恋よりも恋に近しい

秋色

〈前編〉

「最恋近男子」というアカウント名のツイッターを初めて目にしたのは春の終わり。雨の日も増え、そろそろ梅雨入り宣言がされるかな、という時期だった。

 大雨の後で地元の川の状況を見ようと川の名前にハッシュタグを付けて検索したら出てきたツイートの一つ。でも他のツイートが雨で水位の高くなった川岸の写真をアップしているのに対し、この最恋近男子の写真は異質だった。大雨が少し収まり、夕陽のオレンジ色さえぼんやり見えている写真の付いたツイートは、

「雨やんだ。大雨の後だけどエリィに会う」の一言。


 何か胸に迫る写真だった。ノスタルジックでいて幻想的だ。大雨の後、恋人に会いに行くのだろうか。


 最恋近男子の他のツイートを読むと、日記のように日々の断片をあげている。内容は、恋人であるエリィとの日常がほとんど。「カノジョ」という言い方より、「恋人」という言い方が似つかわしいように思えた。

 写真は風景写真が多く、それにエリィとどうやって過ごしたかがシンプルに書かれてあるだけ。写真はどれもノスタルジックな感じだった。

「とにかく好き」みたいな熱烈な内容ではなく、日常の端々でエリィが登場し、その日が終わっていく感じ。

「シャーペンの芯がなくなったのでコンビニに買いに行った。エリィは、カフェオレ飲んだ」

「テストの結果はさんざんだった。エリィも同じくらい」

「公園でスマホいじってるとあっという間に日が暮れた。エリィを家まで送る」

……とか。

 そんな内容でありながらエリィは後ろ姿でしか登場しない。自分自身も、黒眼鏡に感染対策マスクで自撮りした写真が僅かにあるだけだ。黒眼鏡は普通はかけていなくて、身バレを防ぐ目的なんだろう。男子高校生みたいなので、身バレしないように、というのは分かる。それでも最恋近男子が美形の男であるのは隠しようがない。

 


 正直言って羨ましかった。自分の恋愛の事をこうして日記のようにツイッターにあげられる事が。と言うより、同じ高校生なのにこんな普通の青春をおくっている事が。

 自分と言えば、好きな女の子と軽い会話をする事も無理なのだから。自分にも片思いの相手はいる。樹里という、小中高ずっと同じ学校に通っている女子。と言っても小六の時に転校してきたから小学生時代を一緒に過ごしたのは数ヶ月だった。色白で小柄で笑顔の印象的な子。

 中三のバレンタインにはクラス全員に友チョコを配って回ってた。うちの母親はプレゼントのリボン等は使い回すために、箪笥の引き出しにしまうという貧乏性があった。母親はたいてい自分の入れた物の事を忘れ、時々引き出しから意外な掘り出し物を見つけては、大喜びをする。今は都会のマンションに住んでる新婚の姉ちゃんも同じような感じだ。都会の新築マンションは今やわが家と同じ混沌の様相を呈している。


 とにかく樹里の友チョコのリボンも箪笥の引き出しに今も入っていて、たまに開けると顔を覗かせ、そこに添えられていた少し下手な字のメッセージを思い出してしまい、つい頬が緩む。


 樹里が同じ高校を志望していると知った時にはうれしくて舞い上がったものの、結局、高校ではクラスも違うし、話をする機会もなかった。たまに通学のバスの中で一緒になるけど、話しかける勇気もない。

 最恋近男子は、どうやってエリィと付き合うようになったのだろうか。ふと気になった。エリィがバレンタインに本命チョコを渡したとかだろう、きっと。美形男子みたいだから、それも有りうる。




 最恋近男子の事を知って以来、二日に一度は彼のツイートを確認するようになった。一つにはその日常に対する憧れから。もう一つの理由は、その写真があまりに自分の郷土の景色のものばかりで、身近に感じられるから。というより、これはかなり近辺に住む高校生に間違いなかった。自分の住む地域は田舎で、高校もそんなには多くない。僕は、いつも彼の画像を確認して、それがどこから写されたものかを考えるようになった。 

 ある日、彼のあげてある写真が、自分の通っている高校の裏手から見た山の風景である事に、気が付いてしまった。自分自身、この裏門から自転車で帰る事が多いので、その風景は見てすぐ分かる。試しに自分のスマホで写真を撮ってみたら、最恋近男子のツイートに添付の画像とほぼ同じに撮れていた。


 ついに最恋近男子は自分と同じ高校に通っている男子ではないかという疑惑が濃厚になった。


 この事に同じ高校の生徒達は気付いてはいないのだろう。閲覧数も少ないし。自分自身、彼に「いいね!」は押さない。元々彼のツイートに付く「いいね」は一桁や二桁なので、下手に付けると目立ってしまうからだ。それでも印象的な画像を見ると、つい「いいね!」を押してしまうクセが自分にはある。すると気のせいか次のツイートまでの間隔が少し開いているような気がした。しまった、相手を怖じ気付かせてしまったかな、と後悔したり。

 

 そして偶然とか運命とか決定的な事というのは、意外と起こってしまうものなんだと僕は学んだ。一学期が終わりに近付いた頃、ひょんな事から僕は最恋近男子の有力な候補を見付けてしまったのだ。

 それは宇城未散だ。クラスは違うものの、芸術科目で同じ美術を選択していて、週二回の授業で、顔を合わすB組の生徒。油絵の具を使った後の筆を洗うため水道の前で待っていた時、彼の右頬にうっすらとした傷跡が光の加減で見えた。その瞬間、僕は心臓がバクバクした。それは、画像の最恋近男子の黒眼鏡の下からマスクまでの間にうっすらと見える傷跡に似ている。

そう言えば細面の顔立ちも似ているのだ。

 相手は、自分の視線に気が付いて、ふっとこちらに目を向けた。



「何?」


「いや、何も。学食行くのに急いでるだけ」


 そんな簡単な会話が交わされた。



 宇城未散は大人しく地味な印象の高校生だ。顔色も悪く、活気がない。もちろん自分も人の事は言えないけど、光がないやつ。そんな印象だ。だから最恋近男子が宇城だと思うと、少し失望感もあった。その反面、ああいう地味に見える男子高校生が、学校の外では恋人と過ごして充実した青春をおくれているというのがカッコいいとも感じられた。

 だから僕は決心したのだ。片思いの相手である樹里に自分の気持ちを伝えようと。


 


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