鬼の異類婚姻譚

 鬼は居た、けれど鬼ヶ島へと逃げた。

 そして鬼の居なくなった土地に今度は悪魔と名乗る者が現れ、住民を蹂躙し始めた。


 そこへ偶々正体を隠した鬼が現れ、悪魔を退治した。

 そして住民は鬼に居て貰う様に懇願した。


 けれど鬼は忘れていない、根も葉もない噂話で追い立てられ、虐殺された事を忘れてはいなかった。

 だから当然、助けなかった。


 すると住民は怒った。


「許してやろうとしてやったのに」


 そうして鬼を殺そうとしたので、鬼は逃げ出した。


『こんなクソみたいな所、滅びれば良い』


 そうして他の場所から来た悪魔によって、住民は滅ぼされ、村は放置された。




 それから暫くして様子見に来ていた鬼が、空になった村を見付け、居着く事にした。

 けれど再び悪魔がやって来た。


 けれども鬼が悪魔を倒し、結界を張った。

 その地区だけは悪魔に怯える事も無く、豊かな土壌で作物は豊かに育った。

 鬼は土地を大切に、大事に守っていた。


 そこへ再び人間が現れ、交易を持ち掛けられた。


 見た事も無い作物、けれど毒は無いし味も良い。

 けれど、それだけ。


 鬼は断った。

 何度も信じ、何度も裏切られた事を忘れていないからだ。


 そうして人間を拒絶し、長い月日が経った。




 そしてまた人間が現れた。

 けれども見た事も無い風体、身に着けている衣類もどう作ったのか分からない。


 そして言葉も、新しいと言うか不思議に砕けた物言いだった。


「すみません、道に迷っちゃいまして」


 鬼を鬼と知らないのか、その人間は普通に話し掛けて来た。


『俺らは鬼、人里を探しているなら、こう真っ直ぐ後ろへ進め』

「どの位のきょ、鬼?」


『そうだ』

「その、無知な者でして、鬼とは?」


 鬼を知らない土地から来たにしても、ココへ来るまでに何かを知っている筈。

 なら。


『お前は、何処から来た』


「東京なんですけど、関東で、通じますかね?」


 聞いた事も無い地名に、鬼は地図を取り出した。


『何処だ』

「ココなんですけど、ココって京都って呼ばれてます?」


 あぁ、召喚者か。

 鬼達は人生を諦める事にしました。


 最初に鬼を殺したのは、桃太郎と言う召喚者だと語り継がれていたからです。


『京とは呼ばれているが。お前は他の刻から来た、召喚者だろう』


 彼女は目を白黒させると、嘘をつく事を諦めたのか、口を開きました。


「どうやら、その様で」


『それで、どうするつもりなんだ』

「厠とメシを、働くので暫くココに置いて貰えませんか?」


『ココはダメだ』

「あぁ、因みに、何でですかね?」


『俺らの知らない病気を持っていたら、俺らは全滅するだろう。離れなら貸してやるが、ココにはもう来ないで欲しい』

「あぁ!ごめんなさい、すみません、迂闊でした、成程。申し訳ない」


 雷に打たれた様に土下座し、そのまま後ろへと下がって行った。


『いや、俺はもうお前と近くに居て話もしてしまった。どうせ暫くは村には帰れない』

「すみません、さっきココに来たばかりで、考え無しに。申し訳無い」


『いや、さっきとはいつの事だ?』

「あぁ、どう言えば良いんだろうか。お米が炊けるよりは短い、とかです、子の刻とかの事は良く分からないです」


『そうか、ならどうする。ココを立ち去るのも居るのも、お前が選べば良い』

「あ、居ても良いんですか?ご迷惑になるだけでは?」


『村に降りないでくれたらそれで良い。どの道、他の者に俺の面倒を頼むか、お前も含めて面倒をさせるかの違いに過ぎない』

「それで、アナタはいつ開放されるんですか?」


『一月か三月か、俺らの様子次第だ』

「あぁ、その間にアナタは何をするんですか?」


『俺だけなら食事の用意だけだが』

「あの、その合間に、色々と教えて頂けませんか?それ以降、出来るだけお役に立つ様にしますので」


『だが鬼と関わったと知れれば、お前も酷い目に遭うぞ』

「ココから出なければ良いだけでは?」


『先ずは、鬼が何かを教える必要が有りそうだな』

「すみません、宜しくお願い致します」


 いつ退治されるかも知れないと思いながらも、青と呼ばれる鬼は女の世話をする事になった。




 そして子の刻は何時の事を差すのか、召喚者の居た世界では時間や時刻と呼び、24の数字で均等に分かれているのだと教え合った。

 そして数百年も先の全く違う場所から来た事、異国に負けてしまった事を聞いた。


『異国との戦か』

「はい、天下統一も随分と先でしょうけど、はい、そうなりました」


『だが、鬼は居ないのだろう』

「滅ぼされたかどうかは分かりませんが、居ないモノとして語られています」


『それで、ソチラでの鬼はどう語られているんだ』

「良い鬼も悪い鬼も居て、退治されたり祀られたりしています」


『ほう』

「本当ですからね?こう、鬼の字のココを書かず、ノ無し、ツノ無しの優しい鬼として、こう、コレで鬼と書いて祀っている地域が、東北に存在しているんです。ココら辺です」


『その鬼は何をするんだ』

「だいだらぼっちさんと同じく、水を引くのを助けてくれたそうです」


『それで、その鬼はどうなった』

「仲の良かった者の妻が姿を見たがったので、クワと笠を置いて、鬼は姿を消しました」


『だけ、か』

「桃太郎や金太郎に退治されたのもありますが、この東北のに関しては天狗さんと同じだと思うんですよ」


『ほう』

「異国、もっと来たから来た肌の色や目の色、髪の色が違う者の事を天狗さんと言っていたのではと。そして東北ではその者を、良き者をノ無しの鬼とし、それ以外の悪事を働くモノを鬼としたのではと。そしてアナタも、その様な血族の方なのかな、と」


