第2章のマーリンの物語。 3月26日より。
薄暗くジメジメした塔。
円形の塔にへばりつく様な螺旋階段、塔の最上階には美しい親子が居た。
母親、幼いマーリンと妹。
その母親から物語でも語る様に、優しい口調で言葉が紡がれる。
愛らしい男女の双子が生まれる迄のお話。
彼女が湖で1人遊んでいると、甲冑を身に纏い怪我をしている男に出会った。
酷い傷で何とか立っていたのか、彼女を見て倒れてしまったので、泉から急いで上がり手当をする。
だがそれでも男は動けないまま、指笛で馬を呼び寄せながら甲冑を脱がせ、男を何とか乗せると、自分の家まで連れて行った。
質素ではあるが、食料も何もかもが揃った家。
木工職人の夫と共に手厚く看護していると、3日目にやっと男は目覚めた。
男はとある国の王だと言う、礼をするから先ずは女と同行したい、そう申し出た。
だが夫は妻を深く愛し、妻もまた夫を深く愛していた。
夫が言う「礼には及ばないので、どうか遠慮無しに帰って大丈夫だ」と。
その言葉を聞き、男は手近に有った木の棒で夫を殴り殺した。
彼は本当に王で、とても我儘な性格だった。
人生で初めて申し出を断られた男は、怪我もお構いなしに夫を殴り殺した。
妻は止めた、必死に止めた。
だがその甲斐も無く、あっという間に殺されてしまった。
そして再び王は言う。
「来るか死ぬかの2つ」
妻は躊躇いも無く断ると、頬を打たれ意識を失ってしまった。
そして目覚めた頃、王の馬車で目覚めたのだった。
窓から見えたのは焼かれてゆく家、そして自身には口輪に手錠。
「自死すべきだったな、もう来るしか無い」
それからは王の妾となり、城で暮らすしか無くなってしまった。
王に逆らい、食事を取らないでいると、医者の格好をした魔女が来た。
お前のお腹に居るのは前の旦那の子、どうか大事にすると良い。
嬉しさの余り泣きだした彼女は、もう逆らう事もなく食事をする様になった。
そして出産、生まれたのは双子の男女。
夫と、そして王にそっくりな子供。
それでも彼女は2人を愛した、王に似た男の子も愛した。
だが2人を同じ様に愛した事が、王は許せなかった。
そしてついに塔に閉じ込めた。
「だからもう、お前たちを自由にして貰おうと思うの、魔女の先生にはもう言ってあるから、2人は外で生きられるのよ」
幼い妹は喜んだ、幼いマーリンは悲しんだ。
彼女が、母が死ぬと分かっていたから。
そして2人が寝入った頃、彼女は首を掻き切った。
マーリンは、最後まで手を握っていた。
それでも母は、彼女は微笑んでくれた。
妹はそのまま魔女の元へ。
暫くして魔女の使い魔により、王へと彼女の死が告げられた。
流石の王も自分の子供が気になって塔へ来た。
塔の下には血塗れの息子と女、王は一瞥すると。
泣きもしない男の子を城で面倒を見る事にした。
王は自分の様な人間か、美しい者にしか興味が無い。
もしお前が泣かずに居られるなら、お前の母を正しく弔えるだろう。
魔女の言葉を守り、王の前で彼は泣かなかった。
王が来るまでに、散々泣いたのだから。
それからは王の化身の様に育つだけ。
王の様に振る舞い、王の年の頃を真似る。
そうして青年としての時期も終わり、大人になりかけた頃。
国の内部で戦争が起きた。
老いて我儘で、国民を顧みる事も無い贅沢な暮らし。
当然、貴族以外全てが敵となっていた。
そしてその内乱に乗じて、他国までもが戦争を仕掛けて来た。
ブリテン王国が、アヴァロンへ侵攻して来た。
ようやっと復讐の機会を得た彼は、真っ先に王の首を切り落とし。
ブリテン王国へ献上した。
そして王の前でなお、眉1つ動かさない彼にブリテン王は感服し、右腕に据える事にした。
血塗れの美しい彼に、だれもが見惚れ、恐れ慄いた。
そしてアヴァロンの人間もまた、彼に恐怖した。
王の首を掲げ、血塗れのままに身1つでブリテン王の元へ行き、そして無事に帰って来たのだから。
そして彼をアヴァロンの城主にし、収める事を許した。
魔女も妖精も精霊も、命を落とす事無く戦争を終わらせた。
だが残っていた城の者が、魔女の子、サキュバスの子と噂をし。
果てはアヴァロンの民までもが彼を畏怖し、忌み嫌った。
そうしてブリテンの属国になると。
