横浜異能(テレパス)〜細かいところしか伝わらないラブコメ

西園寺絹餅

第1話 読心(テレパス)は港青人を浪費する

 異能が宿ったのは8歳の時分であった。


 親譲りの無鉄砲で損ばかりしていた幼少期、気付けば世界は謎の異能集団に汚され、そのまま零落の運命を辿りそうだったところ、自分にも知らぬ間に異能と呼ばれる力に目覚め、世間的に言う"選ばれし者"となっており、子供ながらも、大抵大人たちの中に混じり、右往左往しながら職務を全うした。


 しかしながら、異能は数年で消え失せた。偉そうな科学者曰く、"君のは子供ならではの、夏風邪みたいな一過性の物だったようだ"との事で、非常に簡単に、なんとなく自分に宿ってきた正義の者として印が、音を立てて崩れ去った。


 呆気なく。


 実際異能が宿る人間なんて、そんなものなのだ。


 突然宿ったり宿らなかったり、消えたり現れたりする――泡のようで曖昧な現象。


 中には宿った異能を保ち続け、敵対する異能集団と戦い続ける、そんな"本物"も居るようだが、その実、普通の人間が目覚める異能なんて、こんな程度の、"偽物"。


 元異能者(ゼロ)――そんな呼び名に降格し、高校生になった今や、自分が"選ばれし者"だった事を知る人の方が少ない。


 結局のところ、有って無いような、齢を重ねるに連れ薄れていった、そんな哀れな存在。


 今の自分にとって、異能者(ファースト)は、遠い存在。


 酷くかけ離れた存在。


 ――どうでも良い、存在。


 ###


 今昔関わらず、酷く人口の密集したこの横浜の街中に、無駄に大きな土地を占領している「横浜統合学園」には今日も多くの生徒が通う。


 マンモス校とは名ばかり、実のところただ生徒数が増えてしまっただけのこの学園は、とある昨今の「情勢」で校則がかなり厳しくなったのもあって、嫌でも生徒諸君に真面目な雰囲気が漂う。


 服装もきっちり着こなし、

 髪型も定められた基準に沿うよう指導され、

 非行は尽く淘汰される。


 ――そんないい意味でも悪い意味でも色味ないお利口なこの学園内に、一際目を惹く女子生徒が今まさに校門を抜け、登校中の集団に花を咲かす。


 ミネラルウォータを敷いたような薄色のロングヘアに黒の繻子をあしらい、無機質ながらも自然的で美しい肌、どこか儚さを帯びた空色を彩った瞳は、彼女の乏しい表情すらも魅力的に映す。


 姓を磯子(いそご)、名を瀬谷子(せやこ)、容姿に似合わぬ日本的な平板の響きを携えた彼女は、今日も今日とてみなの目を惹く。


「なんて美麗」

「とても綺麗」

「朝からやべえ」


 異性同性口々と、瀬谷子の周りは背を伸ばしたり鼻を伸ばしたり忙しなく。


「…………」


 しかしながらその当人、別段特段気にもせず、というよりも完全に無関心の様子で、淡々と歩みを進めて自分の教室へと向かっていく。


 嫌に眩しい太陽の光を背に、これまたいつも通り目を惹かれながら自席へと腰を下ろす。

 これが彼女の日常である。


「おはよう磯子さん」


「………」


「お、おはよう磯子」


「……」


「あ、あれ…」


 そして級友への完全無視の振る舞いもいつも通り。


 磯子瀬谷子は無口な――というより冷たく近寄りがたく、世間的に見れば無愛想で変わった生徒だった。


 ある意味問題児。だがそれは学校側では取り締まるに取り締れない。明朗快活は義務ではないのだから。


「…………」


 瀬谷子が荷物を机に入れようところ、机の中に入っていた手紙のような物を手に取る。


 ラブレターだ。


 今時こんな物を渡す人間も居るものなのかと思うところだが、瀬谷子は全くもって他人と喋らない。


 それは高校生になってから3ヶ月経った今でもほぼ毎日継続され、周囲の人間を色々と悩まされている。


 説教しようが、告白しようが、全て聞こえてない様子で無視される。


 つまるところ、かような彼女と交際したいと思う酔狂は、このくらいしか想いを伝える手段がないのだ。


 容姿が人よりも優れている……だからこういうのは、日常よくある事だった。


「…………………」


 瀬谷子は数枚あった色々とりどりのそれらを持って立ち上がると、なんの躊躇もなく教室のゴミ箱へ向かう。


 周りの動揺なんて気にもせず、無表情で淡々と、彼ら(もしくは彼女ら)の思いの丈を、慈悲なく粉砕した。


 ――磯子瀬谷子は、そういう女なのだ。


(……下らない)


(……低俗な年頃とは言え、みな、懲りない)


『………………………だからこそ、そこの"誰かさん"も早く寄越せば良い…』


 ###


「今朝もハマの"沈黙姫"は健在だねえ」


 朝のホームルームが終わった時分、学級委員である港青人(みなとあおと)周りを始め、クラスはその話題で持ちきりだった。


 いつもの事、と言ってしまえばそれまでだが、やはりあの瀬谷子の行動を目の当たりにすると、彼女の非情っぷりに誰もが食い付くのだ。


 曰く、悲しいけれどその冷徹さが妙、とか。


 曰く、寧ろあの清々しいまでの冷酷さを是としたい、とか。


 みなして磯子瀬谷子の行動を神格化するが如く肯定を示す。


 だが、それはあくまで「磯子派」の者たちだけ。


 ただでさえお堅い学校の横浜統合、その学級委員という立場である青人にとって、磯子瀬谷子という女子生徒は、当然恋慕も熱情もなく、かと言って強い拒絶的感までは無いが、自身の"立場的"に目に余る存在であった。