『だったらどうする』

「結婚、婚姻して欲しいですね、良い男なので」


 退治される事だけを警戒していた青は、酷く狼狽してしまいました。

 まさか鬼の子種を欲しがるとは思ってもおらず、ただ驚いて黙ってしまいました。




 やってしまったか。

 ココでも私はブスですか。


 召喚者がそんな風に思っていると、青が口を開きました。


『子種を、子を成してどうするつもりだ?』

「あれ、ココでの婚姻とは子を成す為だけの事を言うんでしたか」


『いや、そうでは無いが』

「あぁ、夫婦めおとと言えば良かったですかね」


『そうして何の利になると言うんだ?』

「何の為にココでは夫婦になるのでしょうか?」


『お前は、鬼の身内になりたいと言うのか』

「あ、夜這いや夜伽について先に聞くべきでした、妻1人、夫1人ですか?」


『お前は、そこを気にするのか?』

「そりゃ気にしますよ、一夫一妻が望みなので」


『ならココは不向きだ、もしお前が優れていたら、ココでは女は分け合わねばならない』

「男の方ではなく?」


『若ければ子種は誰にでも植えられる。大事なのは種より土だ、土が丈夫で無ければ芋すら育たない、そして丈夫に育つには雨、乳だ』

「思ってたのと違う、向こうは家長制度、最初に生まれた男児が大事にされ、家督を継ぐんですけど」


『戦で表に出るのは男だ、そう直ぐに死ぬかも知れない男を家の長に据えて、何になる』

「ですよねぇ、でも何故かそうなんです、向こうは」


『分からん事が増えたな』

「私もです」


 そうお互いに黙っていると、女の腹が鳴った。


『飯を作るまで待てるか?』

「アナタの食べる時間に合わせますので、水を飲んで凌いでおきます」


『いや、なら少しだけ果物を食べておけ、まだ時間が掛る』

「すみません、ありがとうございます」


 青は運ばれて来た林檎を渡すと、開けた場所で地面に字を書き始めた。

 この召喚者の事、時刻の事、異国との戦の事。


 そして離れた場所で確認をした他の鬼が笛を吹き、そして青は全てを書き記した。




 そもそも、外で書けば良いのか。

 召喚者は外へ出て青の手間を省く事にした。


『欲しい物が有れば、ココに書けば良い』

「今は家族、身内が欲しいですね」


 ケツを拭く紙も有るし、衛生観念も想像以上にしっかりしているし。

 なら家族、安心出来る居場所が欲しい。

 居場所で伝わらなそうだし、間違って家だけ渡されても困る。

 同じ日本語でもココまで時代が違うと実に不便だなと、異世界に居る実感を味わっていた。


『どうしてそう、男を欲しがる』

「そうじゃ、違うんですよ。安心、落ち着いて居られる場所、人と一緒に居られる、危ない事の無い場所で過ごしたいんです」


『なら人里でも良いだろう』

「それはアナタ達の話を聞かないと、人里が安全かどうか、今の私には分かりませんから」


『なら、全てを話してやろう』


 それはそれは悲惨な差別の歴史だった。

 他の住民よりも優れた能力や容姿に怯えた者達が、彼らを狩り、追い立てた。


 そして1度は助け、友好的になれそうだったのに、奢った物言いで罵った。


「馬鹿だから、愚かだから滅びたんですよ。アナタ達は悪く無いのに、どうして私を警戒したんですか?


 そうして桃太郎と言う名の召喚者が、住民に唆され、鬼達を追い立てたのだと知った。


 危ない。

 このまま襲ってたら、青は殺されると思って夜伽が成立しなかっただろう、そう召喚者は思った。


『言い掛かりにせよ、俺らはそう言う者達、俺らを敵として周りは平定を得ている。だから』

「いや、なら余計に私は手出しすべきでは無いですよ。寧ろ、いずれこの地の為にこのままで居るべきかも知れません」


『どう言う事だ?』

「それこそ異国との戦です、ココの方々が強いなら、より強くなるべきなんです。そしていつかは他の村を助け、ココが一国となった際には国の守り手となる。もうそうなったら誰も殺そうだなんてしない筈、少なくとも、滅ぼそうとはしない筈」


『そう事が』

「とても長く掛かります、けどそうしないと、それこそ異国に支配されたら滅ぼされます。そうならない為に、政には手を出さない代わりに、この国を守る。そう約束し、互いに良い条件を作り上げるんです」


