10.くらげ
転校生のみつきは、下の名前が嫌いだ。あたしの「きくこ」なんて名前よりずっとかわいい名前だと思うのに、その名前で呼ばないで、なんて言う。
このクラスでは、誰もがみんな王様や女王様。その子が「イヤ」と口にしたことは絶対やってはいけないのだ。理由だって聞いちゃいけない。
でも、あの子だけ「あいさかさん」って呼ぶのは、ちょっぴり心がムズムズする。そう、これは居心地が悪い、ってヤツだ。
本人がいいって言ってるんだから関係ない、なんて男子は言うけど、そうじゃないんだよなぁ。男子ってそういうトコ、分かってない。
名字にさん付けなんてかわいくないし、クラスでひとりだけそんな呼び方をするのは、私がちょっとイヤだ。
ひとりだけ、という響きはきらいだ。
ただでさえあたし達はずっと「ひとり」なんだから、そうじゃないところがひとつくらいあったっていいと思う。
こんなところでまで、ひとりぼっちなのはかなしい。
それで、あたしは友達のりこに相談した。物知りなりこなら、きっといいアイディアを出してくれる。
りこも、みつきが下の名前で呼ばれたくない、っていうのは気にしてた。やっぱりそうだよね、とどこか心が軽くなる。
「みーちゃんとかならいいのかな?」
「なんだか、ネコさんの名前みたいになっちゃうね」
みぃみぃ鳴く子猫が頭に浮かんだ。かわいい。甘えてくる仕草とか、愛らしくてくるくるっとした目とか、ぷにぷにの肉球とか、もう全部かわいい。
「ネコちゃんかぁ。かわいいよね」
「あっ……!」
りこが「しまった」という顔をする。どうしてそんな顔をするのか分からなくて、あたしは首を傾げた。
そこで、ポンと軽い音がした。
「うにゃ?」
口から出た「あれ?」という言葉は、何故か奇妙な声に変わっていた。おかしいな、そんなこと言おうとしたんじゃないのにな?
「喜久子ちゃん、耳! あと声も、あ〜全部!!」
りこがあたしの頭の方でパタパタと手を振っている。まるで煙でも払うような仕草だ。
けれど、そこでようやく気づいた。あたしは両手に目を落とす。両手の5本の指はみるみる縮まって毛がふさふさとし始め、手のひらにはぷにぷにしたお肉。肉球だ。
ヤバい。またやっちゃった。
「せ、先生呼んでくる!」
「
身体がみるみる縮まる中、パタパタと駆けていくりこの足音を聞いていた。
「先生! 喜久子ちゃんがまた還っちゃってます!!」
この国は、神様がたくさんいる国なんだと先生は言った。神様はいろんなものを住処にして、たまに気が向いたら人間の相手をしてくれたり、結婚までしちゃったりするらしい。
結婚して、子どもができて、その人がまた誰かと結婚する、みたいなことがたくさん繋がって、この国ができたんだって。
なので、この国の人間、先祖に神様がいたりするのだ。
そのせいで、時々たまに、神様の力をちょっぴりだけ使える子が生まれちゃう。あたしみたいな子。そういう子たちは、力が使えない子と一緒には暮らせない。こんな子たちを、大人は「先祖返り」なんて呼んでるみたい。なんだか古臭くて、あたしはあんまり好きじゃない名前。
ここにいるのは、先祖返りの子たちばかり。ドキドキしたりソワソワしたり「感情が高ぶったとき」あたしたちは力がうっかり出てしまうのだ。
あたしたちがちゃんと力を制御するための『学校』、それがこの『神座学級』だ。先生たちもあたしたちも、みんな神様の力を借りられる人間なのだ。
あたしは「やり直しの神様」の血を引くんだって聞いた。持ってる力も同じ、やり直しができる力。
たとえばケーキと大福のふたつどちらかを選ぶとき、はじめにケーキを選んだけど美味しくなかったら「やり直し」をして大福を選んだことにできたりする。こういうのはラッキーって思うけど、ちょっと困ったこともある。
あ、これいいな、と思ったら、勝手に想像した「モノ」に人生を「やり直し」はじめちゃうから。
さっきのは、ネコちゃんいいなぁって思ってたら、人間の人生をやめてネコの人生(ネコ生?)を始めかけちゃった。まだまだ、あたしは能力がちゃんと使えないのだ。
あたしが人の身体を取り戻したのは、夕ごはんの前くらいだった。お昼ごはんを食べ損ねて、お腹がぐぅぐぅ鳴っちゃってた。
ごはんを山盛りよそいながら、気になるのはみつきのこと。最近になって「先祖返り」だって分かって、この学校に転校してきたんだって。こういう子はたくさんいる。転校生は珍しくない。
みつきはひとりでご飯を食べてた。少し考えて、あたしはりこを連れてみつきの席の前に向かった。
「ごはん、一緒に食べてもいい?」
嫌なら違うところで食べるよ、と付け加える。あたしが昼間に「発作」を起こしたのはみつきだって知ってる。そういう子とごはん食べたくなかったり、人とごはんを食べるのが苦手って子がいるのも知ってた。
みつきはあたしとりこの方を見て、少し不思議そうな顔をした。けれどそのうち、大丈夫だよと言ってくれたので、りことふたりで正面に座った。
ここに来るまではどんなところにいたのか、ここの先生のいいところ、悪いところ、いろんなことをおしゃべりしながら夕ごはんを食べた。
「そういえば、あいさかさん、の呼び方、なんだけど」
そうりこが言い出したので、あたしはびっくりしてりこを見た。あたしがネコになってたときも、りこは考えてくれてたんだ。
「名字は嫌いじゃないんだよね? じゃあ、あいちゃん、っていうのは、どうかな」
名字からもじった呼び方に、みつきはゆっくりと頷いた。それがとっても嬉しくて、自然と笑顔が浮かんだ。
「よろしくね、あい!」
あたしの言葉に、あいは優しげな笑みで応えてくれた。
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