本と陽炎の国のアリス。3

 アリスは先ず小さくなってから、透明なゼリーを食べて完全に消えてみる事にしました。

 そうすれば空を飛べると思ったけれど、風もアリスを知らんぷり。

 声を掛ければ飛ばしてはくれても、また直ぐにアリスの存在を忘れて何処かへ行ってしまう。


 そうしてまたヒラヒラと音の無い海へ戻ってしまい、また直ぐに嫌になってしまいました。


「もう!どうしてこんなに上手く行かないの!」


 皆ともはぐれてしまったし、戻ったからと言って次の作戦が思い浮かぶワケでも無いし。

 コレはコレで便利だし。


 もう、Loveが無い程度は取るに足らない事だろう、と。


『アリス!お願いよ!』

「もう、なによギネヴィア、好き勝手にしてなさいよ」


『オーサーを捕まえ無いとLoveが』

「誰が困るの?」


『それは』

「私は困って無いわ、真っ黒に塗り潰されて名前も言えなかった事の方がよっぽど困ったもの」


 それにココには使だなんだと煩い人は居ないし、仮に居ても逃げれば良いだけ。

 逃げ出せる自由が有る、立ち去る権利を持っている。


『ねぇ、お願いよ』

「願う前に自分で何とかしなさいよ、権利者じゃないからって何も出来ないなんて言い訳はココでは通用しないのよ、ギネヴィア、さようなら」


『きっと寂しくなる筈、だって最初から1人では無かったんだもの』


 また大人は良く分からない言葉だけを残すんだなと思って、アリスは海中へ逃げ込んだ。




 例え音が無くても、自分の中には沢山の音が詰まっている。

 心臓のドクドク音、腸のグルグル音、唾液を飲み込んだ時に聞こえるパキパキ音。

 それと音楽。

 あの水星や金星の歌、Gardener kingの歌も私の中に、私の頭の中に。


 私の頭の中に、消しゴムが。


 どうしても単語が思い出せない、あの単語も、この単語も。


「どうしよう、なんで、どうして空欄が」


 アリスが海を漂う間に、再び小説家が帰って来て、また好き勝手に文章を作り出し始め、単語が逃げ出していたのです。


「また、私の邪魔をして、もう許さない」




 冒涜的で非道徳、汚い言葉を使い放題。

 誰の言葉も借り放題、誰でも彼でも使い放題。

 ランスロットとアーサーに呪いを掛けて愛し合えない様にし、ギネヴィアをより悪女に仕立て。


 アリスを再び子供に戻し無能にさせ、赤の女王に絶大なる権力を。

 アリスの涙で蘇ったグリフォンやユニコーンを再び捕らえさせ、より強固な城に飾るんだ。


 最高だよクソったれ!ビ〇チ!ファ〇ク!


 あれ?

 何だ、この丸、丸い記号は何だ?


