出会いの火

有無相生~出会いの火~➀

 彼女は言った。

 だから、貴方は売れないのだ。

 こんなものは売り物にならない。

 書き直していただきたい。

 

 

 俺は言い返した。

 それは君のマネジメントのせいではないのか。

 作品になど何とでも理由付ければいい。

「作者・鬱病の為」とでも。

 

 

 彼女は言う。

 私のせい?

 私が悪いと仰るのですか。

 私が原稿を受け取らないからですか。

 

 

 俺は言う。

 それもあるのではないか、と思うだけだ。

 それだけだ。

 

 

 貴方は自分の文章を読んでいないのですか?

 一度見直してみてはいかがですか?

 私はゴミのようだと思いますが。

 

 

 それほど酷い?

 

 

 はい。そうですね。

 まるで馬鹿みたいですよ。

 病人は病人らしく大人しく寝ていては?

 

 

 寝ていては暮らせない。

 当たり前のことだ。

 

 

 ならば、生活保護でも申請してはいかがですか?

 今のままでは無理です。受け取れません。

 そんな喧嘩があった。

 喧嘩と言っても、俺に怒る気力などない。生きる為の気力で精一杯だ。だから、言い争い…というか、言い合いだ。

 とにかく、そんなことがあった。

 

 

     *

 

 

 俺は、売れない小説家である。

 いや、「小説家崩れ」と言った方が正しいのかもしれない。

 今や何も書けないでいる。ここ半年はロクな物を書けていない。書いていない訳ではないが、形にならない。小説にならない。文にならない。

 燃え尽きたみたいだ。

 文が浮かばない。

 言葉が出て来ない。

 精神を病んだ。

 小説家としては致命的。

 病院には行ってない。

 鬱かもしれない。

 気分が悪い。

 気も短くなった。

 その結果がさっきの喧嘩――じゃない、言い合いである。

 近所の喫茶店で40分。

 言い合いのみを続けた。

 周りの客は変な眼で俺たちを見てくるし、あまりに五月蠅いのでマスターにも注意された。出ていってくれ、と言われなかっただけでも良かったと思う。

 その間飲んだのはコーヒーの1杯だけ。

 迷惑極まりない。

 

 相手は俺の担当編集。

 彼女、空閑くが夏海なつみは仕事に対して真面目すぎる。

 俺は無理して書いた文章を無理して書いたと言って販売したい。しかし、彼女はそれを許さない。無理して書いたものを無理して書いたと言って何が悪いのか。何が反則だ。

 彼女は仕事に熱心すぎる。

 今更ながら、彼女との相性を考えてしまう。

 俺が20歳でデビューして3年。彼女は大学を卒業したばかりで俺の担当になった。それから2人で成長してきたのだ。俺は一心不乱に書き続けてきた。それなのに、それにより俺は折れてしまった。ポッキリと折れてしまった。無理が祟った。

 これは俺だけの責任か。

 彼女だけの責任か。

 二人の責任だと思われる。

 断じて俺だけの責任ではない。彼女も責任を負うべきではないか。

 多分……

 

 

      *

 

 

 次の日、彼女が訪ねてきた。俺はクマの出来た目で応対する。昨日の夜はロクに寝ていない。久しぶりの「言い合い」で、気持ちが昂ってしまったのかもしれない。ダルさの残る体を奮い起し、彼女を家に上げる。

 彼女はいきなり頭を下げた。

 

「昨日はすみませんでした。私も頭に血が上っていたと言いますか、イライラしていたとはいえ、雨野あめの先生に言うような言葉ではありませんでした。本当に申し訳ございませんでした」

「いや、謝らなくてもいい。じゃあ、早速原稿を…」

「いえ、それは出来ません。私が反省したのは先生に対する態度ですから。ポリシーは曲げません」

「じゃあ、どうするんだよ。俺に死ねというのか」

 

 俺は文句をぶつける。

 貯金もない。

 このままじゃ破産してしまう。

 しかし、別の仕事をするようなヤル気はない。

 元々書くこと出来ない人間だ。

 