 青はその事を地面に書く事にした。

 本当なら長に相談すべき事なのだが、女の言う事の筋が通っているかも知れないと思い、伝言役へと全てを伝えた。




 お腹の林檎が居なくなりそうな頃、青に良く米を研ぐ様にと任される事になった。

 白米だ。

 そして健康の為に雑穀米にされて出て来た。


 付け合せは漬物、魚の干物、山菜とキノコの味噌汁。

 思った以上に豪勢だ。


『どうした?』

「豪華、豪勢、贅沢では?」


『夕餉はもう少し質素だが、朝や昼は毎回こうだぞ』

「そうなんですね、今度は食べ物について話し合いましょう」


『あぁ、分かった』


 そうして日暮れまで話し合い、夜は昼に炊いた米と汁物の雑炊に漬物が乗ったモノを食べ、湯浴みをする事に。

 沸かした湯を大樽の中で使い、その水は裏の畑へ。

 明日には長期戦に備え種芋等を植え、以降は毎回水やりに使うらしい。


「毎晩、ですか」

『漁や稲作に出る者はもう少し早い時間だ。布団を汚しては病が広がる事にもなるからな』


 夜伽後はどうするのだろう。

 そう思ったけれど召喚者は黙っている事にした、がっついているとは流石に思われたく無かったからだ、そして向こうにも選ぶ権利は有る。

 そもそも独身かどうか聞いて無かった事に気付いた時点で、家族の事を言うのを止めたのだった。


 どう、奥様とかお相手に謝ろうか。

 明日になってから考えよう、そう思い土間の地面に、奥方に謝る、と書き残して布団へ入った。




 青は少し怯えていたのだが、彼女の寝息が聞こえて来たので、土間へと向かった。


 そして彼女の書いた字から、どうして夜這いをされなかったのか、答えを知った。

 青は妻が居るとも居ないとも言っていない、だからこそ夜這いをしなかったのだ。


 なら、このまま居るとも居ないとも言わず、彼女の同行をもう少し探ろうと決意したのだった。




「奥方はいらっしゃいますか」


 寝起きに聞かれ、青は少し驚いたが、何とか平静さを取り戻し、答えを濁す事にした。


『どうしてだ』

「寝食を共にしてしまったので、もし居られるなら謝りたいんです。そして何も無かったと、どう分かって貰えば良いでしょうか」


 そう悩んでの書置きだったとは思わず、つい。


『謝る先は無い』

「あぁ、良かった。あ、でも、お慕いする方は居られるでしょう」


 本当は居ないけれど、居ると言えば身の安全が確保出来るだろうと思った青は、居ると答えた。

 そして彼女は、ですよね、そう言うと黙ったままになってしまった。


『それで、今日は何を話す』

「何でも良いですよ、お任せします」


『なら……』




 そうして問答を続け、半月が過ぎた頃。

 召喚者が体調を崩した。


 痩せ始め、咳をし始めたのだ。


「移るかも知れないので、囲いをお願いします」


 食欲だけは有る。

 コレは食事が足らないのかも知れない。


『お前、もっと食えるのだろう』

「あぁ、食べても食べて空きますけど、女子は細く軽い方が良いでしょうから、丁度良いかと」


『ココには妖力と言う存在が有るんだ、尽きれば命に関わる』


「それ、早く言って下さいよ」

『すまん』


 それからは食事に肉が増え、芋や大根が増え、煮魚も届けられる様になり。

 半月後には咳も止まり、体重も幾ばくか増える様になった。




 そうして二月目になり暫くした頃、彼女がすすり泣く声を聞いた。

 嫌な夢でも見たのかを聞いたが、もう忘れましたと、すっかり笑わない顔で答え、外に向かった。


「今日も、病気の事で良いですよね」

『あぁ、頼んだ』


「では血の病気について……」


 あれ以来、特に体調を崩す事も無く、彼女は毎日の様に質問に答え続けている。

 そして雨の日は自分が着る為の着物を縫い、もう青に雑談をする事も全く無くなった。

 聞かれたら応える、ただそう日々を繰り返し、夜這いをする事も無く。

 毎日、毎日、食事をし、洗い物をし、答え、縫い物をする。


 本で読んだ様には、普通ならないよね。


 自分が殺されるかも知れないと思ったのは、食事量を聞かれる少し前の事だった。

 常に空腹感に悩まされ、つい、そこらに生えているキノコに手を伸ばそうとした時。

 カヤノヒメと名乗る神様に、そのままでは死んでしまう、回復するにはもっと食べる様にと山菜の籠を頂いた。


 けれど青に渡すと漬物にするからと塩漬けにされ。

 今すぐに天ぷらにしたかったのにとの言葉を呑み込んだ時、ふと、青は死んで欲しいのかも知れない。

 そう頭に過ぎった。


 復讐される対象には十分。

 召喚者だからこそ、本当に殺されるかも知れない。


 けれど、抵抗は止めよう。

 殺される事で、何かが良い方向へ向かうのかも知れない。


 魔素も体力も尽き掛け、極限状態の彼女はそう悲観するしか無かった。


 そして数日後に咳が出た時も、栄養失調に気付かないフリだったのかも知れないと思うと、もう彼をマトモに見る事が出来なくなっていた。

 憎まずに、彼を好きなままで死にたい、そう考えながら過ごす様になった。




 青は異変には気付いていたが、無視をした。

 自分なら、寧ろ最初から愛想を振り撒く事もせず、こうしていただろう。

 そう思うと、彼女に何かを尋ねるのは無粋だと思っていたからだ。


 けれども再び彼女が痩せ初めてしまい、問い掛けるしか無くなってしまったのだ。


『何か、思い悩んでいる事が有るなら、聞かせて欲しいんだが』


「私は、どの様にして殺されるんでしょうか」


 殺そうとは思ってもいなかった。

 それは長も同じ考えで、村も受け入れていた事。

 なのに。


『どうしてそう思うんだ』

「栄養失調で死にそうになった時、カヤノヒメ様が山菜をくれなかったら、私は栄養失調だと気付いて貰えなかった。殺したいから、勝手に死んでくれた方が良いから、そのままにしていたのでは、と」


