龍神と娘

草群 鶏

龍の髭

「ちょっと里帰りしてくる」

 龍神に伴われ天上にすまいを移したものの、季節は巡って実りの秋。里の様子はやはり気になる。里での暮らしは自由こそなかったが、大事にされていたことには変わりない。せめて無事を伝えられればと、娘は身支度もそこそこに地上との通い路をひらいた。

 つん

 なにものかに足をとられる。咄嗟に宙を掻くが叶わず、娘はものの見事に転んでしまった。したたかに打った肘や膝をさすりさすり、恨みをこめて振り返れば、足首あたりにあまりに見慣れた鱗の並び。

 腹の底から声が出た。

「なにするの」

「俺じゃない」

 鈍色に光る鱗は弧を描いて青年の衣の裾へとつながっている。誰がこれを見間違えようか。

「じゃあ誰だって言うのよ」

「しっぽが勝手に」

 あまりに苦しい言い訳に、そんなわけあるか、と言い返しながら振りほどく。一度緩んだ尾の先は、ふらりとさまよって今度は娘の腰に巻きついた。

「ちょっと、いい加減に」

「戻ってくるか」

 いつもなら娘を怒らせる減らず口が、たった一言。こちらを向く広い背中も、こころなしか丸まっている。

「……帰ってくるわよ」

「ならいい」

 しぶしぶ離れていく尾に娘が手を滑らせると、龍神はのそりと立ち上がった。

「これを」

 左の小指に金色の髭。巻きつけられたのは用心か、それとも。

「早く行け」

「誰のせいだと思ってるのかしら」

 素直じゃないのはお互いさまだ。娘の行く手を遮るように、地上ではさらさらと雨が降っている。

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