第21話

「医者と結婚かよ……そりゃ大学とか塾とか金出してもらえてるんだろうなぁ」


 シバは公美たちとある程度話をした後、昼ごはんを食べて彼らの部屋を後にしてトボトボと歩いて駅前まで戻ってきた。特になんもいいことはなかった。


 公美が自分から会いたいといったのもシバに結婚の報告をしたかったということだったわけで。

 どうやら3年前から付き合っていて相手側の仕事が落ち着いたとのことで斗真の受験前に引っ越しと結婚式もするそうだ。


 斗真からは近いうちに通っている剣道場に来てほしいとも言われ、またシバは瀧本の名刺も渡した(なぜか持っていた)警察官になるならこのおっさんに連絡しておけと。

 そんなこんなでやはり公美との縁はきれそうにないなあ? とシバはやれやれと思った。


 しかしシバが引っかかったのは、シバの働いている(堂々と言えるのかどうかも怪しいが)高校の名前を出してそこで剣道部の顧問になったことを(これも同じく)伝えると


『ああ、その学校知ってるわ。進学校としては有名だけども剣道部がここ最近の成績が悪いから隣の〇〇市立校だとやや進学には劣るけど剣道部が県大会に行っていて……さらに学費も安い』


 と公美に言われてしまったのだ。


 大島が生きてさえいれば剣道部も強いままで予算もつぎ込まれ廃部の危機も無かったのであろう。


「部活って無くなるもんかねぇ……」

 手持ち無沙汰になったシバは駅の周りをうろうろとしていた。


 すると目の前に見覚えのある男が前から歩いてきた。

 普通ならこの雑踏の中見落とすであろう。なのになぜかその男だけくっきりはっきりと見える。なぜなんだ、とシバはなぜか高まる鼓動。だんだん距離が近づくと相手も気づいて目を合わせ、驚いた顔をしている。


「シバ……どうしたんだ?」

「こっちのセリフだ。休みの日くらいなにしたっていいだろ? お前こそ家で仕事って言ってたけどモールで買い物?」

「息抜きだ。仕事に必要な本を買ってきた……て、お前に言う必要ない」

 と手に駅横に立つ複合施設「モール」の中にある「エメラルド書房」の袋を持っている湊音。


「もう家に帰るのか?」

「ああ。また仕事の続きだ……」

 なかなか目を合わせようとしない湊音。シバはハァ、とため息をつく。


 だが目を合わせず俯く湊音は何故か顔を赤らめていた。


「……一応ジュ……じゃなくて理事長から俺に剣道部顧問をと正式に言われた。これから剣道部再建目指してがんばろや」

「ま、まじか」

 ようやくシバの方を見た。

「まじだ……だからそんな白々しくすんな。タメだしよぉ、もっとラフにね」

 シバが湊音の肩を叩く。すると湊音がその手を掴んだ。


「……少し時間ならある。喫煙所行くか?」

 湊音がシバを上目遣いで見る。


 またもやシバは夜の時の湊音の姿が蘇った。自分より背の低い湊音が見上げていてその丸い瞳がシバを欲していた。そしてキスを……。


 ハッとまたシバは我に戻って明るく取り繕う。

「そうこなくっちゃー」




 二人は駅の喫煙所に入る。そこから湊音の住むタワマンを見る。


 湊音は口にタバコを咥えて手を離して火をつけ蒸す。

 シバはそんな器用にできないとか思いつつ真似したらできたようだ。


「ほんとでかいなぁ。結構家賃するだろ」

「……母さんのじいちゃんから分けてもらったらしいからどんだけするんだろうな。一応生活費は出してるけど」

「へぇ……ちゃんと家に払ってるんだな」

「当たり前だろ。学校の寮も考えたけどあそこもある程度金取られるし、この辺でアパート借りても駅近だからお金かかるんだぞ。そう思えばちゃんと生活費入れて実家に住めば楽」

 シバはじーっと見る。


「料理とか家事とか母ちゃんがやってるんだろ? いいなぁ、仕事して帰ってきたら全部やってくれてヨォ。尽くしてくれる女じゃないと湊音の女はつとまらんなぁ。今時の女はバリバリ働いてよー、家事育児は分担! とか言っちゃってさぁ」

 シバも人のこと言えないくせにそう湊音に言う。


「シバは結婚しないのか?」

 ぎくっとなったシバ。

「こんな俺が結婚してるわけないだろ、まぁしてたけどな……」

「マジか、お前」

 シバは笑う。三本指を立てた。


「子供も3人いてなー養育費取られてんの」

「……まじか、そこも一緒か」

「へっ? どゆこと」


 湊音は煙を吐いた。


「僕もバツイチで子供一人いて、養育費払ってる……」

「まじかよ」

「まじだ」


 そして二人は目を合わせて笑った。

「いやー、湊音もなんかやらかしたんか? 俺は……これでよー」

 とシバは左手の小指をぐいぐいっと動かす。女たくさんを表しているようだ。笑わせようとしたのだが、湊音はギロッと睨みつける。

 一瞬にして喫煙所の中の雰囲気が変わった。


「やっぱお前最低だな、もう帰るわ」

 湊音はタバコを灰皿に擦り付けて帰ってしまった。


「ちょっと待てって!」

 と声をかけてもダメだった。


 シバは追いかけるのは無駄と思ってタバコを蒸す。そういえばと、あの時女は嫌だと湊音が言っていたのを思い出した。


「あいつは何があったんだろうなぁ……」

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