『いや、違うんだ。例え病気でも』

「寧ろ病気なら、治療法なり対処療法を聞かないと、青さんは無駄死にですもんね」


『そうでは無いんだ、あの時は本当に病気だと、ならどうすべきかと相談している時で。病気ならお前に尋ねるつもりだったんだ』

「それで、全部聞き出したら殺すんですよね」


『いや』

「なら生かしてどうするつもりなんですか?」


『それは、今でもお前に選んで貰うつもりだ』


「アナタが慕う人に謝罪して、何も無かったと分かって貰えたら、出て行きます。書物として纏めてくれてるでしょうし、それを広めます」


 自分の嘘が理由になり、しかも留め置く様にと長に言われているのに、ココを離れる道を選ぶとは予想もしていなかった。


『どうしてなんだ』

「言いたくありません」


《何を揉めておる》

「カヤノヒメ様、何でも無いです、大丈夫です」


《そう言うワケにはいくまいよ、ほれ山菜じゃ。青や、天麩羅にして参れ》

「いや、油は高価だし」


《そんな事で死なせるワケにはいかぬよ、油なら椿を取らせてやるでな》

「え、いや、自分でやります、大丈夫です」


《そうかえ?楽しみじゃのう》


 気まずい空気から一転し、貴重な黒糖と醤油でつゆを作り、少量の油で揚げ、つゆにくぐらせ炊き立ての米の上へ。

 あぁ、コレが最後の晩餐か。

 またしても栄養失調状態の脳は、悲観する方へと走っている事を自覚出来る様になるのは、すっかり満腹になってからの事だった。


「ふぅ、ご馳様でした」

『本当にもう良いのか?』

《心労故、もっと言うとお主のせいよのう》


『どう言う事でしょうか』

《こう阿呆じゃから、そう考えこまないで欲しいでな、どうかもう暫く、辛抱して欲しい》

「え、あ、はい」


 そうして考える事を止めた召喚者の体重は増え、三月目になった。




《いや、この阿呆に何かされなかったかい?》

「はい、全く何も。それでこの方の思い人に、何も無かったと証明したいのですが」


《そうかそうか、なら私と夜伽をしようか、そうしたら私には直ぐに分かるからね》

「分かりました、宜しくお願い致します」


 居もしない相手の為、彼女が村の長と夜伽をする事に同意するとは思いもせず、青は動揺してしまった。


『いや、それは』

「大丈夫です、今までありがとうございました」

《さ、私の寝屋は向こうだ、案内するよ》


 青は長にも御され、何も言えずに見送るしか無かった。


《本当に阿呆だ、どうしてあそこまでするか分からぬのかえ?》

『はい、全く』


《お主に惚れている故、惚れた者には幸せになって欲しいと思えばこそよ、何とも健気で良い女を逃した事か》


 青は駆け出した、けれども長の住む洞窟には、長の許可が無ければ入れない。

 そして案の定、青は3度程結界に弾かれ、気を失ってしまった。




 世話の焼ける子程、可愛いと言うが。

 阿呆に限ってはそうは思えない、と考えつつも、召喚者と共に様子を見に行くと、青に片思いをしている女が介抱していた。


 何と間の悪い。


「長、お邪魔をしては」

《いや、あの阿呆にはキツいお灸を据えぬといかんでな、是が非でも邪魔をせねばならんのだよ》


 後でどの様に誂ってやろうか、そう思いながら青を抱き上げ、影を使い、新たに建てた家へと送ってやる事にした。

 そして2、3発ビンタをして、青を目覚めさせた。


『お、長』

《何をしに結界を3度も叩いたのだ》


『思い人等居ないので、それを言おうかと』

《今更、言ってどうする》


 ほら阿呆だ。

 どうするかまでは考えない、この青臭い青二才の青め。

 そう悪態をつきながらも、長は相手をする事にした。




 洞窟に残された召喚者は、結界内から彼女に声を掛けた。


「私と青さんは何も無かったので、安心して下さい」


 ホッとした表情を浮かべ、お礼を言った後、彼女は直ぐに何処かへと立ち去った。


 あぁ、凄い美人さんだった。

 自分には勝ち目なんて最初から無かった、恥ずかしいな、先走らずに先ずは相手が居るかを聞くべきだった。


 あぁ、早くココから居なくなりたい。

 けれども本当に出してくれるだろうか、コレから殺されるんじゃないだろうか。


 あぁ、外は曇りか、眠いなぁ。




 長は召喚者の真面目さに感心し、末の子の阿呆さに落胆していた。


《だーかーらー、好いていると言っていただろうに》

『いや、心細さ、寂しさ故かと』


《なら私の庇護下に入るのだ、お前が邪魔をする必要は無かろうよ》


『嘘は良くない』

《なら嘘だと教えた後だ、あの娘がどう思い、行動するかだ》


『疎まれ、嫌われていたと、思うかも、知れない』

《で、お前はそう思っているのか?》


『いや』

《はぁ、いくら15とは言えど色恋沙汰に疎過ぎるぞお前は》


 そう言い終えるかどうかで、長はある事に気付いた。

 もしや、あの召喚者は随分とこの子の年を勘違いしておるのでは、と。

 見た目には所帯を持っていそうだし、このパッと見は落ち着いた様な感じも。


『長の言い付けを』

《お前、年は言って無いだろう》


『はい』

《そこだ、娶る気なら全てを言えば良い。だが娶る気が無いなら、もう忘れなさい》


『暫く、考えさせて下さい』

《分かった、けれど呑気に考える暇は与えない、今日の子の刻までだ。それ以降は私のモノにするからね》


『はい』


 そうして洞窟に帰ると、昼寝をする召喚者の隣で横になった。

 彼女が善人かどうかも見極める為の期間だったのだが、酷な事をしてしまったと、少し悔いた後に村人へと告げた。


 彼女の邪魔をしてはならぬ。




 青が思い悩む中、父親違いの姉妹に囲まれ、囃し立てられ。

 夕餉を持って行き、彼女の顔を見ても、何も決める事が出来ぬまま、洞窟へと赴いた。


《何をしに来たんだ、小僧》

『話をしたい』


《分かった、ほれ入れ》


 そう言いつつも偶に長は結界を解除せず、誂う為に1度は弾き飛ばしたりもするのだが。

 今夜はすんなりと洞窟へと入れて貰えた。


『話がある』

「はい」


『思い人等は居ない』


 好かれていれば驚かれ、喜ばれるかも知れない。

 姉妹がそう言っていたからこそ、何処かでその様な態度が出るだろうと思っていたのに。

 彼女は仄かに表情を曇らせ。


「そうですか」


 そう俯いたまま答えると、黙ってしまった。


《あぁ、焦れったい。そいつはまだ15だ、しかも色恋沙汰には疎い、ウブな子でね》


 そう聞くなり明るくなりそうな顔を抑えると、直ぐに暗い表情へと戻ってしまった。


「なら似た年なり、可愛らしい方と一緒になるべきでしょうね」


 諦めと自嘲を含んだ声で、長は本当に好いているのだと分かったのだが。

 当の青は青二才、呑気にそうなのかと考え込む始末。


 甘やかしてしまったのかも知れない。

 村の事を考えるなら、この有用な女をココに縛り付けるのは当然の行為なのだが。


 それとも、僅かにでも恋心を自覚したのか。


『村でも、そう言われてはいるが』


 あぁ、うん、馬鹿だ。


《そうだな、うん、もう良いか青》


 止めるなら今だぞ、青。


『だから、もう長と夜伽をする必要は無い』


 そうだ、その調子だ。


「そうですね」


 お、ちょっとガッカリしてくれるのか、もういっそ抱いてしまおうか。


『家を貰った、案内したい』

《君の家だ、行きなさい》

「え、ありがとうございます」


《いやいや、一揃えは有る筈だ、足りなければ明朝にココへおいで》

「はい、ありがとうございます」


 畳へ頭を擦り付ける程の土下座に、ついいじらしさを感じて手放すのが惜しくなってしまったけれど。

 実の子の思い人になりそうな相手なのだから、もう少し様子を見てやろう、泣く泣く、仕方無く。


