ウザ可愛い系の義妹かと思ったらただ嫌われているだけででも結局好かれているような気もしなくもない闇の深そうな女とオレの話

@morukaaa37

第1話 プロローグというほどでもないただの日常



 冷えた水が、オレの顔を心地よく洗い流す。重たい瞼が覚醒し、肌の乾燥が和らいだのがわかった。


 オレは蛇口から流れる水を止め、顔を上げる。


 目の前には、中学生の時より整った顔をしたオレの姿があった。


 別に、転生したわけでもなければ、整形したわけでもない。ただ、今時の思春期男子が苦悩の末、日々欠かさず努力をしてきた結果。


 劇的に変化したかと言われれば、ノーと答える。だが、汚くたるんだ肌や、質の悪かった髪の毛、半開きの唇や重度の奥二重。自分の力で改善できる箇所は、全て全力を尽くし、今、この顔を手に入れた。そのことに誇りを感じ、満足しているとは自信を持って答えれる。


 「結人ゆいとー、早くしないと遅れるわよー」


 台所から母親の声が聞こえてきた。オレの変化を全く気づいていないのか興味がないのか、オレの顔には全く触れられたことがない。

 まあ、そのおかげで垢抜けすることを変に意識する必要がなかったのだが。


 「……はあ、分かってる。てかなんで起こしてくれなかったんだよ」


 時刻はすでに、8時を回っていた。いつもだったら、7時半には起こしてくれるはずなのに。

 まあ、起こしてくれること自体に感謝するべきってのは分かってるけど。


 イラつき半分、感謝半分のオレへ、母さんはこう答える。


 「怜奈ちゃんが起こさなくていいって言ったのよ。自分で起きれるように一度痛い目を見たほうがいいって。まったく……怜奈ちゃんはあんたより1時間早く家を出たってのに、私の息子は情けないわねぇ」


 呆れたように呟く母さんは、息子にぐちぐちと嫌味を言う、まさに反抗期の息子と喧嘩ばかりしそうな母親だが、ある言葉を聞いたオレの怒りは別の方向へと向かっている。


 「ちっ、また怜奈あいつかよ……」


 オレの母親の口から出た女。つい一週間前までは話したこともなかったただのクラスメイト。


 「やっぱ、部活をしてると日頃から意識が違うのかしらねぇ。あんたもまだ高2の春なんだし部活に入ったらどうなの?怜奈ちゃん、バスケ部なんでしょ?男子の方、体験だけでもしてきたら?」


 バスケ部に所属し、クラスの人気者。帰宅部、女性経験なし、根暗の三冠であるオレとは対局の存在。


 「まあ、突然再婚してあんたには迷惑かけてる立場だしあまり言わないけど。せっかく、性格も顔も良くて、成績だっていい子と一緒に生活してるんだから、少しは見習いなさいよ」


 ……そして、母さんの再婚相手の娘。


 つまり、世に言う義理の妹。それが怜奈という名の少女とオレの関係だ。


 オレは頭の痛いことを言う母親を無視しつつ、洗面台の横にかけてあるタオルで顔を拭く。拭き終わったら中学の終わりから愛用している化粧水だけつけ、オレはもう一度鏡へと視線を移す。相変わらず成長したオレの姿があるだけだが、いつもと違うところもある。


 「ヤベェ、ゲームしすぎた……クマできてんだけど。てか寝癖もやばいな」


 面倒臭いが仕方ない。寝癖用のスプレーをかけなんとなく髪の毛を整える。無駄に髪を綺麗に伸ばしたせいで寝癖ができやすくなってしまった。朝支度が面倒すぎる。

 結局朝時間がないせいで、学校には髪をセットしないまま駄々伸ばしの状態で登校している。しかもゲームのせいで目が悪いため眼鏡をしている。そのため、学校での見た目が中学の時から全く変化していない。


 ちなみにコンタクトにしようとはした。だが驚くことに眼科でアレルギーなんとかと診断され、治るまでコンタクトはするなと言われたのだ。したら失明するかもしれないらしい。怖すぎる。


 てことで、眼鏡をかけ直し、オレは洗面所からふらふらと出る。廊下には自室から引きずって持ってきた今日の学校の荷物が置いてあった。

 制服にはすでに着替えている。


 「じゃあ、行くわ」


 「あ、待ちなさい」


 もう出ようと思っていると、母親に待ったをかけられた。パタパタと足音が鳴るのが聞こえる。


 なにかと思っていると、サランラップにおにぎりを包んだ母さんがニコニコ顔で近づいてきた。


 「え、なに?」


 オレが戸惑っていると、母さんはにやけた顔のままオレにおにぎりを渡してくる。


 「ほら、これ。怜奈ちゃんがあんたのために作ったのよ。歩きながら食べなさい」


 どうやら、そういうことらしい。

 え、どういうこと?


