006:魔界の荒野に放り出される①


「うーん、ここまでやるとは……」


 ヴィータの眼前には乾いてひび割れた地面が広がっていた。

 枯れ木のようなものがポツポツと生えているだけの荒野である。


 ヴィータが国から追放され、頬り出されたここは魔界だ。


 人間界と魔界の境界線には巨大な防壁が張り巡らされており、モンスターの侵入を硬く拒むと同時に人が魔界に迷い込む事を防いでいる。


 そのため普通の人間が魔界に来ることなど滅多にないのだが、ヴィータは魔王討伐のための勇者パーティの一員として何度か攻め入った事があった。

 その記憶から今、自分がいる場所が魔界の南部であると推測できたのだ。


「この空気、久しぶりだな……もう、しばらくは来ることがないだろうと思っていたのだが」


 人間界よりも濃い魔力を帯びた空気には魔界独特の奇妙な感覚がある。

 魔法剣に選ばれず、そして魔術の才能もない筋肉人間であるヴィータにはそれをうまく言葉にはできないのだが、鼻の奥を魔力がくすぐるような感覚があるのだ。


「さてと……」


 ここは魔界南部に広がる巨大な灼熱の荒野。

 人間界に近い事もあり、魔物は少ない。


 もっともモンスターがいたところでヴィータの敵ではなく、脅威にもなり得ないのだが……それよりも問題なのは水と食料だった。


「まずは水だな」


 少しくらい食わなくとも人間は死んだりしない。

 だが水分は別だ。

 人は必要な水分がなければ三日ともたない。


 鍛え抜いた肉体を持つヴィータでもそれは同じだ。


 加えて、大地も空気も乾くこの荒野は極度の乾燥地帯でもある。

 普通の人間ならば普通に歩いているだけでも1日ともたずに干からびてしまうだろう。


 絶対に雨が降らないというワケでもないのだが、降水確率は極めて低い。

 頭上を見上げてみれば、予想通りの猛烈な日差しが青い空から降り注いでいた。


 雲一つない快晴。

 その景色は恐ろしいモンスターたちの根城である魔界のモノとは思えないくらいに美しいのだが、猛烈な熱気は生命に優しくない。


 灼熱の世界で砂漠化した足元には見たことのない生物の白骨化した頭部が埋まっていた。


 ここは人間の世界ではないが、モンスターにすら厳しい世界なのだ。

 ヴィータでなければこうして思考を巡らせているこの間にも火傷を負っていただろう。


 わざわざ国からここまでヴィータを連れてきた王国騎士団の馬車は、ヴィータをポイ捨てするとさっさと帰って行ってしまった。

 食料の一つでも置いていってくれるかと思いきや、水すらない。


「貴様にはお似合いの場所だろうよ、落選者!!」


「せいぜい地獄を楽しむんだな、クソ反逆者!!」


 置き土産はそんな罵声だけだった。


 魔界は騎士団にとっても危険な場所だから仕方がないのだろうが、あまりにもひどい。


 これでは「そこで死ね」と言っているようなものだ。

 追放と言うより、死刑である。


 ヴィータは「このままどうせ死ぬくらいなら騎士団に抵抗するべきだったかも知れないな」と少しだけ考えたが、結局は「人類を救うための勇者が仲間である人に手を上げるのもおかしなことだ」とそれを否定した。


 人は与えられた環境に適応して生きるしかない。

 それが落選者として虐げられてきたヴィータが導き出した人生の形なのである。


 魔法剣信仰の事はヴィータも知っていた。

 子供のころから嫌でも思い知らされてきた。


 それが大人になり、勇者パーティの一員になってさえも騎士たちにあれほど露骨に嫌われていたのは予想外だったのだが……。


「魔法剣に選ばれなかったとは言え、俺も魔王討伐のために共に戦った仲間のハズなんだがな」


 ヴィータは騎士団たちに理不尽さを覚えながらも「まぁ考えても仕方がないか」と首を振る。


 記憶を頼りに現状を確認しつつ、これから取るべき行動を選択する事に集中する事にした。

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