整理しないといけないだろうから。

 

 僕はそこで、彼女の手紙を呼んだ。

 そして、僕は――




            ◆


 

 銃声が響いたのは、それからすぐのことであった。

 だが、神園家の迎えが到着したのは、それから10時間後だった。

 彼の遺体の脇には、頭を打ち抜いた拳銃と、何に使ったかもわからない千枚通し。それと1通の手紙。

 末尾の署名は、空閑ハルミとなっていた。

 空閑ハルミと書かれた手紙には、彼女がここに神園零を連れてきた本当の理由が書かれていた。零が解いてしまった事件のはずだったが、そこにあったのは紛れもない苦みを持った真実だった。暴いてしまった残酷な真実が。

 彼は多分、それを信じたくなかったのだろう。


『神園零様

 

 私はどう足掻いても、アナタと結婚することは出来ないでしょう。神園家は、それほどまでに強固で、強大に結びついているのです。本当の怖さを、まだ私も、アナタも知らないのでしょう。たぶんそれに、駆け落ちしてところで、地の果てまでも追いかけられるのは目に見えていました。

 ですから、私たちは二人でここに来たんです。永遠にアナタとの愛を誓おうと思ったのです。死という手段で、アナタと共にあろうとした。私はズルい人間ですが、それでもアナタなら分かってくれると思いました。

 どうか、死が二人を繋いでくれると願って。


                 空閑美美』


 彼女は愛のために殺され、彼はその愛のために自ら死を選んだのだ。



      〈 The human die for LOVE. 〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る