「汚い言葉を使っちゃダメだって、パパとママに教わらなったの?ほら、後ろで怒ってる」


《ココには居ない!居る筈が無いんだ》

「じゃあ、誰に育てられたの?その言葉は誰から聞いて覚えたの?」


《それは》

「それともお祖父さん?お祖母さん?それとも、アナタの周りには誰1人として人間は居なかったの?」


《屁理屈を》

「アナタもじゃない、アナタの中にパパもママも居るのに認めないなんて、可笑しいわ」


《アリスアリスアリス!》

「なになになに!」


《子供のフリなんてしやがって》

「私は子供だなんて言った覚えは無いし、大人のフリをしてる人に言われたく無いわ、それともそれって自己紹介?」


《うるさい!》

「アナタもよ!」


《口の減らない》

「アナタもね」


《ふん、マトモに》

「そうマトモに相手が出来無いからって、ありきたりな逃げる人の捨て台詞を吐く気?」


《可愛くない!》

「可愛いからって何になるのよ!」


《そうやって、可愛く無いから誰にも》

「可愛かったら好かれるの?愛されるの?それって私じゃなくて可愛さを好きなだけじゃない?」


《そうまた屁理屈を》

「じゃあ言ってみなさいよ!何が愛よ!愛って何よ!大人だって言うなら子供にも分かる様に説明してみなさいよ!!」


《うるさい!》

「アナタもよ!アナタが私の邪魔をするからよ!単語を返して!」




 赤いキツネの画家が答えます。


『取り戻すにはこの薬を飲まなきゃならない』


 茶釜を背負った緑のタヌキが答えます。


「本当に大人になれる薬だよ」


 銀色蛇のパティシエが答えます。


《酸いも甘いも、清濁を併せ吞むのが大人らしいから、全部の味が入ってるよ》


 空を飛ぶ虹色蛇が答えます。


《大人になれば単語を取り戻せるとしたら、どうする?》


 アリスは答えます。


「それって元には戻れないのよね」


 それにシュレディンガーの箱が答えます。


《ハンプティダンプティと同じ、殻を割って出た雛は成長するだけ。元には戻れない、一方的に進むだけ》

「でも」


 悩むアリスにオーサーは答えます。


《体はどうしたって成長するんだよ、そこへ気持ちが伴ってしまうし、生きてる限りは成長を続ける》

「でも、アナタみたいに自分勝手に言葉を使う人になりたくないし、あんなワケの分からない言葉ばかり言う大人になんてなりたくないわ。もう、どれも嫌、どっちも嫌」


《ならココに居るしか無いだろう》

「アナタが自由にするココは大嫌いよ」


《元々だってそう自由じゃ無かっただろう》


「まぁ、うん」


 でも、大人にはなりたくない。

 責任も伴うし、子供の頃の自由は減ってしまう。

 大人としての自由は得られても、子供の頃の様な自由は失われてしまうかも知れない。


 そう悩むアリスへ、銀色の蛇が真実を告げてしまいます。


《でもそう悩む君はもう、成長してしまってるよね》


 前よりも言える単語は増えたし、書けるスペルも増えた。

 けど外で遊ぶ時間も、空想する時間もどんどん減らされて。


 でも、それは止められない、けど消しゴムを追い出すには大人になるしか無い。


「そうよね、最初から決まってるんだもの、するしか無いのよね」


 そう言ってアリスは毒薬の色と匂いをさせたスープを飲んだ。

 大人味の大人になる薬。


 他の牡蠣の子の中で守られ真珠になったLoveを1粒。

 オーサーが唾の様に吐き捨てたRealを耳かき1匙。

 銀色蛇の毒液を1滴。

 赤い画家の涙を1しずく

 最後にシュレディンガーの箱の辛口が添えられたカクテル。


 甘くて酸っぱくて、苦くてエグくて辛い。


 それをすっかり飲み干すと、Loveが翼を持ってアリスの口から逃げ出した。


 それからLoveは夜光虫を1掬い、蛍を1匹食べて夜空へ舞い上がり、白い音痴のクジラを呼び戻した。

 白い音痴のクジラにオーサーは一目惚れをし、クジラもオーサーが気に入ったので丸呑みした。

 クジラは真っ黒なクジラになったけれど、変わらず音痴のままで宇宙へと戻って行った。


 それから次にLoveは世界で1番大きなオオシャコガイを探し出し、ギネヴィアを説得させた。

 真珠ランスロットが育つまで一緒に眠りなさい。


 そうしてやっと静かになった筈なのに、また今度は新しいアリスの声が。




「お祖母ちゃん、この本、文字が逃げ出したままよ」

「コレはね、Love、好きな色で書いておきなさいね」


「うん、このアリスはお祖母ちゃん?」

「そう言いたいんだけれど、証拠が無いのよ」


「私にだけ、そうだって言ってくれるだけで良いのに」

「もし後でアナタが私を信じられなくなってしまったら、私は嘘つきになってしまうじゃない、そんなのは嫌よ?」


「言わない!」

「じゃあ、約束よ」


「うん!」

「私は不思議の国のアリス、アナタもアリス」


「私もアリス!」

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