第47話

「う……うああぁぁっっっ……」


黒い靄は、王太子殿下を包み込んだ時よりも濃く、暗い。大きな剣の形となりハンス王子の心臓を突き刺そうとする。


「駄目っ!」


このままでは、ハンス王子は死ぬ。直感でそう思ったわたくしは、黒い剣を素手で掴んだ。


「……は? な、何やってんだよ!!!」


ハンス王子が何か叫んでいらっしゃるけど、返事をする余裕はない。この剣を防がないと。手から血が滲んでいるが、気にしていられない。


「……大丈夫……怖くない……フレッドが来てくれる……」


王太子殿下の黒い靄を触った時と同じく、嫌な思い出が蘇る。いつも姉が優先だった。わたくしは、誰にも大事にされなかった。


だけど、先生と出会って、エリザベスと会って、フレッドと結婚して……。


「怖く……ない……怖くない……わたくしはフレッドの妻だもの……」


いつもわたくしを大事にしてくれるフレッド。でも、大事にするだけじゃない。ちゃんとわたくしを信じていろんな事を任せてくれる。フレッドだけじゃない。新しい家族は、みんなそうだ。


辺境伯夫人の仕事を、失敗ばかりするわたくしに全て任せてくれたお母様。

いつも優しくフォローしてくれるお父様。

笑いながら自分の失敗談を話してくれるカール。

一緒に頑張ろうと励ましてくれるミリィ。


フレッドは、わたくしがやりたいと思った事を全てやらせてくれる。間違っていれば、教えてくれる。わたくしを自由にするだけでなく、役割を与えてくれる。わたくしを頼ってくれる。


昔の事を思い出して悪夢を見る事もあった。だけど、いつもフレッドが優しく抱きしめてくれた。


わたくしは強いから大丈夫だと無理に笑ったら、フレッドはわたくしが強くても弱くてもどちらでもいいと口付けをくれる。強いわたくしも好きだし、弱いわたくしも好きだから、無理だけはしないで欲しいと言ってくれた。ありのままのわたくしが好きだと言って抱き締めてくれた。


無理をしなくて良いなんて言われた事は無かった。無理しないと、やっていけないって思ってた。わたくしは強いから大丈夫だと言い聞かせて生きてきた。


どれが無理なのかすら分からなかったわたくしに、根気よくフレッドは教えてくれた。


フレッドのおかげで、いつしか悪夢を見る事はなくなったわ。


……だから、こんなものに負けない。


ハンス王子には、この剣は見えてない。きっと王子の魔法は失敗したら代償を払うのだろう。そんな魔法があったと、本で読んだ事がある。今までは、無理だと思ったら魔法をかけずに止めていたんだ。だけど、今回は失敗を厭わずに全力でわたくしに魔法をかけた。そして、代償が自分に還ってきたんだわ。人を操るとは、そういうことだ。リスクの高い魔法だったから廃れたのだろう。わたくしを操る事は出来なかった。きっとハンス王子は死ぬ。だけど、この剣を防げばハンス王子は死ななくて済む。


何故か分からないが、そう思える。彼を守らないと。そう思ったら、腕に隠していたブレスレットが強い輝きを放ち始めた。大きな盾の形を成し、黒い剣を防ごうとする。


盾の輝きは強くなる。大丈夫、わたくしは絶対に負けない。


「あ……あ……あぁっ……」


ハンス王子は、真っ青な顔をして震えている。王子が怯えれば怯える程、剣の色は濃くなる。


「しっかりなさいませ! 貴方様が怯えれば怯えるほど危険です!」


「……だって……このままじゃ僕は……要らないって……」


先ほどの話で分かった。ハンス王子は、過去のわたくしと同じ。


「ハンス王子は、ご家族が好きですか?!」


「好きな訳ないだろ! あんな奴ら、大嫌いだ!!!」


「どうしてこんな事をなさったのです!」


「そうしないと……城から追い出すって……アンタが悪いんだ!! アンタがさっさと僕に惚れてくれれば……」


「わたくしが惚れたのはフレッドです! 貴方みたいな男性、一切興味はありません」


「なんで! みんな僕を好きになるのに……何回一目惚れされたと思ってる! だから利用価値があるって生かしてもらってたのに! なのに、アンタの国は誰も僕に見向きもしない! アンタも、エリザベスも!」


「わたくしが一目惚れしたのは、フレッドですわっ!」


「……は? あの熊に……一目惚れ……?」


「いい加減に熊と呼ぶのをおやめいただけませんか! フレッドは世界一素敵な男性ですわ! 出会った瞬間、心からときめきました! 王子、わたくしも家族には恵まれませんでしたわ。でも、フレッドが大金を払ってまで実家と縁を切ってくれました」


「それはっ……! アンタを逃がさない為だろう!」


「いいえ、フレッドはちゃんとわたくしに聞いてくれました。わたくしの希望を優先してくれました! 選んだのはわたくしです!」


「……じゃあ……アンタは自分で……家族を捨てたの……?」


「ええ! あんな家族要りません! 縁が切れた時は、とってもとっても嬉しかったですわっ!」


その時、ゲートが開き、聞き覚えのある声がした。


「シャーリー!」


やっぱり来てくれた。これでもう大丈夫。そう思った瞬間、光の盾が黒い剣を包んだ。剣は砕かれ、粉々に消えた。


「フレッド! 待ってたわ!」


もう大丈夫。愛しい夫の胸に飛び込んだ。


「……アンタは良いね……そんないい男に選ばれて……女は良いよな! 男に寄生して生きていけば良いんだから……!」


ハンス王子が、わたくしを睨む。

その瞬間、フレッドの全身から殺気が放たれた。


「シャーリーが私に寄生した事なんてありませんよ。何故そんな発想になるのか、理解に苦しみます。私の妻に、何をしようとなさったのですか? ご説明下さい」


「……あ……あ……」


フレッドの殺気に当てられて、ハンス王子は震えて動けず、話す事もままならない。いくらなんでも、このままでは可哀想だ。


「フレッド、ここに記録してあるわ」


懐に入れておいた記録玉を取り出し、フレッドに見せる。


「さすがシャーリーだな」


「な……ななななんでっ!!!」


「うふふ、わたくしを攫おうなんて甘いですわ。さ、早く王太子殿下の魔法を完全に解いて下さいませ」


「なるほど、王太子殿下の異常なご発言は魔法のせいだったのですね。これは立派な証拠になるな。シャーリー、よくやった。これで、女性が男性に寄生して生きてるなんて世迷言だと証明されましたね。シャーリーも、貴方様が馬鹿にした女性です。こちらの記録玉を証拠とし、国際会議で訴えさせて頂きます。シャーリーを攫うなんて、許す訳ねぇだろ。さ、王太子殿下の魔法を解除して下さい」


「……嫌だ」


「この状況で、貴方様に選択肢がおありだとは思えませんが」


「魔法は、解除してやる……だから……その記録玉を寄越せ」

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