Novelber day 10 『誰かさん』

 この街には噂があった。ある日、自分にそっくりな、知らない人間が現われる。彼/彼女は勝手知ったる庭のように街を闊歩する。最初に現われるのは、夕暮れの短い間だけだけど、少しずつ出現時間が延びていって、やがては本人の立場を完璧に乗っ取ってしまうんだって……。ドッペルゲンガーみたいな話だけど、別に見つけたって死にはしない。だって、私も今こうして、彼女の背中を見つめているのだから。

 彼女は、私の友人達と一緒に、通学路を歩いている。私と同じ顔だけど、私はしないような表情で――弾けるような笑顔で。

 きっと彼女には、あの子達への劣等感も、将来への不安も、家に帰ることへの拒絶感もないんだ。しがらみ全部を取り外した私は、ああいう風に笑えるんだと思うと、ほんの少し泣けてきた。

 鞄の中には、お年玉を貯めた通帳とお財布、少しの着替え、いくつかの大切な思い出の品だけを詰めた。……きっとこの辺りが潮時なんだ。私は、彼女に「私」を預けて旅に出る。

 瞬間、彼女がそっとこっちに視線を向けた気がした。けれど私は既に、背を向けてしまった。

 もう二度と、この街には戻らない。……さて、私はこれから誰になるのだろう?

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