にせ物の愛、モノトーンの

ポテトマト

#999998の独白

何かが、足りない。

文也ふみやの困惑は、止まらなかった。

頭から、何かが抜け落ちている。

借りてきた映画の、ワンシーン。

キスなんて、した事ないのに。

熱が、伝わってこない。

あるべきものが、そこに無いのだ。

没入感が、失せてしまった。

画面の、向こう側。

味気ない、キスをしている。

化石のような、二人のキス。

見てると何だか、虚しくなる。

安っぽい絵の、作り方。

古臭くて、色彩も無い。

名作を、見ていた筈なのに。

大好きだった、不朽の名作。

モノクロも含めて、愛していた。

その、筈だった。

どうして、なのだろうか。

急に、愛せなくなってしまった。

単に、飽きたのだと思った。

一種の倦怠だと、勘違いしていた。

しかし、何かが違う。

憂鬱、なのである。

世界の色が、褪せて見える。

灰色の林檎、モノローグ。

どれもが、同じに思えてしまう。

独り言。役者の台詞セリフ、手の触感。

冷たくて、仕方がない。

死体のように、ヒヤリと。

背筋に、走ったもの。

感覚の正体が、分からない。

まるで、悪魔のように。

気持ちが、勝手に動いている。

覗き込むような、その気持ち。

林檎の色素が、見える。

赤は失せて、灰の色。

影のような、薄い色合い。

視界が、歪んでいる。

明らかに、重なってる。

スクリーンの内側、自分の視界。

舌から、消えてしまった。

肌の温もり。

浮かんできた、キスの熱量が。

吸い込まれる。

林檎は、甘酸っぱかったのに。

あんなにも、灰色だというのに。

既に、忘れてしまった。

喉の、奥底。

流れ落ちゆく、暗い味わい。

乾いている。

砂のような、静けさで。

シトリ。

また、シトリと。

腹の内へと、収まってゆく。

冷たい、木霊。

手にした林檎の、触り心地。

脈を、打っている。

自分の血液が。

まるで、他人の肌のように。

熱を、帯びてゆくのが分かる。

林檎だ。

林檎を、手にしている。

現実の物ではない。

ただの、小道具ではないのだ。

心臓。

まさに、彼女の心を掴んでいる。

この、映画の主人公のように。

象徴を、支配したつもりだった。

手の内に、林檎を収めたのである。

しかし、これは灰色だ。

全くもって、本物ではない。

自分を見つめる、赤いまなこ

嘘をついてる、表情が見える。

そう、自分には見えている。

彼女の、まぼろし……。

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