(全く……)


 正直クラスメイト、基い女子としては「どうでも良い存在」だが、実際のところは気掛かりな存在。


(どうしたものか)


 一応中等部から模範生徒的に学級委員やら生徒会やら参加して来た青人としては、表向きにも裏向きにも、彼女の存在は悩ましい。


 それもその筈、彼は――


「なあ、委員長もそう思わんかね」


 眉間に手をやり考え込んで居る彼のもとに、だらしなく鼻の下を伸ばした磯子派の野球部員(補欠マン)が来て、青人の机の上に乗る。


 下敷きで仰いでるせいで、朝練終わりの制汗剤の香りがうざったかった。思わず眉間にシワが寄る。


「いやぁ、衣替えでさらに魅力度が増した姫さま。かぁー、酔うねぇこりゃ」


「……匂いの強い制汗剤は校則で禁止されてる筈だが?」


「あら失敬。しかしながら汗臭いより良い選択かと、拙者思うんでごわす」


 小さくため息を吐く青人。


「は、匂いの限度を考えろって事だ。次からもっと軽い物のにしろ」


「ういうい」


「んで、お前お前でまた磯子信者やってんのか」


 青人の言葉に、坊主頭はわざとらしく手を広げる。


「おいおい、信者でなにが悪いよ。宗教は自由って先生が言ってたぜ」


「……もう高校の6月、ほぼ毎日繰り返されてるあの光景に、よくも飽きずに心酔できるな、って感心してんだよ」


 青人に諦めたように言われ、いや呆れてんじゃねえかーい! と無意味にどつかれる。このノリに付いていけない。


「しっかし委員長、例によってアンチ磯子ゆえ、今日も冷めておりますな。お前にぁ美少女にあしらわれたいという欲がねえの?」


「普通はない。それより俺は磯子のあの行動の方が――」


「はいはい委員長乙。アンチの前にゃぁ、何も響かんのは自明の理ですねー。そら、♪聞き分けのない女の頬をー」


 えらく昔の歌を音痴で汚しながら自席へ帰る坊主頭。


 名前の順で近くの席になり、瀬谷子が何かする度に、青人にああやってちょっかいを掛けて来るが、表向きの学級委員である手前、毎度厳しい物言いをしてしまう。


 それでも懲りないのがやつの良いとこなんだろうが……。


 しかし


(高校生男子の異性への興味は確かに高い)


(しかしこいつらの場合は節操さは危険だ。いくら魅力的に見えるとは言え、侵され過ぎてる)


(それが俺が、磯子へ厳しく行けなくなる理由……信頼を失うのは1番まずい)


(……アイツには、本来近づいちゃいけないのに)


 腕捲りをし直して、ふと、青人は少し離れた瀬谷子の席を見る。


 クラスメイトとしては「どうでも良い存在」とは思いながらも、実際に見てみれば彼女の横顔はやはり綺麗だ。

 それ自体は良い……青人だって、全く女性に興味がない訳ではないのだから。


 だからこそ


(なあ、磯子……)


 青人は思ってしまう。


(お前は、人間に化けてまで)


「どうでも良い存在」の筈の彼女に――学級委員とか関係なく、ただただ1人のクラスメイトとして


(そんなに――)


 思う。


『"誰から"のラブレターを待ってると言うんだ』


 ###


 彼の疑問に小さく息を吐いたのは、他でもなく、件の"彼女"だった。


(待っ……今……"誰から"って………)


 その無関心の仮面から、小さく瞳が動いた。


 髪留めの黒繻子が、揺れる。


(なんなの……貴方いつもは私に対して悪態吐く。もしくは、遠ざけた物言いする……興味無い素振りばっかりしてる…………)


(……私のこの姿のせいで、貴方の心の声がテレパスされてしまうとは言え……これは分かりやすいツンデレ……)


(……私の"敵(アンチ)"のくせに)


 瀬谷子本人だった。


『だからこそ、なのかもしれない。もし貴方を落としてみたら、って考えると…………いや、別に貴方を将来のパートナーとしてお近づきしたい訳とか、そういうのは違うけど……………』


『…本当に』


 ###


(……なっ、アイツなんて事を思ってやがる……)


 そして、そんな彼女の内心に顔を上げたのは


("別に好きじゃないけど落としたい"とか……いやもう分かりやすいツンデレか!)


 残念ながら、港青人その人である。


(全く……昔の名残で未だ心の声がテレパスされるとは言え……よりによってなんでアイツを……)


 彼の、裏向きの、本来の役目。


 それはこのクラスに居る、もう1人の異能者を監視する事。


 つまるところ、青人と瀬谷子は――


(アイツは……本来俺らの――敵なんだぞ)


(……そう、だから俺は別に磯子の事が気になってるとかじゃない。俺は敵を監視してるだけ……単に聞こえてきて気になってるだけ………アイツが好きになった男とやらを、アイツの手から守るため……マジでそれだけ……)


(そうだ……)


 ###


(そう……)


 ###


(俺が――)


 ###


(私が――)


 ###


((敵を好きになる訳、ないもの))

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