「大丈夫です。私も色々と考えてきました。先生にはちょっと違うものを書いていただきたいのです」

「文章が浮かばないのだぞ。何をやったって同じだ」

「ですから、取材していただいて、そのままを文にしていただこうかと」

「俺に記者をやれと?」

「いえいえ、そういうわけでは。ちゃんとしたところです。ちゃんと話になるような人間を見つけましたので。行ってもらえれば分かります」

 

 俺は考えた。

 確かにこのままではマズイ。

 やるしかないのか。

 餓死は嫌だ。

 死ぬならまだマシな方法があると思う。

 この仕事を続けていくのならやるしかないか……

 

「やるよ。やってやるさ。それで何処に行けと」

「やっていただけますか。ありがとうございます。それでは――」

 

 彼女は持ってきた紙袋から、分厚い紙の束を取り出した。


「――この資料をどうぞ。説明します」

 俺は資料を見た。大きく「極秘」と書かれている。

「これは大丈夫なのか?」

「何がです?」

「『極秘』って」

「いえ、他の人たちに見られないようにです」

「逆に気になるだろ」

「コホン。それでは説明させていただきます。先生は『神園かみのその家』をご存知ですか?」

「まあ、知らないこともないが。金持ちの家だということくらいだ」

「そこの御坊っちゃんに取材していただきます」

「は?」

「『は?』ではありませんよ。その子の頭脳は本物らしいです」


 しかし、『神園家』の子ども?

 子どもというには、大きかったと思うが。

 俺が知っている神園家の話はこうだ。よくニュースで聞く。

 神園かみのそのじんという一人の男から始まった小さな会社があった。神の天才的な経営により、今や財閥とまで言われるほどになった。それでも成長はし続けている。神は数年前に死亡したが、その子供のしゅうが総帥として組織を運営している。

 しかし、秀に子どもというのは表に出ていない。

 彼も今年四十二歳のはずだ。子どもがいてもおかしくない。

 

「その子は本当に『神園』の子か?」

「まあ、愛人との子供らしいですけど。神園秀の子供ではあります」

「よく調べられたな」

「うちの記者も捨てたものではないですよ。私が先方にアポイントメントを取って置きますから。それではこれで」

「お前は来ないのか」

「はい。私は貴方以外の作家も抱えておりますので。すみませんが」


 コイツ、3年でだいぶ偉くなりやがった。

 彼女が帰り、俺はぼんやりと壁を見詰めていた。

 

 考えるのは「死」のことばかり。

 嗚呼、俺はもう壊れているのだ。

 死のうかなと考える。

 例えば、首を包丁で――

 例えば、カッターで手首を――

 例えば、ロープで首を――

 例えば、――

 死にたい。

 死にたい。

 壊れるくらい、そう思う。

 でも、アポを取る言われた以上、死ねば迷惑だ。

 解っている。

 解っている。

 

 

 知らぬ間に横になっていた。

 見つめているのが、天井に変わっても頭の中は変わらない。

 死。

 それだけ。

 飯を食わずに夕方を迎え、眠れずに夜を過ごした。

 朝になり眠気が襲ってきた。何も出来ないまま午後になった。

 

 午後、急に電話が鳴った。

 メールはバイブレーションに設定しているが、電話は鳴るようにしている。緊急の場合に困らないようにだ。

 画面には「夏海」の文字。

 通話ボタンを押す。

 

「雨野先生、アポイントメントを取っておきましたので、明日の午後2時だそうです。場所は資料に記載してあります。それでは」


 それだけ言って切れた。

 忙しそうだったが、こちらとしては寂しい。

 喧嘩はしても、仲は良くない。

 結局は仕事のつながりでしかない。何もない。

 ビジネスパートナーだ。それだけだ。

 それにしても出世したものだ。

 羨ましい限りだ。

 

 

     *

 

 