 ひとつだけ言っておこう。オレとあの女の関係は確かに義理の兄妹(姉)ではあるが、決して仲は良いわけじゃない。なんというか、言葉に言い表しにくい感じだ。


 少なくとも、オレのために朝ごはんを作るほどの関係ではないのは確かだ。


 「それ本当なの?」


 「ええ、本当よ。作っているところも見てたわ」


 訝しげに尋ねるオレに、母さんは笑いながらそういう。なんだろう。すごい腹立つ。


 「ほんと、いい子よねぇ。こんな冴えない息子のために女の子がおにぎり作ってくれるなんて。大事にしなさいよ」


 「大事にって……オレが大事にする必要ないだろ、アイツに関しては」


 「ああ、あんたと違って友達多いもんね、怜奈ちゃん」


 オレの母親の怜奈好きは中々のものである。好きすぎて実の息子を罵倒しかしてないことに気づかないぐらいだ。ほんと、オレが優しくなかったら今頃この家庭は崩壊している。


 「……まあ、食うから。学校行っていい?」


 「はいはい。明日は早く起きなさいよ」


 何事も受け流すことが大事だ。オレは適当に返事をし、おにぎりを受け取る。


 綺麗に握られた丸いおにぎりが2個、オレの手の中に収まった。別に文句を言う気はないが全く温くない。メッチャ冷えてる。いや、いいけど。


 「じゃ、行ってきます」


 さっさと靴を履くとオレは玄関の扉に手をかける。後ろからは、いつも通り母親の声が飛んできた。


 「いってらっしゃい」


 軽く頷くとオレは扉を開けて家を出る。

 外から春の冷たい風が飛んできた。


 


 ♢♢


 


 春の風で髪を靡かせながら、オレは学校へと向かう。まだ朝だが、人通りは割と多い。駅に向かう学生とサラリーマンや、健康のために歩いているとしか思えない格好の初老のおじさん。

 オレは端っこの方をとぼとぼ歩いている。


 オレの家は比較的学校に近い。ギリギリ歩いて登校しても問題ないレベルだ。いや、問題はあるな。オレが疲れる。


 「てか、このおにぎり……今のうち食うか」

 

 学校の近くで食うわけにもいかない。今のうち買っといた方がいいだろう。


 オレの家の周りは割と都会だ。大通りに出れば有名なチェーンカフェやコンビニが割とあるし、大型デパートも近くにある。ちなみに家を出てすぐにはパン屋が建っている。凄いだろ。オレおにぎりなかったらあそこで買うつもりだった。まったく、いい迷惑である。


 まあ、せっかくのおにぎりを無駄にするわけにもいかないので食うのだが。


 「ほんとにアイツが作ったのか謎だけどな……なんかしたか、オレ」


 ペリペリサランラップを剥がし、おにぎりを一口で頬張る。2個ともオレの片手に収まるぐらいなので余裕である。


 特に何か思うこともなく咀嚼へと移る。そして、オレは気づいた。


 「ッ────ブフェッ!」


 慌てて道の隅にある溝に原型を無くしたおにぎりを吐きつける。綺麗に整備された歩道に汚い嘔吐物のようなものを撒き散らしてしまったが、気にしてる余裕はなかった。


 ひとしきり出し切ったのにまだ口の中にいけないものが残っている。

 

 「あの、バカッ!!ほぼワサビじゃねぇか!………オェ、、ッ」


 セカンドインパクトはなんとか抑え込む。早く洗い流したいとこだが、運の悪いことに飲み物を持っていない。怪訝な表情でこちらを見てくる通行者の目線が痛すぎる。


 「あの野郎、学校で殺し………帰ったら殺してやる」


 とりあえず、オレは口元を押さえ足速にその場を後にする。とりあえず、コンビニだ。学校の近くのコンビニで水を買おう。校則違反とかそんなの知らない。文句はあの優等生に言え。


 「しかし、、やっぱオレなんかしたのか?」


 あの女は意味のないことはしないやつだ。突然こんな悪質なことをしてくるやつではない。と思う。

 知り合って一週間なので自信はない。


 オレが昨日あったことを思い返していると、突然携帯の通知が鳴ったのが分かった。


 片手は口元に置いておき、ポケットからスマホを取り出す。そして、オレは画面に表示されたセリフを見て、危うくスマホを投げ捨てようとしてしまった。

 

 『そろそろ食べた頃だと思うんだけど、美味しかった?心込めて作ったからよく味わって食べてね♡あ、もう吐き出したかなwちゃんと掃除しなよ、犬じゃないんだから』


 改めて訂正しよう。オレとアイツは仲が良いわけでも悪いわけでもないと言ったが、そうではないらしい。

 少なくとも、オレはアイツのことが大嫌いだ。




 


 


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