【死にたがりと妖精】  4月23日より。

【死にたがりと妖精】


 大人になったばかりの妖精が旅行に出掛け、様々な島々を巡りながら悪戯を楽しんでいました。


 ゴミを道端に捨てた人間のポケットにゴミを戻したり、勉強をサボった人間の大事な物を隠したり。

 そうして姿を隠しながら街や村で遊んでいると、気になる噂を耳にします。


 死にたがっている悪魔が居る。


 果たしてどの様な恐ろしい悪魔が死にたがっているのか、とても気になってしまった妖精は悪魔の居る島へと向かいました。


 それは誰も近付けない孤島。

 断崖絶壁に囲まれ、見るからに恐ろしい島。


 妖精はその島を1周し、森が僅かに拓けた場所を見付けたので降りる事にしました。

 ですが何も無いし、誰も居ません。


 とても長い距離を飛んで疲れたので、近くの白い大きな花で休もうとしました。

 ですがそれは悪魔の体だったのです。


『何だお前は、妖精か。ココは遊び場じゃ無いんだ、日が暮れる前に早く帰ると良い』


 恐ろしいと聞いていた悪魔は、どの妖精よりも、どんな人間よりも美しい姿をしていました。

 まるで銀糸の様に美しい真っ直ぐな髪、透き通ってしまいそうな白い肌、そして髪と同じ銀色の美しい瞳は様々な色を反射し、キラキラと色を変えます。


「死にたがっている悪魔を探して来ました」

『会ってどうする』


「何故、死にたがっているのか聞きたいんです」

『聞いてどうする』


「手伝える事が有るなら、お手伝いしようと思って」


 少し呆れつつも、悪魔は自分の事を話し始めました。


 ある時から眠る事は出来なくなり、食事をしても味はせず、土の様に感じて吐き出してしまうばかり。

 それがとても苦しくて、辛くて、死にたいのだと。


 なのに老いる事も、病気になる事も無く、怪我も直ぐに治ってしまうので死ぬ事が出来ない。


『だからこそ、死にたい』

「その、ある時って?」


 悪魔は答えます。

 300年前、魔王の血を浴びた時。


 そうです、この世界には悪魔だけでなく恐ろしい魔王が居るのです。


 悪魔が人間だった頃、農作業から帰る途中の事でした。

 戦いに敗れ、空高く飛んで逃げる魔王の血が天から降り注ぎ、それを避ける間もなく浴びてしまった。

 全身が熱く焼けただれる様な痛みと共に、全身から湯気が立ち上ります。


 それから何時間経ったのか、何とか起き上がりヨロヨロと村へ帰ると、何時もの様に石を投げられました。


《悪魔の目が帰って来たぞー!》

《逃げろー!》

《早く家に帰れ悪魔ー!》


 その生まれ持った銀色の瞳を村の人間は恐れ、いつも虐めていました。


 昔は、庇ってくれる友人も何人か居ましたが。

 彼の目に惹かれ友人の思い人や、周りの人間が次々に彼に恋をしてしまったので、もう誰も彼を庇ってはくれなくなりました。


 そうして家に帰り傷の手当てをしようとすると、既に傷口が塞がり綺麗に治っていました。


 それから次にお腹が空く事も無くなり、眠くなる事も無くなり、そして虐めも日に日に酷くなっていきます。


 そしていつもの様に農作業から帰って来ると、とうとう家が燃やされてしまったのです。


 家族も居ない、家も何も無い。


 全てを失った彼は旅に出ます。

 そんな中で他にも悪魔が生まれ、戦争がどんどん大きくなっている事を知りました。


 戦争なら、自分でも役に立てるかも知れない。

 そうして兵士に志願し、最前線へと向かいますが、敵を殺す事は怖くて出来ません。


 ただただ、仲間達が死ぬのを見送るばかり。


 兵士も嫌になり、絶望しながら街を彷徨っていると、1人の女性に声を掛けられました。


 可愛らしい赤子を抱いた女性、雨に濡れる姿を気遣い家に招き入れてくれました。

 そうして暫く住み込みとして仕事をしますが、その家の主人が彼を追い出します。


 申し訳無く思った女性が次の住み込み先を紹介してくれたので、その家へと向かいます。


 そこでもまた、家の人間に追い出され。

 紹介されては追い出され。


 そうして何度か同じ目に合った頃、最初に良くしてくれた女性が夫に殺された事を知ります。


 その次の家も、その次も。


 怖くなった悪魔は、誰も近付けぬこの島に辿り着き、それからずっと1人で住んでいると。


『生きていても苦しいだけ、生きていれば誰かに迷惑を掛けてしまう。だからもう、死にたいん』


 妖精は少し驚きましたが、とっておきの魔法があるので自信を持って言いました。


「秘密の場所で、死ねる体にしてあげる」


 妖精は悪魔を島から連れ出すと、とある森の中のストーンヘンジヘと案内しました。


 そこで特別な呪文を唱えると、悪魔が人間へと変わります。


 試しに手を切ると血が流れ、傷口が治る気配は有りません。


『ありがとう』


 ですが、寿命は人の半分も無く。

 そしてその体は脆く、とても病弱。


「最後に悔いの無い様に、思い残す事が無い様に、好きな事をしたら呼んでおくれね。それまでに、君を殺してくれる人を探しておくから」


 その妖精の言葉を、元悪魔はとても嬉しく思いました。


 死ねる体だけで無く、ちゃんと約束を覚えていてくれた事が嬉しい。

 そして何の見返りも無しに、自分を助けてくれた事が何より嬉しかったのです。


 生まれて初めての優しさ、こんなにも誠実な優しさは初めてでした。


『気が変わった、君に着いて行く』

「死ななくて良いの?一緒に来ると大変だよ?」


 その言葉に迷う事無く、元悪魔はか弱い人間となって、妖精と旅をしましたとさ。

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