第44話 死者に効く薬毒3

「生き返りとか、魔法か!」

 と言いながら山下順一はどさっと鞄の中からビデオカメラとハンカチに包んだ薬包を取りだした。

 作業机の上に置いてビデオカメラをパソコンに繋げる。

「上手く撮れてるかな。一回目で位置取りはしてきたから、ちゃんと映ってると思うんだけどねえ」 

 椅子に座り、パソコ画面に現れたのは、ゴスロリ少女の骸としゃべる猫のドゥだった。

 取引の全てが録画されていた。

 山下が五百万を取り出し机の上に置くのも、ドゥが薬毒の使い方、効用を説明している場面まで、テレビドラマのようにきっちりと映っていた。

「猫は腹話術だとしても、あのゴスロリちゃんは可愛いし、死人が生き返るなんて衝撃的な発想でこれいけるんじゃない」


 山下は今流行の動画投稿者だ。

 それも凄まじい登録者数を持つ、投稿者の中でも勝ち組で一握りの成功者の一人だった。

 出す動画から片っ端から何百万回も再生され、広告収入で稼ぎは年収で億に近い。

 それも山下がずっと真面目に動画に取り組んできたからに違いなく、流行っても没っても反省し前向きに頑張ってきたここ数年だった。

 だがそれでもマンネリは出る。

 ゲーム実況も歌ってみた踊ってみたも、他の投稿者とのコラボ、キャンプ、家族が増えました猫編も、店の物全て買います、大食いチャレンジ。

 一通りやってきて、何か新しいアイデアを出さねば、という時に、高校時代の友人から面白い話を聞いたのだ。オカルト系だが、確かにまだやっていなかった。 

 

「兄が……ちょっと前にさ、動物をいじめてSNSにあげて。叩かれたんだよね。でさ、うち、ほらじいちゃんが政治家じゃんか。そのつながりで幅広い知り合いがいるんだよね。じいちゃんが言うには薬毒師ってさ、すごい古くからある組織なんだけどさ。どんな薬でも手に入るんだって。それこそ死人が生き返っちゃうみたいな? あり得ないような薬を扱ってるらしくてさ。兄がそこで買ったらしいんだよ。薬を……だから、そのSNSにあげて叩かれた事をなしにするような薬。だから、マジだって。で、あるんだってさ。本当にそんな薬が……でもさ、兄さん、失敗?したらしいんだよね。なんか薬屋の言う通りにすぐに飲まなかったらしくて……で、アレ」


 と言った同級生が指したのはリビングのソファで座っている兄らしい人物だったが、髪の毛は真っ白、顔も身体つきも老人のようにやつれて枯れたようになっていた。

「おかしいだろ? あれ、たった一日でああなったんだよ? そう、あんな老人みたいに。あれ、兄さんなんだよ。ああなったけど、特に身体が悪いとかじゃなくてさ、まあ普通に大学に行って、今は親父の秘書やってるけど、でもさー、それまであんまりいい人間じゃなかったんだよね。エリート意識? すげえプライド高くて、俺もよくいじめられたしね。でも、あんなになってから温和になってさ、いい人っぽいの」

 山下が言う通りに同級生の兄という人物の過去を検索してみたが、たしかに動物虐待で名前を挙げられた事があり、一度出た情報はインターネット上で永遠に消えず、今でも残っていた。


 その兄が買ったという不思議な薬、それこそ死人が生き返るという薬まで売っている薬屋に興味を惹かれて、山下はそれを次の動画投稿のネタにすることにしたのだった。

 そして死人が生き返るという薬を選んだのは、一番実証し易いと思ったからだ。

 そして誰を生き返らせるか? 

 山下は愛猫を選んだ。

 もちろん今はまだ生きている。

 動画を投稿する際には部屋の隅や時には机の上を横切るペルシャ猫のサーラは大人気だし、サーラ自体の動画のコーナーもある。

 山下はサーラを可愛がっているし健康や食事にも気を遣っており、猫好きだという事も視聴者に十分アピール出来ている。

 そこでだ。

 愛猫の突然死、悲嘆にくれる山下と猫を生き返らせる謎の薬。

 偽物に違いないだろうが、死んだ愛猫への愛情とその為の五百万の投資で視聴者は呼べると踏んでいた。

 だから薬を手に入れた後、山下は猫を殺す事にした。

 ペットショップで買った三十万もする血統書付きの猫だったが十分に元は取ったし、悲しみに暮れながらまた新たな子猫を飼えば話題になる。

 サーラが生き返らない方向でシナリオは出来ていた。


 作業机で動画の編集をしている山下の足下へサーラがニャーと鳴きながら体をこすりつけてきた。真っ白でふわふわのサーラは可愛いが五歳ですでに大人サイズまで成長し、これ以上の変化はない。視聴者は真新しいネタに飛びつくものだ。

「サーラちゃん、ご馳走あげるからねぇ。最後の晩餐だから、味わって食べようね」

 と山下は猫なで声でサーラに向かってそう言った。

 サーラはにゃあんと鳴いて山下の後へついてくる。

 山下はキッチンの方へ向かった。

 


 とっておきの高級グルメ食材を与えて、サーラがそれに食いつく場面もビデオに撮っておいた。後々、サーラの追悼の動画を一本出す予定だからだ。

 もちろんそんな下心は微塵も匂わせてはならず、今はサーラと幸せな一時を撮らなければならない。山下は優しくサーラを撫でながら猫なで声で彼女に語りかけた。

「そう言えば……あのしゃべる黒猫、サーラに見せてみよう」

 何か興味を惹くものがあるかもしれないとダメ元で山下は考えた。

 食事を終えたサーラが毛繕いをし始めたので、山下はサーラを抱いてまた作業部屋に戻った。

「サーラ、しゃべる猫だよ~~」

 パソコンの画面に先ほどの録画をもう一度呼び出す。

 サーラは大人しく膝の上でいたが、画面にゴスロリ少女の骸が現れた瞬間にふーっと唸って毛を逆立てた。

「あれあれあれ、どったの? サーラちゃん」

 膨らんだ毛を撫でてやってもサーラはウーッと低音で唸り続けている。

 身体は硬直し、画面から目を離さない。

 そして黒猫が登場し前足でちょこんと薬包を押さえ、「金を持ってんのかい?」と視線を山下の方へ向けた瞬間にサーラはぎゃーっと鳴いて、一目散に山下の膝の上から逃げて行ってしまった。

 ただ単に黒猫の姿を見てサーラが興奮しただけだろうか? もちろん可能性としてはあり得る。だが今までビデオや映画の猫を見てこんなに怯えたように興奮するサーラを見たのは初めてだったので山下は首を捻った。

「死人を生き返らせる薬と銘打ってるような店だからな。怪しい雰囲気を作っているのは当然だろう。それに反応したのかな。よし、これも使おうか」

 山下はもう一度サーラを連れてきて、単体で椅子に乗せた。

 サーラは不思議そうな顔をして山下を見上げているが、おやつの肉片を与えると椅子の上でゴロゴロと食いついた。

 そしてまた先程の録画を流す。

 同じようにサーラは毛を膨らませ、後ずさりしながらぴょんと椅子から飛んで逃げて行った。山下は三台のビデオカメラで様々な角度からサーラの様子を撮影し、

「よし、いい絵が撮れたぞ。サーラは何かに怯えて警戒していた。そしてその夜、サーラは謎の死を遂げるんだ」

 と言って満足気に笑った。

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