 そう思いながらも、長は見送る事にした。




 未成年だとは思わなかった。

 けど、それこそ北の方の血が入ってるなら、大人びて見えても。


 いや、でも15って。

 危うく犯罪者に。

 いや、ココでは合法なのだろうか。


 いや、でも、選ぶ権利は彼に有るし。


『ココなんだが』


 茅葺き屋根の新築の良い匂いのする家。

 マジで建ててくれて、なら当分は殺さないと言う事だろうか。


 それとも油断させて。

 いや、少しは信じないと、差別した馬鹿な連中と同じになってしまう。


「ありがとうございました」

『いや、ココは俺の家でも有るらしい。世話を任された』


「嫌なら嫌だと言ってくれたら、長に他の人を」

『いや、疎んではいない』


 あぁ、無関心が1番心に刺さるんだけどな。

 そうだよな、若いなら言葉選びが下手なのも仕方無いか。


「そう」

『布団を敷こう』


 まぁ、美青年と同じ屋根の下で生活出来るなんて、向こうでは有り得なかったんだし。

 今後も愛されるだなんて到底無理なのかも知れないんだ、コレでも十分、コレ以上は我儘な時代なのかも知れない。

 そう思い込もう。




 次の日。

 召喚者と青は洞窟へ行き、朝餉を済ませ、長の問答に付き合う。

 そうして10日が過ぎた頃、2人で帰る道すがら、青に片思いをしている村娘の梅花が声を掛けた。


《青、少し》


 一緒に召喚者を送り届けると、彼女が戸を閉めるかどうかで、梅花は青に口付けようとした。

 けれども見事に顔を手で抑えられ、引き剥がされた。


『何を』

《接吻をしようとしたのに》


 梅花がそう口を開いたかと思うと、そのまま舌を伸ばし、青の手首を舐めてきた。


 ゾクゾクと嫌悪の鳥肌が立つのを覚えた青は、思わず殺気を出してしまった。

 笑談だと言って逃げた梅花を追うかどうか迷い、青は良く洗う事を選んだ。


「何か違和感と言うか、寒気がしたのだけど」

『すまん、ちょっと殺気立っただけだ』


「あぁ、そう」


 つい気になって盗み見していたのがバレたんだろうか。

 もう止めよう、思うのも諦めよう。




 どうしてウチの子は、こんなに言葉足らずになのだろうか。

 翌日、更に余所余所しくなった召喚者と青の前で、長は溜め息が出そうになった。


《青、ちょっと来なさい》


 全く、コレでは誂う余地も無いじゃないか。

 このままでは拗れるだけだ。


『どの事でしょうか』

《そんなに思い当たる節があるのかい》


『昨夜の事と、先延ばしにして頂いている、娶る事だけです』

《昨夜の事の方だ、お前の言葉足らずのせいで、召喚者様は自分に向けられた殺気だと勘違いしているぞ》


『申し訳御座いません』

《それで、先ず梅花はどうするつもりなんだ》


『どうにもする気は無いんですが』

《ならそう伝えないさい。それで、召喚者様はどうするつもりなんだい》


『長には、渡したくは無いです』

《なぜ》


『一夫一妻が良いと言っていたので、長では難しいかと』

《なら適任者は誰なんだ》


『まだ、思ってくれているなら、俺だと思います』

《で、確認したのか?》


『いえ』

《何故》


 そう、気になってはいる。

 何なら梅花のお陰で気になっている事には気付けている、けれどもその先へ進められるかどうか。


『もう少し、落ち着いたら、と』

《そうか、だが時間を掛け過ぎるなよ》


『はい』




 その夜、青は梅花に襲われた事を告げ、だからこそ殺気立ったのだと伝えた。

 そして、同じ様に手首を舐めて欲しいと告げた。


「良いけど、同じ様にする意味は?」

『見極めたい』


 何を見極めたいのか、召喚者は敢えて聞かなかった。

 もう既にこの村を出るか、殺されるかの2択しか頭に無かったから。

 それしか頭に置かない方が傷付かないから。


 コレに深い意味は無い、ただの見極め。


 そうして手首を舐められた青は、同じ様にゾクゾクとしながらも、嫌悪感が湧かない事を不思議に思った。

 同じ女なのに、どうしてなのだろう。


「洗ってきた方が良いよ」

『分かった』


 けれど青は洗う前に、同じ場所を舐めてみた。

 接吻の真似事。


 けれど、コレにも嫌悪感は湧かなかった。




 進展しそうだと思った長は、雨だから今日は休めと2人に伝えた。

 その勘は見事に当たったのだが、すっかり捻くれてしまった召喚者様には、青の好意は素直に受け取れなくなっていた。


「接吻は好きな人となさい」

『大事にしたいと思ってる』


「稀人として、でしょう。長の子を生むから、別に青が無理をする必要は無いのよ」

『無理は何も無い』


「長に取られたく無いだけじゃないの」


 幼い青に、それを上手く否定するのは難しかった。


『取られたくは無い、けれど』

「けどココでは妻は共有物、多夫一妻。なら私が不適当なのだろうから、全てを勘違いだとして忘れた方が良いよ、君はまだ若いのだから」


『良い男だと言ってくれた』

「15よりもっと上だと思ったから。勘違いだったのかも知れない、もう心変わりをしたから、忘れて下さい」


 取り付く島もない状態になり、困った青は姉妹を尋ねる事にしたのだが。

 待ち構えていた長によって、家に着くなり怒られる事となった。


《梅花に手首を舐められ嫌悪が湧いた、けどお前には湧かなかった、好きだ。で収まるだろうに》

「あぁ、けど今更は駄目よ」

「そうよねぇ、誰かに教えられたのだろうって考える隙を与えてしまったら、真正面からは受け取って貰えないわねぇ」

「残念ね。折角、青の心が動いた子なのに、ふふふ」


 青は特に外の血が濃く、村娘には非常に人気が高かった。

 けれども青は誰の求愛にも心が揺れ動く事は無く、あんな風に触れ合ったのも始めてだった。


「お母様が守って下さったのは良いけれど、守り過ぎたのかも知れませんね」

「そうよ、鈍感、にぶちん過ぎだわ」

「だからこそ、今、挽回しようとなさってるんですよね?お母様」

《半々だよ、いざとなれば私のモノにする気だからね》


「意地悪ね」

「本当に」

「さ、本当に取られる前に、言葉を尽くしなさい」

『はい』




 青は彼女の名前と同じ花を神様に強請り、その花を持って召喚者の元へと向かった。

 けれど、彼女はそう喜んではくれなかった。


「牡丹って名前のクセにブスだよなって、散々言われて来たの」


 青は人間の酷さを知っていたのに、牡丹も人間の中で生きていた事をすっかり忘れていた。

 鬼と呼ばれる種族なのも、牡丹は人間だと思っていた事も、全部。


『酷い人間の中に、人間は酷い生き物だと、忘れていた、すまない』

「そう、私は人間、きっと酷い事をするかも知れないから、忘れた方が良い」


 手放したくない。


『手放したくない、嫌だ、人間や鬼の事を忘れてた。忘れていられた、だから嫌な思い出が有るかも知れないと思わなかった、すまない』


「好意で、善意でコレを?」

『勿論』


「もし、私と出会う前に人間と出会って、好きだと言われたら、どう思う?」


 青は直ぐに答えが分かった。

 牡丹は疑っているんだと、疑うには十分な理由が沢山有るのだと、考える間も無く直ぐに分かった。


『疑う。だから牡丹に信じて貰える様に、言葉と行動で示す』


「少し、長と話をさせて欲しい」




 召喚者が何を考えているか分かった上で、敢えて長は聞く事に。


《それで、用件は青の事かな?》

「15で夜伽をして良いんでしょうか」


《あぁ、相手が受け入れたならね》

「ヤれば諦めてくれるでしょうか」


《アレは生まれた時から体格が良くてね、下手に何かを教えて、村娘が怪我をしては良くないからと。本当に全く、何も教えては来なかったんだよ。その弊害が今出てしまって、正直親としても戸惑っているんだ》