 翌日、俺は昼まで寝ていた。眠そうな顔で会いに行く訳にはいかないからだ。

 場所はかなり山奥の方だったが、俺は車で行くつもりでギリギリまで家にいた。

 そろそろ着替えないと、と立ち上がった時に、インターホンが鳴った。

 相変わらずの安っぽい音だ。

 誰だろうと、ドアを開ける。

 そこには黒い執事服を着た長身ですらりとした男が立っていた。髪の毛をオールバックにして固め、真面目そうな銀縁の眼鏡をかけている。

 スッと頭を下げ、「お迎えにあがりました」と言う。動作の一つ一つが美しい。

 俺は事態をしっかりと飲み込めぬまま、車に乗せられた。

 多分……

 多分だけど、このまま「神園家」の別宅に連れていかれるのだと思う。

 さすがに誘拐ではないだろう。

 というか、「神園家別宅」へ行くのならば、着替えさせて欲しかったのだが。

 

 車を走らせながら。執事服の男はバックミラー越しに話しかけてくる。

「失礼ですが、一応確認させていただきます。雨野あめの零夜れいや様でよろしいですか?」

「はい、そうですが」

「突然お連れして申し訳ございません。ですが、大事なお客様を煩わせる訳には行きませんから」

「すみません。ありがとうございます」

「申し遅れました。私は執事の鬼原きはらと申します」


 それだけ言うと、あとは何も話さなくなった。

 シャイなのか、無口なのかは分からない。それでも喋らないのは気まずい。

 俺から話しかけたりもしたのだが、何も返答なし。気まずい。

 何も喋らないまま、別宅に到着した。

 針の莚だった。

 

 

       *

 

 

 山奥にあるという別宅は真っ白な外壁の豪邸だった。

 屋根は青く、3階建て。

 まるで物語に出てくるような豪邸そのもの。

 資料ではここに執事と2人暮らしだという。2人で住むには勿体ないほどに大きい。いくら使っていない部屋があるのだろうかと思うほどだ。

 執事は車のドアを開け、豪邸へと招き入れる。

 玄関のドアも開けてくれたが、終始無言だった。

 侘しいというか、物悲しい。

 

 この家の主人、神園かみのそのないは16歳であるらしい。その部屋に着くまで、ほぼ喋らずに案内してきた執事だったが、さすがに主人の部屋に入るには挨拶が必要なようでハキハキと言葉を発した。

 時計を見ると、2時丁度だった。

 

「ご主人様、零夜様をお連れいたしました」

「入っていいよ」

 

 その声に従い、俺は部屋に入った。執事は廊下で待機するようだった。

 彼の声は威厳に溢れているように低く、16歳にしては老けているように感じた。

 部屋に入ると正面に大きな窓があり、その手前に大きな木の机と椅子。椅子は後ろを向いていて、外の景色を見ているようだ。神園無の姿は見えない。

 

「よく来たね。私は絶対に取材を受けないようにしているんだがね」

「それはどうしてですか?」

「君は私の姿を見ても驚かないと言えるかい?」

「ええ、多分」

「フフフ、君は本当にそう言えるかな。ゆう、椅子を回してくれないか」

「はい」と言って、執事が部屋に入ってきた。

 彼は、有というらしい……

 そして、椅子を正面に向けるように回した。

 彼はそこにいた。



 私は一目見て、彼を美しいと思った。

 綺麗だと思った。


 

 彼には腕も足もなかった。

 腕は上腕の途中から、足は太股の途中からない。

 恐らく、先天性のものだろう。

 ――先天性四肢切断。

 色素も薄いようで、髪の毛は長い金髪。瞳は深い青色をしていた。

 中性的というよりは、女っぽい顔立ち。

 僕は彼を美しいと思った。



 いや、恋をしたのかもしれない。

 

 

