十九話 魔慧ノ太刀

十九話 魔慧ノ太刀



『っ、だりゃっ!!』


『っく!?』


 これは、あの事件が起きる数日前の記憶。僕とリヒトとドーレ。三人で放課後に鍛錬場で居残り練習をしていた時のものだ。


 僕は二人よりも圧倒的に弱くて。誘われてついて行ったはいいものの、ものの見事にリヒトに木刀を吹き飛ばされていた。


『ははっ、俺の勝ちぃ♪ 全く、そんなんじゃクレハのハートは射止められないぞぉ?』


『リヒトが強すぎるんだよ! あとクレハさんのことは関係ないでしょ!?』


 うりうり、と髪の毛を手のひらでくしゃくしゃにされながら、僕は恥ずかしくてそっぽを向く。


 リヒトはいつも強くて勇敢で、少し調子乗り。たまに度が過ぎてクレハさん達に頭を引っ叩かれているほどだ。


 でも、やっぱりその強さは折り紙付きで。ドーレと合わせて、常に僕の目標で憧れだった。


『うーん、やっぱり勿体無いぜユウナ。お前は強くなれる才能があるのに、そうやってすぐに自分を過小評価する癖があるからなぁ』


『さ、才能なんて……。リヒトに負かされてから言われても』


『ああん? 言っとくけど俺、適当言ってないからな? お前は絶対にこれから伸びる、俺達と肩を並べられる存在になるって思ったからチームに誘ったんだよ』


 信じられなかった。僕がチームに参加した時は僕以外のメンバーは全員決まっていて、リヒトとドーレは学園に来る前から同じ鍛錬場で剣を交えあった仲。ミーシャさんはドーレと幼なじみで、クレハさんとアゲハさんは二人揃ってトップクラスの優等生。そんな入りにくいエリートチームに誘われたのが、僕の才能を買ってだなんて。


『行っとくがユウナ、今のはマジだからな。俺も賛成して二人で決めたことだ』


『ドーレまで……』


 あの頃の僕の剣術の腕前は、全体の中でせいぜいよく見積もっても中の下。試合を組めば一対一なら三割ほど勝率があれば良い方で、決して強かったとは思えない。


 そんな中でも、確かにこの二人は才能を感じたのだと言う。


『ユウナ、お前に足りないものを教えてやる! それはズバリ、メンタルだ!!』


『メンタル……? 気持ちで、強くなれるの?』


『おうとも。お前、きっと自分では気づいてないだろうけどさ。誰かと戦う時、基本腰が引けてるんだよ。だから剣筋はブレるし、常に踏み込みが浅くなる。思い出してみろ。お前が負ける時っていつも、勢いで押し切られるかパワー負けするかじゃなかったか?』


『……』


 言われてみれば、そうだったかもしれない。例えばさっきのリヒトと戦った時。斬撃は見えないほど速いわけではなかったし、途中まではなんとか渡り合えていた。


 でも、終盤につれ段々と木剣同士がぶつかり合うたび押され始めるようになって、最後には振り払われた一撃によって木剣そのものを薙ぎ払われてしまった。


 それが、気持ちが弱いから腰が引けているせいということだろうか。百パーセントの力を剣に、伝えきれていないと。


『メンタルが強ければ、相手に勝つ前提で物事を考えられる。常に負ける事への不安を感じながら戦うよりも、そっちの方が圧倒的に見える戦略は違ってくるんだよ。実際に俺、ドーレと戦う時「俺はコイツより上だッッ!!」って思いながらやってるし』


『おい、お前そんな事思ってやがったのか。俺はお前に負けたことなんて一度もないぞ』


『ほら見ろユウナ。コイツだって同じようなこと思ってる』


 思ったように使われてしまい、後ろでドーレがイライラを積み重ねている。でも、確かにその通りだと思った。


 強い人は皆、自分の中に″強い自分″を持っている。それは成績や勝敗で揺らぐものではなくて、常に自己完結で力を増し続ける力の源。明確な目的意識と自分の可能性を信じられる強い精神力を兼ね備えることで、剣筋に迷いを生じさせない。重みと直線力を加速させて、振り切ることができる。


 それをリヒトは、一言でメンタルと言い表した。それは僕が強くなるために最も必要で、最大の近道であると。


『自信を持てユウナ。お前は強くなれる。あと少し未来の、強くなった自分を想像し続けて前に進め。そうすれば、必ず────』


「ああ。進み続けるよ。まだ見ぬ少し未来の僕を、見るために!!」


 足が軽い。あっという間に、僕はヴェルドの間合いまで走っていた。


「ユウナ!? 駄目だ、お前が勝てる相手ではないぞ!!」


 視界が透き通っている。今までにないくらい心も身体も軽くて、氷で作り出された剣は腕と一体化したかのように親身に感じる。


「アルデバラン……今、いいところなんだ。邪魔をするな!」


 拳。僕の眼前に迫る、明確な死。


 だけど、僕はまだ死にたくない。なら、そんなもの受け入れなければいい。避けてしまえば、それで済む。


「氷剣────魔慧ノ太刀!!」


「っ、あ゛ぁ!?」


 僕の氷慧魔術で出来ることは、氷の生成。そして若干の操作。だがこの時はなぜか、それまで数秒をかけて行っていた想像からの生成という動作が、僅か剣を一振りするその瞬間に完成していた。


 深く踏み込んだ足は力を伝え、振りかざされた刀身は瞬間的に長さを増して肉を抉り取る。リーチの長さを切り替えながらの一撃はギリギリのところで反応され、仰け反られた身体の皮膚を浅く掠ったにすぎなかった。


 僕の事を過小評価し驕った所へ騙し込んだ、不意の一撃でもそう簡単には致命傷は作れない。そしてここから僕への警戒はさらに高まる。きっと、僕の実力ではまだまだこの人には遠く及ばないのだろう。


 分かっている。僕一人では敗色は濃厚だ。でも────


「絶対に折れない。僕が、いや……僕達が必ず勝つ」


 怖くはない。この剣は、必ず届く。


「雑魚が……。雑魚のくせに、粋がるなよ。お前はただの雑音だ。魔女との至高の戦いに交じる、ただの目障りなゴミ虫に過ぎん!」


「そのゴミ虫に傷をつけられていては世話無いな。油断していたところに一撃を入れられて、相当恥ずかしかったのか? 口調が乱れているぞ」


「アンジェさん!!」


「ありがとう、ユウナ。お前のおかげで元気が出たよ。これ以上、弟子の前で格好悪いところを見せるわけにはいかない。そろそろギアを上げていくとしよう」


 師匠の気迫が、目に入れなくとも分かるほどに上昇していく。僕の信じた、最強の魔女はさらに一段階、二段階と強さを増し続けている。


「第二ラウンドといこうか。やっと身体が、温まってきたところだ」




 この戦いに、第三ラウンドは存在しない。最も激しくぶつかり合い殺し合う最後が、近づいていた。

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