「弊害?」

《疎いんだよ、色恋沙汰にね。だから君の事をね、最初から疎んでたりしたんじゃないんだよ、ただ村の為にと真っ直ぐに役目を全うしようとしただけなんだ。そんな時に、梅花にちょっかいを出されて、嫌悪から殺気立った》


「私に向けられたんじゃないとは聞いてます」

《それでアンタならと、ね、それで見事に精通だ》


「そ、せ、遅く無いですか?」

《そうなんだよ、呑気過ぎる子だと心配してたのだけれど。アンタに舐められた翌日に夢精の相談をされてね、勝手にコッチで赤飯で祝ったよ》


「筒抜け過ぎでは」

《身内だけだよ、アンタに嫉妬が向いては怖いからね》


「あぁ、はぁ」

《だから、寧ろアンタがそうウブなのが好きじゃ無いなら、本当に里を出ても構わないよ。コレだけの知識をくれたんだ、十分だよ》


「いや、全然、大好物ですが。年が年で、外見も見合わないかと」

《外見をどうこう言うなら、とっくに梅花と良い仲になってるだろうよ。私は君の言う異国も見て来た、そして北の地で旅の土産にとあの子を設けた、妻と死別した人狼の子だ。だからこそ、あの子は凄く器量が良い、けれど選り好みが激しい、嫌悪で殺気立つ程ね。だからアンタが去っても、早々に誰かを受け入れる事は無い、下手をすれば、もう一生1人のままだろうね》


「どう、選んだんでしょうか」

《自分より何か1つでも秀でていなければ認めない、そう言う血族でね、私は殴り合いで勝って、抱かれた。血すらも合わないと特に嫌悪は酷く出て、立つモノも役に立たなくなるんだよ》


「凄い、羨ましい」

《子が居ない人でね、勿体無いなと思ってね。無理を言って、粘って、やっとだよ》


「素晴らしい」

《ふふふ、私らを滅ぼそうとしたのとは、本当に随分と違うね》


「あ、ソレを詳しく聞くワケには」

《良いよ、久し振りに語ってやろう》




 ザッと言うと、鬼は悪だと触れ回る若い子が村に来て、暴れ回った。

 そして面倒なのが来たし、近隣からは戦に駆り出されてばかりだからと、離島へ引っ込んだ。


 そして暫くぶりに村へ交易に行くと、相変わらず自称召喚者の配下が居たので、交易の邪魔だからと1度だけ排除した。

 そうすると疲弊していた村人から助けを求められたけれど、村を返すならと交渉したら、逆ギレされたので島に帰った、と。


「あぁ、知らな人だとは思うけど、ウチの者がすみません」

《いやいや、異国でもそんなモノだと聞いていたし。君は私達に有益な知恵を授けてくれたんだ。全く別物だと思っているから気にしないでくれ》 


「でも、そこまで詳しく無いですよ、どの平民も知っている知恵ですし」

《異国との戦に備えろ。コレだよ、私達を思っての助言、実に心に響いた、青に飽きたら本当に私の嫁になりなさい、君が望むなら一夫一妻で構わないよ》


「それは、青が妬くのでは」

《だろうね、そうして代替りするか、君に縋るかだ》


「代替りって」

《まぁ、もう少し焦らしても良いかも知れないね。君にも知恵は必要だろうし、我慢を覚えさせないと君の身が保たないかも知れないからね》


 そうして親であり長の許可は得たけれど。

 事実上、未成年では無いけれど。


 幾つも下の子を相手にするかも知れないとなると、他の女性の方にお話を聞きたいワケで。


「あの」

《青の姉妹を紹介しよう》




 休みなのにも関わらず、ココまで牡丹と一緒に居られない事は初めてで。

 すっかり自覚をしてしまった青が牡丹を迎えに行こうとすると、長が家にやって来た。


『長、牡丹は』

《美味しかったよ、ご馳走様》


 冗談だとは分かっていても、どうにも不愉快で堪らなかった。

 けれど、相手は親であり里の長。

 逆らう事は出来るが、殺してしまったら記憶と業と罪を背負う事になる。


 決して自分を殺すな。

 その前に死を選べ。

 長になれば命を背負う事になる、背負い続けられなければ、死ぬだけだ。


 子供の頃にそう言われたけれど、未だに青だけは実感出来ぬままだった。


『匂いがしません』

《風呂に入ったんだ》


『なら、直ぐに終わったんですね』

《無知なクセに嫌な所を突く。あーぁ、初夜で失敗しない様に、お母さんが大事な事を教えてあげようかと思っていたのになぁ、止めてしまおうかなぁ》


『なら』

《姉妹には口止めしてあるよ、あんまり教えては牡丹が可哀想だからね》


『それで』

《まぁまぁ、焦らない。お前には初めて見せるけれど、そう驚かないでおくれね》


 長に目を閉じられた瞬間に、記憶の片鱗を垣間見た。

 見た事も無い筈なのに、父親の顔だと、ハッキリと認識出来た。


『今のが、俺の父親』

《そうだよ、愛情深い良い人狼だった。そして人狼の能力はココでは発揮されない、お前の父さんの故郷でしか使えない。もし牡丹に何か有って逃げる事になったら、父さんの故郷に向かいなさい。言葉は牡丹がどうにかしてくれる筈だ》