 執事が彼の喉からボイスチェンジャーらしきものを外すと、彼の声は一気に高くなった。まるで声変わりをしていない少年のようだった。


「フフフ、君は面白いな」

 彼は妖艶に笑ってみせる。

「君の眼は同情で私を見ていない。気にいったよ。羨望や憧れを含んでいる眼だ。それほど君が病んでいるということだろうね」

「なんでそれを?」

「君のところの会社は記者を使って私のことを調べたみたいだけど、私にだって手はなくとも使える人間がいるんだよ。記者より優秀なのが」


 ところで、と言って彼は話を換える。


「君は何の話を聞きたいんだい?」


 昨日貰った資料によると、神園無は探偵らしい。何でも、天才的な閃きによって数々の事件を解決してきたらしい。無理をしてでも資料を読んでいて良かったと思う。


「何か事件の話を……」

「そうか。あっ、そうだ。この後予定があるんだよね。まあ、行く気はなかったんだけど」

「何のですか?」

「パーティーがあるのさ。君も知っているかな? 新羅しんら凱矛がいむと言う人のだけど」

「大先生じゃないですか! 有名すぎるくらいに有名な方ですよ」

「そうなのか、私は文学なんて少しも興味が無いからね。君も会いたいかい?」

「会ってみたいです……」

「じゃあ、一緒に行こうか。有、車の用意を」


 有は頷いて部屋を出ていった。

 執事と言うものは誠心誠意、主人にかしずく者であるらしい。


 俺は部屋に残され、無と二人っきり。

 無は俺を見て微笑む。


「君、私に惚れでもしたのかい?」


 俺は心を見透かせれたようで、ドキリとした。

 俺は何気ない風を装って、必死に誤魔化す。


「いや、まさか。俺はそういう気持ちなんて…」

「フフフ…」

 彼は笑って受け流した。いや、全てを知った上で笑っているのか。分からない。

 

 でも、その少女の様な笑顔が堪らないくらいに愛おしいと思った。


 

          *


  

 車は舗装された山道(神園家の私道)をブッ飛ばし、あっという間に一般道へと乗り入れた。車は高級外車を改造した物で、無の自動車椅子を乗せることが出来るようになっている。別宅を出るときに乗り換えたのだ。というか、家の中ではそれに乗っているのが基本であって、さっきはわざわざ俺を脅かす為に椅子に座っていたらしい。俺を試したということだろう。

 

 猛スピードで、目的地へと急ぐ。

 ふとスピードメーターを見ると、100を振り切っている。

 その時は気付かなかったが、外車なので単位はマイルだろう。

 160キロを超えている?!

 

 そのスピードのままで、車はクネクネとした道を突っ切って行く。レーサー以上のドライビングテクニックであるが、感心してはいられない。俺は顔が固まり、悲鳴を上げるのを必死で堪えていた。その隣で面白そうに笑う無がいる。

 悲鳴を上げられないし、酔ってもいられない。


 やせ我慢でもカッコつけたい。好きな子の前の精一杯の男心である。

 あり得ない早さで、新羅邸の近くに来てしまった。

 捕まらなかったのは奇跡である。

 いや、無事に着いたのが奇跡と言っていい。

 かなりの交通法規を破っている。

 しかし、捕まった所で大財閥の御曹司が、一介の警察に捕まるとは考えにくい。ドラマでよく見る様な裏での取引がありそうだ。



         *



 急に窓の景色が変わる。今までコンクリートやタイルの薄っぺらい塀が並んでいた所から道路を1つ挟むと、重厚な木の塀へと変わった。

 新羅邸の純和風な塀である。

 新羅邸は町の1ブロックを独占している。広さは神園家別宅と同じくらいだと思う。どちらにしろ普通の家の20倍くらいの広さだろう。勿論神園家が異常なのであって、新羅邸も俺の様な一般人から見れば豪邸であることに変わりはない。

 新羅邸は和風の平屋の家。

 神園家は洋風だ。因みに。


 入口は大きな木の門である。

 それに似合わないインターホンを執事・鬼原が押す。

 上を見ると、監視カメラも付いている。金持ちは警備も強化さねばならないのだから大変である。俺のアパートなどは鍵は一つだし、チェーンも壊れてしまっている。

 金がないというのは楽だ。

 でも、それで死にそうになっているのだが。


 執事が応対を終えると、門が開かれる。

 かんぬきを下ろす音がして、ゆっくりと開いていく。

 門が開かれると、若いメイドさんが出迎えてくれた。俺とそう年が変わらないように見える。

 

「お待ちしておりました。私はこの家のメイドをしております、綾部つかさと申します」

 

