ユニゾンメモリ ~アンダンテスピンオフ~

宇月朋花

団地組

第1話 いつかの大晦日

「・・・・んー」


ごろりと寝がえりを打った妹の頭が膝から零れないように抑えてやりながら、颯太は温くなった湯呑に手を伸ばす。


時計の針は11時35分を指していた。


紅白もフィナーレを迎えている。


部屋の中を見渡せば、幼馴染の殆どが沈没していた。


昼間あれだけ走り回ったのだから無理もない。


それにしても、この暮れせまった31日に5軒そろって大掃除することも無いだろうに・・・・


母親たちが相談して、31日に5人の家を一気に纏めて片付けようと取り決めたのははるか昔の話だ。


チビたちがまだ本当にチビでガキンチョギャングと恐れられていた頃。


片付ける端から荷物をひっくり返していく子供たちに手を焼いた母親たちが何とか子供たちを大人しくさせようと頭を捻って考えたのがこの作戦。


時間をずらして、1軒を全員で片付ける。


その間、子供たちは未処理の家で暴れついでに障子を剥がしたりダンボールを潰したり簡単な掃除をさせる。


これが功を奏して、毎年頭を抱えていた大掃除がスムーズに終わったのだ。


母親たちはがっちりと握手を交わしこのシステムを来年以降も続ける約束をした。


そんな遠い日から早数年。


チビたちも中学生になり、大掃除の有力選手となった今、母親たちは年一度のこの行事をほぼ子供まかせで行うようになった。


自分はイスに座って監督役である。


文句を言うわけにもいかず黙々と働いた子供たちは、大掃除の終了と同時に毎年持ち回りで5人の家のどれかに集まって年を越す。


ちなみに今年は大人組忘年会は京邸、子供組忘年会は多恵、颯太邸となった。


毎度おなじみの子供カレー(大晦日の夜、子供たちだけで作る特製カレー)を今年は颯太がバイトで仕込んだ手際の良さであっという間に作ったので、空いた時間はお遊戯タイムとなった。


トランプ、人生ゲーム、ウノ、百人一首・・・


遊び疲れて映画鑑賞になったとたん聞こえてきた寝息に、まだまだ子供だなーと微笑ましく思う。


ソファで肩を寄せ合って眠る南とひなた。


その足元で丸くなる京と実と柊介。


そのうち、ここを離れてあっちで寝るようになんのかねぇ・・・


無意識だろうが、しっかりと握られたトレーナーの裾。


決して離してなるものかと掴まれたそれを見て颯太は苦笑する。



「兄ちゃん泣きそうだよ・・・」



例えば10年後、多恵が誰かの手を取ってこの家を出る日が来たら、この家族の中で一番に泣くのは間違いなく自分だろう。


どっかの歌じゃないが、花婿の胸倉掴んで殴らせろとか言ってそうだなぁ・・・そんでたぶんこの身内総出で止められんだろーなー・・・


「大丈夫だぞー、兄ちゃんいるからなー。南たちもいるからなー。いなくなったりしないぞーおいてったりしないぞ」


呟くようにそう言って多恵の髪を優しく撫でる。


妹にとって唯一の優しい場所。


妹たちにとって唯一の帰れる場所。


それがいつまでも続くように、ずっとずっと続くように。




やがて多恵の指の力が緩んで皺のよったトレーナーを解く頃、除夜の鐘が鳴り始めた。


颯太は妹の肩を揺すって起こす。



「多恵ー起きろー年明けたよ」


「うー・・・何時?」


「じゃなくておめでとう」



寝ぼけたまま颯太の腕にしがみ付いてくる多恵の頭を撫でてからソファの連中を指さす。



「みんな起こしてやんな」


「んー・・・・あーおめでとうございます」


「はい、今年もよろしく」


四つん這いで幼馴染に近づくと多恵は大きく息を吸った。


「起きろー!新年おめでとー!!!」


弾かれたように眼を開けたのは京。


「おめでとー」


そう言って多恵の首にしがみつく。


「ぎゃ苦し・・」


京の横に倒れ込んだ多恵に気づいて目を覚ましたのは実と柊介。


「んな・・・なに?」


「多恵、俺の腕敷いてる」


「だって動けないし・・・」


その声で目を開けた南とひなたがにっこり笑う。


「おしくらまんじゅうみたい」


ひなたの言葉に南が悪戯っ子のように眼を輝かせる。颯太を見て手招きした。


「南ー顔に書いてあるぞー」


「えーいいじゃない、明けましておめでと」



ひなたの頬にキスした後、颯太にも同じことをして、南はソファの下でくっついている4人を包むみたいに抱きしめた。



「みんな大好きー明けましておめでとー!!」


「ぎゃー南ちゃん重い、重い」



柊介の悲鳴に颯太が笑う。


「良かったなー、柊、実、役得役得」


「初詣行こうよ!!」



眠たげに眼を擦っていたひなたが窓の外を指して言う。


ちらほらと見えるのはもしかしなくても・・・雪。


「さっむいぞー」


「全然平気ー!行こう!!!」


勢いよく飛び起きた多恵にしがみついたままの京も一緒に起き上がってくる。


それを受け止めて実が言った。


「上着取って下に集合?」


「だなー」


「お兄一緒に行ってくれるの!?」


多恵が南の腕に凭れながらこちらを見上げてくる。


「おー行くぞー。んでお御籤引こうな」


「うん!」


「ひな、耳あてとマフラーもいるわよー」


「ピンクのほあほあのヤツお揃いでしよっか」


にっこり笑うひなたに南はほんわりと柔らかい笑みを返した。


「あーもーうちの子って可愛い」


もう何百回目のそのセリフにみんなで笑う。



「お兄、こないだしてたマフラー貸して?」



多恵が期待大の目を光らせて腕に纏わりついてくる。


去年は一緒に初詣に行かなかった。



「しゃーねーなー・・・お年玉でお前にやるよ」



そう言って颯太が笑った。


「やった!さっすがお兄、日本一!!!」


多恵が弾けるような笑い声を上げた。

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