『はい』

《それと穴を間違えるなよ、前の方の穴だ、クソをする穴に入れたら、ぶん殴られるかも知れないから気を付けるんだよ》


 青が返事を返す間も無く、長は影の中に消えてしまった。




 牡丹は夜伽のイロハを目一杯に聞かされ、明朝に風呂に入ってる家は大概事後だとも教えられ、雨が弱くなったからと家に帰されてしまった。


「ただいま」

『おかえりなさい』


 ハグ、美青年、いや美少年のハグ。

 長が基本は教えておくとは言っていたけど、まさかコレもか。


「コレも教えられたのか」

『父さんが長にしているのを、記憶を見せて貰った』


「コレだけ?」

『穴を間違えるなとも言われた』


「あぁ、ふふ、ふふふふ」


 うっかりハグでその気になりそうになったけれど、長のお陰で今日は耐えられそうだなと思った。


 けれども結論は直ぐに覆された。

 まだ笑ってるのに、頬に接吻を受けるとは思わないじゃない。


『父さんは北の異国の人狼だった、母さんにこうしていた』

「そうやって思い出を共有出来るのは良いね、素晴らしい事だと思う」


 けど、接触が急に多過ぎて。


『嫌?』

「夜伽はもう少し、考えさせて欲しい」


『分かった』

「うん、分かって無い、触れるのを減らして欲しい」


『どの位』

「先ずは離れて家に上がらせて欲しい」


『分かった』


 コレを拒絶するには、相当の胆力が要る。

 もう、すっかりこの土蜘蛛の里に、絡め取られているのかも知れない。




 牡丹に先ずは1人で練習をと言われ、何回で尽きるかを把握しておけと言われた。

 それから強く握り過ぎるなと長に言われ、姉妹からは良く手を洗ってからにしろとも。


 そうして牡丹が姉妹の家に泊まっている時に、初めて1人でする事になったのだけけれども。


「それで」

『18』


「じ、ちゃんと眠った?」

『食って寝て、18』


「そ、そう。子種が回復するのに4日は掛かるみたいだから、次は4日後ね」

『分かった』




 人狼に猿は失礼なのかも知れないけれど、18回も抜いて未だにイチャイチャされて、正直、逆に怖いです。

 果たして身が保つのか。


 いや、そもそも受け入れるかどうかも決めて無いのに。


「触るのは手だけで」

『膝枕をして欲しかったのだけれど』


 どうして美少年からのお願いを断れましょうか。

 しかもしおらしくおねだりだなんて。


 自分の容姿?

 えぇ、気になりますよ、年も気になりますけども。


 ストライク、真ん中ドンピシャの美少年ですよ?

 それが自分を好いて膝枕を強請るだなんて。


「少しだけ、足が痺れたら困る」

『分かった、少しだけ』


 ずーっと仏頂面で真顔だったのに、急にデレてるんですよ?耐えられます?凄いですね、私には無理です。

 手に頬擦りされて、キスされてるんです。


 飛び付かない事を褒めて貰いたいですね。


 そんな度胸も無いと言えばそうなんですが、18超えてたら、超えてても。

 きっと悩んだと思います。


 鬼と呼ばれているから疑っているんじゃないんです、この土地や彼らの性質上、私を囲うのが有利だからこそ、利用する為の罠なのではと疑っているだけ。


 青は勿論、姉妹や長を疑っているワケでは無い。


「傷付くのが怖くて疑っているんです、素直に受け入れられす、ごめんなさい」




 元はと言えば、自分が色恋に疎く、婚姻について深く考えないでいたからだ。


『とっくに婚姻や色恋について考えるべきだったのに、考えないままだった。考えていたら、もっと早くにこうしていたし、もう初夜も迎えていたと思う』


「けれど、もし子が出来なかったら、他の人と子をなして欲しい。約束してくれないなら、婚姻はしない」


『牡丹は、いつも驚く事を云う、どうして?』

「青の子が見たいから、それは我欲より優先される、大事な事だから」


『他は嫌だ』

「なら婚姻は無理だよ。折角、長が繋げてくれた血なのに、それをを断つのは我儘が過ぎる」


『考えたくない』


 折角の膝枕から起き上がり、押入れの布団の中に逃げ込んだ。


 牡丹が言う事も、その気持ちも分かる。

 けれどもそうしたくない。


 そうすべきでも、そうしたくない。




 4日間の膠着状態を経て、しびれを切らした長に問い詰められる事となった。


《それで、答えは出そうか、青》

『無理』


 拗ねている。

 可愛い。


 けどココで折れたら繋がる血も繋がらない。

 コレが私なりの青を遠ざける言い訳だとしても、この里にとっては間違いでは無い、寧ろ正しい知識判断だろう。


 だからこそ、長も。


《分かった、もう少しお前なりに考えたいと言う事にするが、良いな?》

『はい』


 我が子だからこその甘さなんだろうか。


 そう舐めていたのが、私の甘さだった。




 長から睦言を数話教えて貰い、少し強引に牡丹を手に入れた。

 それから眠って、また起きてからも。


「待って、お腹が減った」

『食べたら、またしてくれるなら』


「けど長の」

『今日は雨だから休みだよ』


「こう頑張っても」

『3年経ったら考える』


 この3年の間に離れられなくなってくれれば、それでも子供が欲しいとなったら、その時に改めて考える。

 そう言い包めて、牡丹を手に入れる事が出来た。




 結婚式は無しだから、婚姻関係もある意味で無い、とか長が屁理屈をこねるとは思わなかった。

 そして責任を取れ、面倒を見ろ、と。


「体が」

《恥ずかしがらずに姉妹の知恵を使った方が良いだろうね》


 コレでは本当に妊娠しそうだ。

 けれどこんな事を言えば喜んで回数を増やしそうだし、かと言って孕めなかった時の事も。


『大丈夫、俺には牡丹だけだから』


 嬉しいけれど、こんなにも年の差婚は複雑な心境になるとは思わなかった。

 向こうの男達は良く耐えられるな、凄いわ。




 やっとこさ誂える状態になったと思ったら、様子見に来ていた梅花が2人の仲に気付いてしまった。

 正直、青が拒絶した時点で何をしても無駄なのだけれど、どうにも諦めきれないらしい。


 と言うか、顔を褒め過ぎたか。

 牡丹を貶すとは、少しの間に随分と良い性格になってしまったらしい。


《私はね、そう寛容でも無いんだよ》


 里の記憶を消し、遊郭へと売りに出した。

 和を乱す者をこの小さな里に置くと、影響し合い、他の者まで歪んでしまう。

 そう言い聞かせて来たのだけれど、どうにも定期的に湧いてしまうんだよね、性格の歪み易い子は。




 美人な当て馬さんが、遊郭へ。


「何もそこまでと、思ってしまうのですが」

《定期的に歪み易い子が出るんでね、いつもの事だから気にしないでおくれ》


「いや無理ですよ」

《数十年に1人は出るんだよ、どう言い聞かせても、どう窘めても。その場は良くても直ぐに人の邪魔をしようとして、時には里の者を扇動したりと、周囲w巻き込むんだ。それを死ぬまで監視するよりはね、手間を考えた結果だよ