 綺麗なメイドさんだったが、無のことを少しも見ようとしなかった。


「それではご案内いたします」

 くるりと右を向くと、家には上がらずに庭の方へと歩いて行く。

 少し行ったところに大きな日本庭園が広がっていた。小さいが日本の木々のジャングルのようだった。

 日本庭園の中を抜けると、芝生の茂った広場に出た。

 その広場がパーティー会場であった。立食パーティーと言うのだろうか。綺麗な服を着た人たちがグラスを持ちながら、立ったままで会話を楽しんでいる。何だか俺は場違いな印象を受ける。こういうものはお金持ちがやることで、俺の様な低所得者が、しかも私服で来るべき場所ではないのだ。周りは皆スーツか、ドレスだ。

 それどころか、無でさえ特注のタキシードである。

 俺も提案しなかった訳ではない。鬼原有は俺と同じくらいの体格なのでスーツを貸して貰おうとしたのだ。しかし、無に止められた。

 その方が面白いとからしい。

 訳が分からない……。

 

 まっすぐ会場の中央を進んでいく。無は自動車椅子の操縦レバーを上手く操り、一人で進んで行く。俺と執事はそれに着いて行く。

 変な目線。

 嫌な目線。

 奇異の目。

 汚い物を見る目。

 恐ろしい物を見る目。

 侮蔑に満ちた目。

 憐れみに満ちた目。

 そんな目で、俺や無を見る。

 俺はこの場にナイフがあれば、自らの首を掻っ切っているところだ。そんな目で俺を見るなと喚き散らしてやりたい。

 奴らの目を潰してやりたい。

 殺してやりたい。

 そんな視線に俺は耐えられない。


 膝が崩れる寸前、「よお」と声を掛けられた。

 それによって俺は、なんとか崩れるのを避けられた。

 俺はフラフラになりながらも、頭を押さえてそいつを見た。

 声の主は、新羅大だった。

 

 無は、どこかに行ってしまったらしい。

 この家の主の新羅凱矛の次男であり、俺と同じ小説家だ。売れないがつくが。言ってみれば、俺の同族だ。しかし、決定的に違うのは財力だろう。書けなければ食っていけない俺と、書けなくても食っていける大。圧倒的な親の七光りが、等号で結べるはずの物を不等号にしてしまう。

 そんなことで俺はこいつが嫌いだ。

 大嫌いだ。

 俺の一つ年下であるが、こいつは俺と同等だと思っている節がある。

 敬語じゃないのだ。

 見た目もチャラチャラしている。

 黄色く染めた髪もどこかふざけている。

 

「フラフラだが、大丈夫かよ」

「ああ、大丈夫だ」

「どうしたんだ、こんな所に。と言うか、その格好で」

 

 見ると、大も高価そうなスーツである。


「ああ、取材だよ。取材」

「誰の?」

「神園無という探偵の」

「まさか、この家にいるのか?」

「当たり前だろ。俺がいるんだから」

「出て行ってくれ!」

「何でさ?」

「知らないのか? あいつがなんて呼ばれているか」

「知らないよ」

「アイツはな…『死神探偵』って言うんだ」

「何で?」

「死を招く探偵らしい。行く先々で何人も人が死んでいるんだよ」

 

 そんな不運な人間がいてたまるか、と思った。

 探偵が死体に出くわすのは運命みたいなものだ。しかし、偶然が何度も続くものではないのも事実である。


「馬鹿馬鹿しい。そんな噂を信じるのか」

「いいから帰れよ」

「そんなこと、俺が決められるかよ」

「楽しそうなおしゃべりのところ悪いんだけどさ」


 いきなり無が横から現れた。

 大は「ひい」とだけ言って、必死に逃げて行った。

 それを見て、無は楽しそうに笑う。


「フフフ、小物だね。アレ、君の友達?」

「彼がどう思っているかは分かりませんけど、俺は友人だと思ったことはないですよ」

「フフフ、君は本当の友達って信じる?」

「そんなものいるんですかね。伝説上の生き物でしょう」

「フフ、君は本当に面白いね」


 さてと、と彼は続ける。


「君も付いてきてくれないかい?」

「何処にです?」

「大先生のところだよ」

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