有無相生~十字の痕~

 神園かみのそのないは、語る。

 


     ◆◆◆



 とある冬の水溜りが凍るような早朝だった。これは後に聞いた話で、僕が実際に経験した事件と言うわけではないよ。寒いのは嫌いなんだ。

 その朝のことだ。

「ふゆはつとめて」なんていうけれど、冬の凍えるような早朝なんていいものじゃないよね。寒いからやる気は起きないし、布団から出たくないのが普通の心理だよ。

 けれど、それを見付けた人、仮にAさんとするけれど、違ったんだよ。

 Aさんは、毎日の習慣で五キロのマラソンに出ていた。そのコースは、問題の公園を通り抜けるものだったんだ。

 公園で、Aさんは悲鳴を上げた。

 

 何を見たかって?

 フフフ…

 首さ。

 生首だ。

 少女の生首が、公園のベンチにポツンと晒されていたんだ。

 首から下は、そこにはなかった。

 そして、額には×印が付いていた。

 

 

 被害者の名前は、星乃ほしの聖亜のあ

 彼女はカトリックの信者であった。近くの教会にも定期的に通っており、敬虔な信者であったと言うんだ。

 彼女の学校も「優しい、良い子供で、殺されるような人ではない」と型どおりのコメントを出した。極めて普通のコメントだ。それこそ問題を隠そうとするかのようなね。

 

 それを担当したのは、この前の、怒木警部(詳しくは、別のエピソードにて)

 えみちゃんさ。

 ちなみに言っておくと、「えみちゃん」と呼べば僕だって怒られるよ。

 普通の人なら殺されるから。

 それはさておき、警部たちは一生懸命死体を捨てられそうなところを探したんだけど、首から下の体は見つからなかった。ここらは住宅地もあれば、山もある。捨てられるとすれば山の方だろうと考えたんだろうけどね。

 

 二つ、ヒントだよ。

 首を切るなら、どこから切る?

 この死体は、首を顎のすぐ下のあたりから切られていたんだ。これはどういうことだろうね。

 もう一つは、死体の生活反応。生きているなら傷は治ろうとする。

 どんなに重症でも。

 それが今回の死体にはなかったんだよ。

 

 

           *

 

 警部たちは焦ったよ。

 

 そんなところに追い打ちを掛けるかのように、第二の殺人だ。

 次はバラバラ殺人さ。同じ公園に、今度はバラバラに分断された死体が転がった。

 二つの事件が関連したものだと分かったのは、額の×印だった。

 今回はパトロール中の警官が見つけた。

 パトロールしていたんなら、犯人を逮捕できそうなものだけどね。

 すぐさま、調べられた。

 如月きさらぎ志美ゆきみという女性だった。この子は星乃と同じ学校の生徒で、同じくキリスト教徒だったし、通っていた教会も同じだった。

 死体に生活反応はなかったし、死因は失血死と判断された。

 でも、おかしいんだよ。

 手首から先が見つからないんだ。

 彼女は手首を切られて、失血死したと思われたんだけど、肝心の手首から先がない。

 教会にも、学校にも話を聞いたんだけど型どおりのコメントだった。

 

 

       *

 

 翌日。その日は、雪の降る日だった。

 三人目の犠牲者が出たのは。

 発見場所は学校。

 先の事件の二人が通っていた学校さ。

 またもバラバラ殺人。

 奇妙なのは、内臓がなかったことと、死体が洗われていたこと。

 またも額には×の印。

 発見したのは、一番先に登校した先生だ。

 そして、第一の事件と第二の事件、さらに第三の事件の被害者たちの担任だった。

 現在、彼は精神をおかしくして休職した。

 あまりのショックだったんだろうね。

 まったく……

 

 ようやく学校は正式なコメントを出した。

「三人はイジメを受けていたが、担任はそれを黙殺していた」というものだ。

 担任が、ではないだろうね。

 学校が、だろ?

 

 これは推理でも何でもないけどね。

 

 まあ、そんなことはいい。

 イジメを受けていたのはポイントだ。

 

 

 そんな時だよ。警部がわざわざ資料を持って、僕の所に来たのは。

「無ぃぃぃぃ❤」

 と突っ込んできて「協力して❤」だよ。

 まあ、暇だったからさ。協力はしたよ。

 三人目の被害者は、綾戸あやと希美のぞみ

 同じ学校、キリスト教徒、同じ協会。

 

 

 イジメ。

 キリスト教徒。

 生活反応。

 切り方。

 バラバラ。

 手首。

 内臓。

 血。

 ×印。

 

 

 僕は、警部に聞いた。

「三人目の薬物反応は?」

「少しだけ反応が出たが…」

「内臓を取り、洗ったのに少しでも出るんですから、それはかなりの量ですね?」

「そうだな」

「では、行きましょうか」

「どこに?」

「犯人のところですよ。当たり前でしょう?」

 そんなやり取りをした。

 

 警部はうちの車を使って、僕の言う通りに進んだ。

 その車じゃないと、僕の車椅子は付けられないからね。

 着いたのは、町の教会。

 三人が通っていた教会だよ。

 僕は車椅子で、警部が開けてくれた教会のドアをくぐった。

 そこは、礼拝堂。

 

 正面に飾られたキリストの像に、神父が一生懸命に祈っている。

 僕らのことなんて気付かない。

「神父さん」と呼びかけて、ようやくこっちを向いた。

 目には隈が出来、頬はこけ、かなり痩せているようだった。

 

「どちら様ですか」と神父は言った。

「あなたを救いに来ました」

「刑事さんですか? それとも殺し屋ですか」

「刑事と探偵です。自首しませんか?」

「そうですね、お願いします」

 

 神父は両手を差し出した。

 

 

          *

 

 さて、分かってもらえた? 零夜。

 分からない?

 まあ、解説しようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      *

 

 三人は自殺だった。

 

 聖亜は首吊り自殺。

 志美はリストカット。

 希美は服薬自殺。

 

 そのためにあごの下で首を切り、殺人に見せかけ。

 そのために死体をばらばらにして、殺人に見せかけ。

 そのために内臓を取り出して洗い、殺人に見せかけた。


 連続殺人にすべく、額に十字の傷を付けた。

 キリストの印である十字をね。

 

 キリスト教徒は、自殺してはいけないから。

 それでも神父は、彼女たちを救いたかったんだ。それだけだろう。

 生きているうちに、イジメを受けている彼女たちを救えなかった。だから、せめて死後も苦しめたくはなかったんだろう。

 

 

 

     ◆◆◆

 

 

 

 神父は死体損壊遺棄を認めたと無は言う。

 彼は今もなお、彼女たちのことを祈り続けているらしい。

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