「散々に、色々と試したんですよね」

《何代も前の、子供の頃からね。紙芝居で読み聞かせ、時には神にも姿を現して頂いて、どうなるかも言い聞かせて来た。けれど、どうしても出てしまう。ココは小さいからこそ、排除するしか無いんだよ》


「それだけの覚悟で罵って来たんですね」

《いや、それこそ舐めてたんだよ。どうしてか自分だけは遊郭に売られないと思っていたらしい、そしてどうしてなのかと問うと、答えは出ない》


「あー」

《思い当たる節があるなら、それと同じだ。幾ら心の底で謗ろうが罵ろうが構わない、けれども注意や忠告では無い事は決して許さない。ココで和を乱すと言う事は、それだけ重い罪なんだよ》


「夫婦でも?」

《あぁ、犬も食わない事はよっぽどの、そうさな。それこそ殴り続けたり、罵ってばかりは仲裁に入るが、基本的には私は介入しないよ。キリが無いからね》


「そうですか。それであの、梅花さんを好いてる人に逆恨みされるとかは」

《無い無い、今頃は恥をかいてるだろうさ。性根の悪さを見抜けない青二才だ、とね》


「それもそれで」

《女達はとっくに見抜いてたからね、見抜けない阿呆に容易く種付けさせる女は、本当に好いてる者だけだろう。それに逆恨みなんてしたら同じ様に売りに出される、しかもココで仕込まれてからだ、見せしめにはされたく無いだろう》


「怖い」

《里を守る為だ、掟を守ってくれさえすれば、私が守る》


「お疲れ様です、ご苦労様です」

《ふふふ、良い子だ、嫁に来ないか?》


「青を御せるなら」

《あー、それは無理だな、残念だよ。さ、家まで送るよ、影でね》


 前回から4日目。

 長の洞窟に逃げ込む事は失敗した。




 目の前で、1人でさせられ。

 それからも体を繋げさせて貰えず。


『嫌になった?』

「翌朝が辛いの、手加減して貰う為です」


『分かった、けど慣れても欲しい』

「1回だけ、続きは起きたら」


 牡丹に合わせると、朝の方が沢山してくれる事が分かった。

 そして昼、昼寝の後はもっと沢山してくれるので、夜は出来るだけ触るのを我慢して。


『おはよう』

「おはよう、口を濯がせて」


 朝は食事も片付けも終え、布団を干した頃に触らせて貰える。


『どうしてこの時間なの』

「厠で肥溜めに貢献するからです、何ならその後に湯浴みしてからが良い」


『言ってくれたら良かったのに』

「何度も湯浴みするのも疲れる、温泉が有ればマシなんだけど」


 この言葉に神様が現れて、温泉を湧かせてくれたのだけれど。

 正直、恥ずかしいしか無い。

 温泉引いた理由が、夜伽用って。

 どうか後世には伝わりません様に。




 それからは牡丹のお陰で立派な温泉が出来上がり、その余波で子も増えた。

 女が綺麗好きと言うか、ならざる負えないのは良く分かる。


 特に青は父親似だから、湯浴みせねば牡丹は外に出るのも憚られる状態になってしまうんだ。

 温泉を強請るのも良く分かる。


《ふぅ、助かったよ牡丹》

「あの、何故無かったんでしょうか」


《ココでは家に付いてたからね、どうにも言い出し難かったんだよ。理由も理由だし、男共に説明が面倒でね》

「あぁ」


《ふふふ、苦労しているだろう》

「それなりには、まぁ」


《けれど仲は良いのだろう》

「そうですね、けれど三月で飽きられるのではとも思っています、向こうでの言い伝えで、良く知られている事ですから」


《それが人狼にも効くか、だねぇ》

「ぅう、確かに」


 そうして手練手管のお陰か、3年以内に孕み、牡丹は出産した。

 青と同じ青い目の子供。


《あぁ、そっくりだ。けれどココでは少し目立つから、青と同じ術を掛けてやろう》

「え、青、目が青いの?」

『知らなかった』


《だろうよ、教えて居なかったからね。だから特別だ、お前達だけ、本当の目の色が見れる様にしてやろう》


 私が惚れた青い目の色に、牡丹もあらがえナかったらしい。

 それから6人を生んで、もう休ませてやれと何とか青を説得し、以降は薬草で孕む事無しに、仲良く夫婦として過ごした。


 けれど、牡丹が言っていた様に、天下統一が間近となった。




 6人の子供と共に、里を出ろと。


「何で」

《そろそろ天下統一され様としているからだ。召喚者は何処ででも諍いの火種になる、けれど最初から友好の架け橋として他国へ渡ったとなれば、寧ろ火種を消す事が出来る》


「私が言った、抑止力ですか」

《そうだ。それに、召喚者の子孫が居るとなれば、この里が力を持ち過ぎてしまう》


「青、ごめんなさい」

『一緒になる前に、初夜の事を聞いた時から、こうなるかも知れないと聞かされていた』

《逃げる事になれば、北の父親の故郷へ行けとね。けれどコレは逃げでは無い、コレから勝つ為の作戦の1つだ。しっかり根付き、ウチの血を繋いでくれ》


「そんなに」

《そう危なくは無い、けれど予備は必要だろう。折角、牡丹が繋げるべき血筋だと言ってくれたんだ、それを一緒に守る為だよ》


「いざとなったら逃げ込める様にしておく」

《助かるよ。青、お前の父親の血縁者には既に連絡をしてある。決してコチラへは戻ってくるな、術を掛けられぬ者も里に呼ばねばならん時、その目は悪目立ちをする》

『分かった、向こうで待ってる』


《そう容易く向かえる様に、コチラも手を尽くそう》




 それがあの子達を見た最後だった。

 結局は定期的に生まれてしまう歪み易い子が人権と言う名の拘束具で里に縛られ、果ては外ヘ出た際に術を教えて周り、里は窮地に立たされた。


 そして私は責任を取らされるついでに、国連へと一矢報いた。

 鬼と呼ばれた私達土蜘蛛族の長の記憶と知識が、処刑した者を呑み込み廃人と化し、自死させるに至った。

 そうして国連は処刑人が死亡した理由を、永遠に記憶せねばいけなくなった。


 土蜘蛛族に手を出せば、鬼の呪いで狂い死ぬ。


 そして私の死の直後、次の召喚者に出会う、真っ白な女の長が生まれた事だけは体感出来た。

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