第27話
昼になる前、早めにシバはジュリが作った弁当を平らげて用意してもらったTシャツに作業ズボンと作業靴で作業員ルックに。
頭には白いタオルでボサボサ頭も包み込んでいる。
「男前ねぇ」
「なにさ、さっきは惚れてなかったのになぁ」
「惚れてたわよ……でも今のはもっと男前」
もうジュリはシバにメロメロである。
ジュリは汗水垂らしたく無い性分か冷たいお茶の入った水筒を渡して理事室から見送る。
やれやれと思いながらも剣道室に向かうと湊音が既にいた。外側の扉を開けてタバコを吸っていた。部員はいない。
「お、先に来てたのか。さすが剣道部顧問!」
とシバが声をかけると湊音は慌てて床にタバコをすりつぶしてポケット灰皿に入れた。
「……ち、ちがう。3時間目の授業はなかったのでここで昼ごはんを食べて一服していただけだ」
「いやぁ、気合が入ってますなぁ。トレーニングウエアに着替えているし。部員くるまでにある程度掃除しちゃいましょうよ」
「も少しゆっくりしてからと思ってたんだが」
「ん?」
「なんでもない……さっさとやるぞ」
「はいはーい」
2人マスクをつけてハタキで埃を落として箒や雑巾で掃除していく。すごい埃の量だ。
「一応毎日終わりがけに掃除はしているんだけど」
「そうとは思えない汚さだな……まぁ数回ほど合宿に行った年季のある施設並みだ。毎年夏に行ってたんだが……苦行で」
「……」
シバは作業と同時に口も動かすものだから湊音は嫌ーな、うんざりしたような顔をしている。
「ついでに顧問部屋も綺麗にしてもらいたいけど順を追ってだな。シャワー室は綺麗にしてたけど」
「水回りは綺麗にしないとって……」
「誰が」
「誰でも良いだろ」
「前の女か」
「妻だ……元、妻!」
湊音はつい返してしまったことに顔を真っ赤にした。
「変なこだわりていうか、そうしなきゃってのがあるよね。なんとなく。良いと思うよー」
「うるさいっ」
「も少し素直にならないと……仲の良い人限られてるでしょ」
「るっさぃいいいい!」
シバは近づいて
「俺みたいに物好きにはたまらないかも……なんてねぇー」
「ああああーっ!」
湊音は叫ぶ中、シバは笑ってる。彼は来るもの拒まずなのだ。
「どうしましたか!? 湊音先生!」
部員たちが湊音の叫び声を聞いて駆けつけてきた。宮野が先頭だ。
「遅いぞお前ら。俺らに先にやらせてどうする?」
湊音は顔をさらに真っ赤にさせて言うとシバは宥める。
「まぁまぁ。よし、お前ら手分けして窓やら玄関やらも掃除してくれ……ってトラックの音?」
「あ、さっき軽トラ数台きました!」
シバたちが剣道室の窓から覗くともう軽トラが来ていた。
「シバさん! お久しぶりです!」
「おーう、やっちゃん」
やっちゃん? と軽トラの茶髪の作業員を見る湊音。
「俺が少年課にいた時のちょー非行少年が畳屋やっててな……いつか畳とかリフォームの時よろしくねって言われてたの思い出したの」
「……はぁ」
「だから普段よりも安いって訳よ」
「それって良いんですか」
「良いっていうからいいんだよ」
とシバは軽トラに向かった。
「……あいつは誰にでも良い顔するんだから」
湊音はあっけにとられていた。
そして放課後。
「あー、いい匂い!」
シバを始め部員たちは畳のイグサの香りに畳にみんな寝転がって匂いを嗅ぐ。
湊音と宮野はその様子を見てる。でも剣道室には良い匂いが久しぶりに広がり気分はいい。
「おい、これからはしっかり掃除すること! わかったな!」
とシバが起き上がって部員に言うと
「はい!」
とみんな立ち上がって声を出した。
「よし! なら今から校庭を二周、いや3周!」
「はい!」
とシバが先に走り出し部員たちも着いて行く。
「……なんかみんな気合い入ってるな」
湊音はその姿を後ろから見るが自分も畳に横たわり、畳を撫でて匂いを嗅ぐ。
「良い匂いだ……」
湊音は思い出した。高校生の頃に大島に呼び出されて剣道をしないか? と言われ遊びで付き合って簡単に負けて嫌になって剣道部なんてやらない、と言ったあの頃。
まだこの剣道室もできたばかりだった。畳のいぐさ、そう、この香りだった。
自分が教師として戻ってきた時もだった。大島から剣道部の顧問をやらないか? と誘われた時もちょうど畳の入れ替えたばかりだった。
この匂いがした。
湊音の目から涙が流れた。
「大島先生……僕、大丈夫でしょうか」
「なにやっとる、湊音先生」
はっ
と湊音は立ち上がるとそこにはシバが仁王立ちしていた。湊音は慌てて涙を拭って立ち上がった。
「いいだろ、畳。気分一新、頑張ろ……んっ?」
湊音はシバに抱きついて涙を流した。
「はい……」
シバは黙って湊音の頭を撫でた。
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