外の世界を知った人間達は本国へ渡り、とうとう人間はマーリンだけとなってしまった。
そして僅かな魔女と、妖精、精霊、エルフ達と共に天へと登ると。
島を丸ごと消し去った。
その知らせを受けたブリテン王が、慌てて船を出し、島のあった場所へ赴くも。
島は跡形もなく消え、海原だけが広がっていた。
王は焦った、国が危機に瀕している最中。
島を、人材を失ってはもう後が無いと。
「どうか助けてくれ、マーリン。どうか、せめてお前だけでも」
初めて人に請われたマーリンは、1度だけ手を貸そうと囁いた。
その声が王の耳に届くと同時に、マーリンが目の前に現れた。
そして、彼の子供の誕生を見守り、彼の国を見守り。
彼の死を見守った。
そして永い眠りについた筈が。
かつての王の墓の前に立っていた。
アヴァロンへ戻るも、自分を助けてくれた魔女も居らず、妖精女王がただ泣いているだけだった。
オベロンが居ない、そう悟ったマーリンは逃げた。
老人の姿を取り、かつてブリテン王国と呼ばれていた地を巡る事にした。
見慣れぬモノが街を走り回り、人々は見慣れぬ服を着ていた。
魔女も妖精も精霊も、エルフまでもが人と混ざり合った世界。
そこに自分の居場所は無いと思った、何故なら魔法が無い世界だから。
それからは気の赴くままに世界中を見て回った、その中でロキも見かけた。
自分と同じ様に、宛もなく無く彷徨う彼を見た。
方々を彷徨い歩く中で、ウッコと言う神が生まれ、そして天に帰った事を耳にした。
そしてイギリスにも、魔法に目覚めた者が居ると。
堪らず本国に戻り、その子供を探した。
妹に良く似た可愛い女の子だった。
嘗て魔女が言っていた、人と共に本国へ渡ったと聞いていた妹に、良く似ていた。
だからかも知れないが、妹の子孫だと思った。
可愛がれなかった妹の分まで世話をしよう。
水の魔法の習得も早く、そして上手だった。
直ぐに教える事も無くなり、マーリンは彼女から去ろうとした。
そして離別の気配を感じた彼女は、愛していると言ってきた。
妹の様に可愛がっていただけなのに、彼女は愛と誤解してしまった。
絶望した彼女は、何を思ったのか彼を訴えた。
家族へ、国へ、乱暴されたと。
だが魔女の子孫も又、生きていた。
彼女の嘘を、恋心を暴いた。
そして彼女は森へと逃げ込み、泉に身を投げ、精霊になってしまった。
マーリンも再び老人へ戻り、森を彷徨うだけの呆けた奇人となった。
ただ、どうしても人に助けを請われると助けてしまう。
道行く先でケガした者、戦火に追われる者を助けているウチに、ある人間に見付かった。
「マーリンでしょ、俺、知ってるよ」
悪気も無しに話し掛けて来たのは、爽やかな中年男性。
彼はそのまま話を続けた、ティターニアと会った事、女王が仲間を探していると聞いたんだと。
だから来て欲しい、少しでも良い。
後は俺が面倒を見るから。
そうしてアヴァロンへ帰ると、笑顔を見せるティターニアが居た。
オベロンが居ない事も、少し変わってしまった世界である事も、彼女はとっくに承知していた。
その話を聞いているウチに、その人間が消えていた。
ティターニアの願いもあって探し回ったが、彼の痕跡は消えてしまっていた。
そしてまたティターニアが泣き出した、だが今度はそのまま。
彼女の側に居て、話しを聞いた。
彼との出会い、今までどうしてきたかを。
自分が世界と関わる事を投げ出してる間、彼女は頑張っていた。
そして妹の子孫の事までも、人間の女王と共に支えていてくれた。
だがそれでも、人間と決裂してしまった、御使いの処遇が正反対だったから。
決裂したのは自分の至らなさだから、後はもう任せたい。
ティターニアに見事に押し付けられ、断れなくなった。
人と神と、精霊、妖精、エルフ、魔女。
それらを繋ぐ役割、途絶えさせぬ役割。
そして両者の話を聞き、人間の女王の言う事も、ティターニアの理想も理解した。
それが実行出来るのが自分である事も、彼女達の理想は、相反する様で先は同じである事を。
そうしてマーリンは、呆けた老人の姿のまま、下界を彷徨い続ける事になった。
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