四十四話 試験の終わり

四十四話 試験の終わり



「そこまで! 試験はこれにて終了する!!」


『00:01』。フリーズした数字と共に、ギュルグ先生が叫ぶ。


 試験が、終わった。


 間に合ったのだ。ほんの少し、紙一重のタイミングで。僕一人では届かなかったけれど、アリシアさんが繋いでくれた。


「勝った……勝った!!」


 地面に伏しながら、右手の旗を強く握りしめる。


 今はただ、嬉しさが溢れて止まらない。


 何度も何度も負けかけた。けどその度にレグルスが、ユイさんが、アリシアさんが。バトンを繋いでくれた。


 僕も三人に、貢献できただろうか。身体を張ることでしか活躍することは叶わなかったけれど、今こうして勝利の証を握っているのは僕の手のひら。


 一人じゃ勝てなかった。でも……僕は、僕達は勝ったのだ。


「やったんだ、本当に。みんな……っっあ!?」


「動くなアルデバラン! じっとしていろ!!」


 いつまでもこんな倒れ込んだような体勢でいるわけにもいかない。そう思い立ちあがろうとするが、その瞬間脚に強烈な痛みが走る。


 いや、瞬間だけじゃない。断続的に。そして、激しさを増して。まるで脚だけが別の生き物になったかのようにドクンドクンと脈打って、悲鳴を上げている。


「入り乱れし魔導の息吹よ、今その力を収束し主の傷を癒さん────超速治癒ハイヒーリング!」


「う゛、ぁ……っ」


 駆け寄ってきたギュルグ先生の治癒魔術をかけられた両脚に視線を向けると、それはそれはとても酷い惨状だった。


 まずところどころ皮膚が剥がれ、肉が露出して赤に染まっている。地面や、砕けた氷にも。大量の血が付着して、ちょっとした血溜まりになっていた。


 きっと無理やり氷を剥がしたからだろう。皮膚まで持っていかれてしまったようだ。


 だがその痛みも光に包まれて消えていき、傷は癒えていく。治癒魔術の中でも上級に値する高等魔術、超速治癒ハイヒーリング。ギュルグ先生は元近衛騎士で相当な腕を持っていると噂を聞いたことがあるけれど、こんな上級魔術を扱えるということはあの話も存外噂止まりの話ではなかったのかもしれない。


「全く、無茶をするな。氷を力で引き剥がすなど……どんな馬鹿力だ」


「す、すみません……」


 確かに、今思えば何故あんな力が出せたのか。あの時はもう無我夢中で、何も考えることができなかった。火事場の馬鹿力というやつに救われたのか。


「でも……見違えるほど、強くなったな。そのことは、素直に嬉しいよ。頑張ったんだな」


「っ!!?」


 普段は鬼教官と呼ばれ、凛々しく力強い印象の先生。彼女のふとした微笑みに、思わず心臓を鷲掴みにされたようにドキッとしてしまった。


 ただでさえ顔が整っていて美人な人だから、尚更だ。ギュルグ先生のあんな嬉しそうな顔……初めて見た。


「オイ、大丈夫か」


「えっ!? あ、レグルス……」


「ったく、ずず汚ねえな。やっぱりお前にはこんな大役より、端役の方がお似合いだぜ」


「あはは……厳しいな」


 ふんっ、とどこか偉そうに。レグルスは言うと、治癒魔術を掛けてもらい終わった僕に向けて、右手を差し出す。


「だがまあ……胸糞悪ィが俺一人じゃ勝てなかった。てめぇがいたから勝てたっていうその事だけは、認めてやるよ。ユウナ」


「えっ!? 僕の、名前……!」


 初めて、レグルスに名前を呼ばれた。


 少しは認められたと。自惚れて、いいのだろうか。


 ギュルグ先生はすっと僕の前から消え、とことこと歩いて戻っていった。それを目で追いながら、僕はレグルスの手を掴んで立ち上がる。


 一瞬、足元がふらついたけれど。先生の治癒魔術の効能はすぐに現れて、軽くつま先を地面に二、三回当ててみたら、もう何の問題もなく歩くことができそうだった。


「よし、もう歩けるな。じゃあ早速だが、手伝ってもらうぞ」


「? 手伝う? 何を?」


「あぁ? 馬鹿か。回収に決まってんだろ」


 バッ、と後ろを向いたレグルスの指さされた方向には、二人の女の子。


 一人は「きゅぅ」と鳴きながら力尽きたように膝をつき、黒髪を地面につけて倒れ込んでいる子。


 そしてもう一人は、手を前に伸ばし、行き倒れたようにして力尽き、ピクリとも動かない赤髪の子。


 二人とも、どうやら力を全て使い果たして魔素限界オーバーリミットを迎えたらしい。回収って、そういうことか。


「オイ根暗、生きてるか?」


「ひぃ……力が……力がぁ……」


「よっ、こらせっ」


「ふえぇっ!?」


 ガシッ。まるで荷物でも持ち上げるかのように、レグルスがユイさんを肩に乗せる。


 突然身体を浮かされた彼女は驚いた声を上げながら少し脚をバタつかせてみせたが、すぐにその気力も無くなって。力尽きたように身を任せていた。


「お前はそっちな」


「う、うん。アリシアさん……大丈夫?」


「……ぶ」


「え?」


「おん、ぶ……」


「あ、はい……」


 顔をべったりと地面にくっつけながら小さく呟くお嬢様に言われるがまま、その細身な身体を起き上がらせる。


 ゆっくりと背中に乗ってもらい、背負って立ち上がると。ビックリするくらい、彼女は軽くて。あの強さを持つ子でも普通に一人の女の子なんだなと、少し新鮮な気分になった。


「はは、ぶっ倒れても偉そうなのな、ソイツ。一回ぶん投げてやりゃどうだ?」


「い、いやいや……最後はアリシアさんのおかげで勝てたんだから。可哀想だよ……」


「そう、よ。そこの役立たず男とは、違うもの……」


「あ゛あん!? テメ今なんつったコラ!!」


「ちょ、叫ばないでよレグルス。今もう疲れてて頭に響く……」


「その通りよ。叫ぶなバーカ。脳筋猿ー」


「テメェら……あとで覚えとけよ……」


 試験前のレグルスなら容赦なく殴ってきそうなものだが。流石に疲れていたのか、はたまた僕達のことを最低限気遣ってくれたのか。それ以上彼が突っかかってくることはもう無かった。


 その後はアリシアさんとユイさんを、治癒魔術を受けるための治療部屋まで送って。歪めてしまった真剣を謝りながら返して、寮へと戻った。




 フラフラになっていた僕の身体は、部屋についてなんとかシャワーを浴びて出てきたらもう無意識的にベッドに倒れ込んでしまい、そのまま次の日の朝まで。服だけはなんとか着たけれどご飯も食べることが出来ずに。力尽きたように、眠ってしまっていた。

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